第5話 閑話 真実は酒で揉み消す。

はぁ・・・俺って役に立ちませんよね・・・グスッ。」


 冒険者ギルドに併設されている酒場。ジョッキに注がれた酒精のアルコール臭が鼻奥をツンと刺激し香辛料たっぷりの料理から漂うおいしそうな匂いは脳髄を刺激し空腹を誘っている。すでに出来上がった赤ら顔の冒険者は男女の垣根を越えて騒ぎ、歌い、簡単なゲームの勝ち負けで喚く。そんな陽気な空気が漂う中、4人規模の一パーティーだけ悲壮に満ちるどんよりと湿気っぽい空気が主に一人より放出されていた。


 酔っているのか顔は真っ赤で吐く言葉の語尾があやふや、持っている得物は二振りの刃が薄い大型ナイフで機動性に重きを置いた鉄色の軽鎧を着こなしているおおよそ18歳の男。そう、今日の下層区域掃討でやらかしてしまいパーティーメンバーを窮地に追い込むやらかしをした白ノ猟犬のメンバー、最近一級冒険者になり天狗になっていた長鼻をへし折られたレックス君だ。


 ジョッキになみなみと注がれた度数の高い蒸留酒の水割りを飲み過ぎたのか、今は酔いが回り赤ら顔で浅はかになった思考を動かし泣き言をぼやいている。


 「・・・・・・・・・・・・ソウダネ。」モグモグ

 

 木製のジョッキに魔法で出した氷を入れワインを飲んでいるリーナは酔いが回っておらずレックスの泣き上戸を適当にあしらいながら串に刺された肉汁たっぷりの焼かれた肉にガブリと噛みついている。


 「まぁまぁ・・・今回は助かって次があるんだから、”もうこんなミスをしませんように”って慎重な立ち回りをすれば良いじゃないか。」


 木製の皿に注がれた具だくさんの”牛肉の洋風煮込み”を頬張り、氷点下まで冷やされた喉こし爽やかで苦く炭酸が効いたエールを飲む炎剣のナザリーは赤ら顔で泣き言を吐きまくっているレックスに大人の対応をした。

 

 ウンウン


 寡黙なタワーシールドとロングソードを巧みに操るタンクで普通の一般男性の二倍程の身長と鎧のように鍛えられた筋肉を持つ筋骨隆々のロックは香辛料が練り込まれた干し肉をブチリと噛みちぎり、透明な氷を入れているルビー色の蒸留酒を一口飲み味わった後にレックスに向かって無言で肯定を意味するうなずきをする。


 しかしながら自分の中で納得できていないレックス君は深く考えもせず直ぐに浮かんだ言葉を落ち込んで湿気たっぷりの言葉と共にさらに吐き出す。しかしながらその言葉は最初の”俺って役に立ちませんよね”と意味が全く同じな文章なので新人の愚痴に付き合っている白ノ猟犬各メンバーは少々(苦笑する1名を除き)うんざりとし始める。そしてこのような空気を変えたいと思ったのか、リーダーのナザリーはある一つの話題を持ち出した。


 「そう言えば聞いたことなかったが、レックスが1級冒険者になった理由って何なんだい?」


 ナザリーは長らく思っていた疑問をエールで喉を流した後に聞いてみた。


 そも一級冒険者は確かに色々な優遇、権利、さらには依頼金のupを最大限受けることが出来る上名声と地位までが得ることが出来るので目指す人も多いように見える。がなったらなったときの義務が重いので大体の冒険者は才能有る無しに2級冒険者かそれ以下、高くても準1級冒険者止まりでいることが多い。なので1級冒険者の量は少ない代わりに質が高いと言うのが現状である。そしてナザリーの場合は名声と地位、そしてさらなる冒険を求めて。リーナは魔法をさらに追求しいつか自分だけの学派を建てるために。ロックは自分よりも遙かに強い武人と戦うためと一級冒険者になる動機があるのだが、レックスの動機だけは聞いたことがなかった。


 そこで酒が入りやや鬱陶しく、そして心が開いている今のうちに聞いてしまおうと言う魂胆と今愚痴っている泣き言から話題をすげ替える意図の元で理由を尋ねてみることにしたナザリー。


 その質問を受け取ったレックスは泣き上戸が止み、少し悩む様子をした後ぽつり、ぽつりと話を始めた。


 「・・・・・・俺は・・・好きな人を守るための力が欲しくて一級冒険者になったっす・・・。」


 レックスは酒が入り全体的に赤くなっているのでよく分からないが恐らく赤面してちょっともじもじしながら理由を喋った。


 「・・・好きな人?それって誰!?後輩?それとも先輩?種族は!?」


 この答えを聞いたリーナはまだうら若くこう言った甘酸っぱい恋物語に興味があるのか、水を得た魚のような反応を示しさらに深く追求しようと質問を返した。


 そしてこの質問を受け取ったレックスはリーナにおどけた顔を向け自分の中の思いを話し始める。


 「・・・後輩でも先輩でもなくってエルフの同期っす。・・・実は自分がまだ新人冒険者だったころに同期で一時期一緒にパーティーを組んでいたエルフの冒険者がいたっす。そのエルフの冒険者は他のエルフと違って、弓や杖じゃなくてショートソードと丸い盾を使っていた前衛で珍しいなって思ったのと自分が後衛職に憧れていたからその子を前衛にしたパーティーを作って暫く冒険してたんすよ。」


 長い文章を言い切ったレックス君は乾いた喉を潤すために一口酒を飲んだ後にさらに話を続ける。


 「そしてそのエルフの冒険者に・・・その・・・一目惚れ・・・しまして、それでもエルフの冒険者のほうがめっぽう強くてドンドン階級が上がっていくのに離れたくなかったから必死に追っていたんっす。」


 レックス君はそこまで言い終わると少しうつむき、ほんの数ミリ程度の悲壮感が出はじめた。そしてその悲壮感のまま次の話を口からポロリポロリと話していく。


 「でもある日・・・組んでいたパーティー以上の強さを要求する別の依頼をギルドから個人指名されてパーティーが別行動になったときにそのエルフの冒険者は帰ってこなくなって。・・・あれだけの強さがあるのに死ぬわけがないと思って必死に噂でも何でも情報をかき集めても分からなくって・・・。」


 少しだけ空気が気まずくなった。しかしながら話が夢中で気がついていないレックス君はさらに話す。


 「そんな中で一つ噂を聞いたんすよ。ある馬鹿なエルフが嵌められて借金奴隷になったって。もしかしたらってその後を血眼で探ったんすけど結局分からずじまい。ただ自分の無能さだけが残っただけっす。しかもその後はパーティーもトラブルで解散して・・・。」


 レックスはふと酔いが覚めたのかウトウトしてだらしない目元がキリリとしっかりとした目元になった眼で目の前のリーナに目線を向ける。


 「あの時・・・もしも力があればこんなことにはならなかったと思うっす・・・。だから強さがほしさに一級冒険者になったっす。」


 吐いた話に細かなまとまりは無いにしろレックスの強い意志。浮沈の鉄の様に硬い意志が垣間見えた。


 「・・・なるほどね。」


 この話を聞いていたナザリーは神妙な気持ちでこう返したと同時に納得し爽やかな心情が胸中で満ちた。今の今までレックスは一番前に突っ走ること、無謀な特攻をしてチームの輪を崩すことがよくあり時折どうした物かと悩んだ時期もあったがその理由が判明した今、こうした悩みも自己解決に繋がった。もしも今回の反省を生かし、さらなる強みを目指すレックスはどのようになるのだろうか・・・


 そう考えにふけるナザリーは話ながらスピーディーかつ大量に飲んだワインのせいで空気が読めないのか、しんみり空気ガン無視でさらなる追求をする。


 「ところでさ、その一目惚れしたエルフの冒険者って何て名前なの?」


 この質問に答えるレックス君。


 「ミシェルって名前っす。」




 ◇◆◇◆◇


 「~~~~♪~♪~~♪。」


 気分が実に清々しく久方ぶりの幸運にウキウキな私は何時も着ている服装で夕暮れに染まる大通りを背景に優雅に歩いていた。


 「~~♪~♪。」


 何故こんなにも気分が良いのか?それは今回得た戦利品が高値で売れたことにより懐が潤い通り越し海のようにタプンタプンになる程水分を含んだ海綿のように湿潤したことに繋がる。


 つい先ほどのこと、下層区域掃討が終り帰還の手続きと上との話し合いが終て直ぐにギルド運営の買い取り場に今回の戦利品を売りに向かった。様々な階級の冒険者が列をなす中、一級冒険者専用の窓口に優雅に向かい借りているマジックバックの返却ついでに戦利品の鑑定、全て買い取りの手続きをし時間がかかるので近くの椅子でボケッとしていると鑑定が終り、買い取り価格を見たところ予想していた金額よりも一桁多い1145140枚の金貨に化けたのだ。


 久しぶりに見た大量の金貨数に興奮しながらも何とか抑え何故こんなにも高く売れたのか理由を聞いたところ何と手に入れていたあの特殊薬品。あれを材料にした美容品が貴族の間で人気らしく、そのあまりの人気に材料が品薄。それに加え貴族はどれだけ金をつり上げようとも買うらしいので材料の価格も高騰。それらの流れによって高く売れたらしい。


 ・・・貴族の頭の中は大丈夫なのか?こう失礼なことも考えていた私は理由も聞けたことだしと得た金貨を全てギルドの通帳に貯金し、壊れた装備代を差し引いてもかなりの黒字なので今回はちょっと高い良い物を食べようと高級ほどでは無いが庶民からすれば贅沢なレストランに行き、度数の高い良い酒と豪華な食事を楽しみ梯子しようとした所で今に至る。


 久方に食べたコース料理に舌鼓をうち腹は膨れたもののまだ何かが足りない気分。そんな気持ちを腹に据えたまま帰宅する商人や冒険者達でごった返す大通りを歩く。道行く人からは”こいつ邪魔だな・・・”みたいな目線を痛いほど浴びるが下層の魔物達に比べると雲泥の差であるため我関せずの心構えで無視しながら流れにそって闊歩し立ち並ぶ酒場をどれにしようかと考えながら見る。


 あそこの酒場は・・・ワインは一品だが他が微妙で気分ではないので今日はパス。あそこは・・・飲みたい蒸留酒もそろっているが今日は嫌いなあいつが入っているだろうからパス。あそこは・・・そもそも論外。パス。


 こう言う風に考えながら酒場を見ていく中、ふと一つの場所にたどり着いた。中から楽しげな声が聞こえ熱気とアルコール臭を放つその場所は冒険者ギルド。その併設された酒場。


 ギルドの酒場・・・か。確かに欲しい酒も飲めるしつまみも豊富。梯子する酒場にはぴったりだが・・・嫌な思い出があって暫く訪れて無いんだよな・・・。でももう何年も前だし・・・まぁ、いっか。


 こうしてギルドの戸に手をかけ酒場に入り適当な明いている席に座り近寄ってきたウェイターに飲みたい蒸留酒のロックと名物の干し肉を頼み銅貨何枚かをチップとして渡す。そして無意識のうちに座っていたカウンター席から辺りの様子を見ていた。4~5人座れるテーブル席には多種多様で老若男女の冒険者達が種族の垣根を越えどんちゃん騒ぎをしているのを見て そうそうこれでいいんだよ と脳内野原ひろしが再生される。


 そして隅で固まってどんちゃん騒ぎするパーティーの女冒険者をなめるように見て小言で企みを話すそこの汚っさん三人衆。君たちはNTRの竿役汚っさんに見受けるので(勝手に)ギルティだ。顔もバッチリ覚えたからな?事を起こしたら直ぐに挽肉にしてやんよ。(直球)


 そうこうして周りの光景を見て陽気な空気を感じ取っていると、ふと見知った声が耳に入ってくる。


 その見覚えのある声がする方向を見ると白ノ猟犬が飲み合っていた。他のパーティー同様に楽しげに飲んで・・・飲んで?あれ?何か空気死んでね?あそこだけ漫画とかでよく見る落ち込みを表現する集中線が見えるような・・・?


 尊敬する先輩方の卓が異様に落ち込んでいるのを心配しつつも”こう言う出来事に首を突っ込むのは失礼”と考え目線を離した。そしてやってきた木製ジョッキに入っている蒸留酒のロックを一口、口に含み味わって嚥下し名物の干し肉を小さく囓り程よい塩っ気と香辛料の風味を味わう。今し方食べたちょっとお高い料理とは違い大衆受けの塩辛さとほんのり甘く切れがいい蒸留酒。この組み合わせは無限に飲めてしまうのでは無いだろうかと錯覚するほどに自分の味覚に合っていた。


 そんな美味しい酒とつまみを楽しみながら明日の予定を考えボーッと呆けていると肩にポンっと手が置かれた。何も考えて居なかったので無意識に手が置かれた方向を見るとナザリー先輩が少し酔いが回ったほんのり赤い顔でこちらを見ている。何か真剣そうな顔で・・・。どうやら自分がここに来たことは知っていたらしい。


 「なぁ、ちょっと聞きたいことがあるんだが・・・。」


 ナザリー先輩は自分の隣、空いていた席にストンっと座るとこちらに質問を投げかけてきた。何時ものような陽気な雰囲気では無く張り詰めた真剣な表情で。


 私はそんなナザリー先輩の雰囲気にただ事では無いと感じながら白ノ猟犬の卓をチラ見した。軽装備を着た青年が魔法使いのような格好をした少女に慰められ、がたいのいい男がオロオロとしている。もしかしたら関係しているのかも知れない。


 ゴクリ「何でしょうか・・・?」


 回りかけていた酔いが覚め、緊張しながらナザリー先輩を見る。


 「・・・シンラってコードネームを名乗る前に別の名前で冒険者ギルドに登録してたよな?」

 「は、はい。」


 さらなる緊張が背筋を走った。


 「そのときの名前って・・・ミシェル・・・だよな?」

 「えぇ・・・そうですが?」


 確かに冒険者ギルドに初めて登録したときは本名で登録していて、途中色々あって今のコードネームで再登録したからそう言われればそうだが・・・。

 私は未だに質問の意図が理解出来ずに少し狼狽していた。


 「・・・レックスって名前に聞き覚えはあるかい?」


 レックス?レックス・・・・・・・・・あっ!もしかして一時的にパーティー組んでいたときにやたら自信が無かった影薄き目隠れのあのレックスか?


 「・・・ありますねぇ。確か一時的に組んでいたパーティーのメンバーにそんな同期がいましたけど・・・?」

 

 そう答えるとナザリー先輩は額をつまみ”やっぱりか・・・”と小言をぼやいた。


 「実はな、――――」


 ナザリー先輩は先ほどあった出来事を話してくれた。レックスが何故一級冒険者になったのかを。


 つまり…レックスは私に一目惚れしてて?行方不明になったことを自分のせいだと思い込んで?二度と失わないために強さを求め一級冒険者になった…と。



 えぇ…?レックスは、ラノベ主人公だった?


 やむを得ない理由で元の仲間に事情を知らせること無く死んだことにして貰って今のコードネームにしたが…ここまで追い込むことか?

 てか、そこまで覚えてるなら気づけよ。目の前にいるんやで?


 …いや、無理か。体格とか大きく変わってるからな…


 一人物思いに耽る。


 「…伝えるべきか?」

 私は、不意にこう吐いた。特にどうこう理由があるわけではないが生きていることぐらいは伝えた方が良いのではないかと考えたからだ。


 「いや、伝えなくていい。」

 ナザリーは、私の吐いた言葉に神妙な顔で返答した。何故?と理由を聞こうとする私の意図を予見していたのか。続けざまにさらに喋る。


 「確かに生きていることを伝えた方が良いと思うが…もしこれを知ったらレックスが暴走するかも知れないし、知る人も少ない方が良いからな。」


 「……確かにそうですね。」

 ナザリー先輩の言い分は正しい。私がなぜこうなったのかの理由を知ってるのは姉御と腹黒と自分だけ。知られて困ることではないが脆い均衡を崩しかねない品物であるがために知る人は少ない方が良い。合理的な判断だ。


 「まぁ…そうだな。兎に角今は飲もうか。」

 そう言うとナザリー先輩は、自分の卓に戻り落ち込むレックスのフォローに回った。心なしか少しどんよりが無くなったように見えた。


 そして私も食事を楽しむ。


 こうして地獄のような下層区域掃討の後日談はゆったりと流れ消えていく。一泡の夢のように、日常に刻み込みながら。




 ちなみにだがその後酔いが回りベロベロになった姉御にこいつがシンラと白ノ猟犬メンバーに紹介され、他メンバーが目が飛び出るぐらい驚く姿を見て大笑いしたことは自分にとって良い思い出だ。

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