第11話 預言者イザヤと預言者ミカ

 イスラエルが栄華を極めたダビデ王、ソロモン王の統治の後、王国が南北に分裂した紀元前九二二年から一八〇年が経過した紀元前七四二年、南ユダ王国ではダビデ王の子孫ウジヤ王(注64) が崩御し、その子ヨタム王が即位したが、その年にイザヤは預言者として神から召命を受けた。


 イザヤは、いと高き宮の御座に座す神を見た。見たというより見てしまったといった方が表現が適切であった。御座の裾には神殿が広がり、その神殿の上には熾天使セラフィム(注65) たちが飛んでいて、祭壇の上では火が燃え盛っていた。

彼らは六つの翼を持っていたが、上の二つの翼で顔を覆い、下の二つの翼で両足を覆い、中央の二つの翼で飛んでいた。


 セラフィムたちは神を賛美して叫んだ。

「聖なる、聖なる、聖なる、万軍の主!その栄光は全地に満つ!」


 その叫び声が大きく響いたので、神殿の敷居の基礎は揺らぎ、辺りは煙で満たされた。


 イザヤはセラフィムたちでさえ羽で顔を覆い聖なる神を見ることができないのに、自分は見てしまったことに恐れを覚え、御座に向かって言った。

「ああ。私はもうだめです・・・・私は唇の汚れた者で、唇の汚れたイスラエルの民の国に住んでいます。しかも、万軍の主である王を、この目で見てしまったのですから、ああ、私はもうだめです・・・・(注66)」


 すると、イザヤのもとに、セラフィムのひとりが飛んで来た。

 その手には、祭壇の上から火ばさみで取った燃えさかる炭があった。

 そのセラフィムのひとりはその炭をイザヤの唇に触れさせてイザヤに言った。

「見よ。これがあなたのくちびるに触れたので、あなたの不義は取り去られ、あなたの罪も贖われた。」


 すると御座に座す神はイザヤに言った。

「誰を遣わそうか。誰が、我々のために行ってくれるのだろうか。」


 イザヤは神のことばの意味を考えた。

(神は働き手をお探しになっている。わたしなどにお声をかけてくださっている。)

イザヤは神のことばにハッとし、我に返り神に言った。

「ここに、私がおります!私を遣わしてください!」


 すると神はイザヤに言った。

「行って、南ユダの民にこう言いなさい、『聞き続けよ。だが悟るな。見続けよ。だが知るな。』と。」


 イザヤには今の神のことばの意味を考えた。

(わたしは南ユダの民に絶えず神のことばを宣べ伝えなければならない。しかし、民は神のことばを悟ることはできないのか?そして民は私の姿を見続けるが、民は神のことがわからないというのか・・・・私はいくら頑張っても無駄だってことか?)


 神は啓示を続けた。

「このユダの民の心を肥え鈍らせ、その耳を遠くし、その目を堅く閉ざさせなさい。自分の目で見ず、自分の耳で聞かず、自分の心で悟らず、立ち返っても癒されることのないように。」


 イザヤは神が言うことを全て理解できたわけではなかったが、神は何らかの方法でユダの民を裁かれるということを受け止めることができた。そして神に尋ねた。

「主よ、私はいつまで語り続けるのですか?」


 神は答えた。

「町々が荒れ果てて、住む者もいなくなり、土地も滅んで、わたしが民を遠くに移すまでである。それでも辛うじて十分の一の家々が残るが、それもまた、焼き払われる。テレビンの木や樫の木が切り倒されるときにように焼き払われる。しかし、その中に切り株がある。聖なる末こそ、その切り株。」


 イザヤは自国が滅びることを知った。そして焼き払われる木々に切り株がありその切り株に意味があることを知った。


 イザヤはこの日から神の預言者として王や民のために活動を始めた。


 そののち、神はイザヤに言った。


「エッサイの根株から新芽が生え、その根から若枝が出て実を結ぶ。その上に、主の霊がとどまる。それは知恵と悟りの霊、はかりごとと能力の霊、主を知る知識と主を恐れる霊である。(注67)」


エッサイはダビデの父であり、ダビデの家系を表していた。

 根株とは地の表面で木を伐採した後に残った根っこで切り株と同じ意味だった。

イザヤはユダ王国の滅亡と滅亡後のダビデ王家を表していると考えた。

 国は亡びるがダビデの子孫は首の皮一枚残り、そこから新芽が生え、若枝がでて、ついには実を結ぶ、つまりイスラエルが再興するのだ。

 その実の上に主の霊がとどまる・・・・その者は単なるダビデの子孫ではない・・・・主の霊、すなわち聖なる油が注がれたメシヤではないか?

 イザヤは自国が滅んだ後にダビデの末裔からメシヤが生まれることを知った。


 また、イザヤは神からこのような預言も授かった。

「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は『不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。』その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に着いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これをささえる。今より、とこしえまで。万軍の主の熱心がこれを成し遂げる。(注68)」


 この預言によりイザヤはそのメシヤがどのようなお方なのか明確に示された。


 ヨタム王 (注69)の治世は七年で終わりその子アハズ(注70) が王に即位したが、この頃、アラム=ダマスコの王レツィンと北イスラエルの王レマルヤの子ペカが同盟を組んだ。

 この同盟は時のオリエントの覇者アッシリア王国に抵抗するために組まれたものであり、この同盟は南ユダ王国にも加盟を求めたが、アハズ王がこれを拒否したため、同盟国は圧力をかけるためにエルサレムを包囲し、攻め入った。

 同盟国はアハズ王を殺害し、別の王を擁立するつもりだった。


 南ユダ王国は一日で十二万人の兵士を失うなどの大損害を被ったが、必死に応戦し、同盟国はアハズ王の首を取ることはできずに撤退した。


 ところが、レツィンはアラム=ダマスコに帰還せず北イスラエルに留まっているという情報がアハズ王のところに入り、南ユダの王室や民に大きな動揺が走った。


 神はイザヤに告げた。

「あなたとあなたの子シェアル・ヤシュブ (注71)と出かけて行って、ギホンの泉でアハズに会い、そこで彼にこのように言いなさい。」


 イザヤとシェアル・ヤシュブはギホンの泉で慌てて水を確保しているアハズと家臣たちのところに行き、神に言われた通りのことを言った。


「神はこう言っている。『気をつけて、静かにしていなさい。恐れてはならない。あなたは、これら二つの切り株の煙る燃えカスのように、レツィンすなわちアラムとレマルヤの子との燃える怒りに、心を弱らせてはならない。アラム=ダマスコとエフライム は、あなたに対して悪事を企てている。ユダを滅ぼして、タベアルの子をユダの王にしよう』と。」


 すると驚くべきことに神は直接アハズに告げた。

「そのようなことは起こらないし、ありえない。・・・・六五年後、エフライム(注72)は粉砕されて、イスラエルはなくなる。・・・・もし、あなたがたが信じなければ、すぐにユダも倒れるだろう。」


 アハズは黙って聞いていた。

  神は再び、アハズに告げた。

「あなたの神、主からのしるしを求めよ。どんなしるしを求められても私はそれを示そう。」


 するとアハズは答えた

「私はしるしを求めません。主を試みたりはしないのです。」


 神の寛大な啓示に対してアハズの答えは余りに不信仰だったので、怒りを覚えたイザヤは黙っておられず、アハズに神のことばを言い放った。


「聞きなさい、ダビデの末裔よ!あなたがたは、人々を煩わすことを何とも思わず、神までも煩わすのか!

 あなたが求めないので、主が自ら、あなたがたに一つのしるしを与えられるのだ!

見よ。乙女がみごもっている!

 そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける!

 この子に物心がついて善悪がわかるようになる頃までにはあなたが恐れているふたりの王の土地は捨て去られるのだ。

 南北分裂以来見たことがないような酷い日をあなたがたは見ることになる。それがアッシリアだ!(注73)」


 アハズ王に対する神の命令はあくまでも「静かにしていなさい。」だった。これはアラム=ダマスコと北イスラエルの同盟に動揺してはならないという意味で、その二国はアッシリアに滅ぼされるというのがその理由だった。


 また、「乙女」は処女という意味だがアハズ王の妻(注74) や側室が処女であるはずがないので「乙女」の文字通りの意味である「若い女」と解釈された。

 そして生まれた子どもはインマヌエルではなく、ヒゼキヤと名付けられた。

イザヤはこれらのことや「エッサイの根株」の預言を思い出し、神の預言はこの時代には成就しなかったことを悟った。

 神の預言通りヒゼキヤが物心つくまでにアラム=ダマスコと北イスラエルはアッシリア王国によって滅亡した。北イスラエルの要人はアッシリアに捕囚され、北イスラエルの地にはアッシリア人が入植したので混血が進み、北イスラエル一〇部族は消滅した。

 神に静かにしていろと言われたアハズ王は神の命令を無視しアッシリア王国と手を結んだので一時の難を逃れたが、アッシリアに多額の奉納物を求められることにより財政的に窮乏し、アッシリアの宗教であるバアル神信仰や幼児犠牲を導入せざるを得なくなり、神の怒りが南ユダ王国にも向けられることが明確になった。



 イザヤと全く同じ時代の預言者にミカがいた。イザヤは都会出身でエルサレムの王族に仕えていて、ミカはモレシェテという田舎町出身で滅びゆく地元の民のために仕えていたが、二人は知り合いだった。

北イスラエルがアッシリア王国から滅ぼされる前にミカは神から告げられた。


「今、軍隊の娘よ。勢ぞろいせよ。砦がイスラエルに対して設けられ、彼らは、イスラエルのさばきつかさの頬を杖で打つ。ベツレヘム・エフラテ(注75)よ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、ベツレヘム出身者から、神のために、イスラエルの支配者、メシヤになる者が出る。

 そのことは、昔から天地創造前からの定めである。

 それゆえ、産婦が子を産む時まで、イスラエルの民はそのままにしておかれる。

彼の兄弟のほかの者はイスラエルの子らのもとに帰るようになる。

 メシヤは立って、主の力と、彼の神、主の御名の威光によって群れを飼い、イスラエルの民は安らかに住まう。

 今や、メシヤの威力が地の果てまで及ぶからだ。(注76)」


 ラミエルが死海で寝ている間にルシファーたちはこれらの預言の言葉は書物になってから知り、真意を解読した。

 ラミエルが起きて動き出したころに分かっていたことは「ダビデの子孫であるメシヤは間もなくベツレヘムで生まれインマヌエルと名付けられる。」ということだった。



(注64)ウジヤ王(在位紀元前七八三-七四二)宗教的には主の目に適い、北イスラエル王国と融和路線を取り領土を広げるなどの功績により五二年間在位することができた。

(注65)熾天使セラフィム 最上位の天使。熾天使の熾は「燃えさかる」の意味。熾天使セラフィム 最上位の天使。熾天使の熾は「燃えさかる」の意味。ヨハネの黙示録四章六-九節に登場する四つの生き物は六枚の翼をもち賛美の言葉が同じなので熾天使の可能性がある。

(注66)イザヤの召命 奇しくもペテロの召命と同じである。「これを見たシモン・ペテロは、イエスの足もとにひれ伏して、『主よ。私のような者から離れてください。私は、罪深い人間ですから。』と言った。」ルカ五章八節。

(注67)イザヤ書一二章一節-二節

(注68)イザヤ書九章六節-七節

(注69)ヨタム王(在位紀元前七四二-七三五)父ウジヤ王の敬虔さを引き継いだが、中途半端な信仰だった。

(注70)アハズ王(在位紀元前七三五-七一六)

(注71)シェアル・ヤシュブ イザヤの長男「残された者は帰ってくる」という意味。

(注72)エフライム 北イスラエル王国のこと。

(注73)イザヤ書七章一四節-一七節

(注74)アハズ王の妻 イザヤはアハズ王の妻と親交があったので、怒ったイザヤがアハズ王は自分の子どもの名前を決める資格はない、と啖呵を切ったのではないか、という説もある。のちにイザヤはその子ヒゼキヤとも親交を持った。

(注75)ベツレヘム・エフラテ ベツレヘムという地名が二つあるのでダビデの出身地を特定している。

(注76)ミカ書五章一節-四節

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