第8話 中間時代

 次のオリエントの覇者はアケメネス朝ペルシャ という大国で、その勢力はマケドニア、エジプト、インダス川にまで及んだ。

このペルシャ王国によりアッシリア王国と新バビロニア王国は滅亡し、イスラエル民族は解放され、南ユダから連れ去られた捕囚の民は母国に帰還することになったが、北イスラエルの十部族の末裔は血縁という意味でも信仰という意味でも他民族と同化し、ほぼ消滅していた。


 紀元前五世紀、帰還したイスラエル民族はダビデの子孫ゼルバベルの指導によりエルサレムに城壁や神殿を再建し、これを第二神殿と呼んだが、ゼルバベルはメシヤではなかった。ゼルバベルの後ダビデの家系は没落し、歴史に名前が出てくることはなくなった。


 イスラエル民族はペルシャの影響下で、ある程度の自治が認められたが、国として独立できないことに対して神に不満を抱いた。


 第二神殿が建立されて数十年経つとユダヤ教は祭司たちによる礼拝が形式化し、民衆の雑婚や離婚が恒常化するなど、律法違反や腐敗化が進行した。イスラエルの民はバビロン捕囚から帰還できた神の恵みを完全に忘れてしまったかのようだった。


神は預言者マラキを通して、最後通告をイスラエル民族に下した。


「わたしは、あなたがたの中に呪いを送り、あなたがたへの祝福を呪いに変える。いや、もう既に、それを呪いに変えている。あなたがたが、これを心に留めないからだ。見よ。わたしは、あなたがたの子孫を責め、あなたがたの顔に糞をまき散らす。あなたがたの祭りの糞を。あなたがたはそれとともに投げ捨てられる。このとき、あなたがたは、わたしが、レビとのわたしの契約を保つために、あなたがたにこの命令を送ったことを知ろう。(注53)」


 神の怒りに反応した派閥もあった。それはのちにパリサイ派と呼ばれる人たちで、律法順守を重んじたが、この時はまだ少数派だった。


「見よ。わたしは、わたしの使者を遣わす。彼はわたしの前に道を整える。あなたがたが尋ね求めている主が、突然その神殿に来る。あなたがたが望んでいる契約の使者が、見よ、来ている。(注54)」


 『わたしの使者』はのちの時代の洗礼者ヨハネのことで、『あなたがたが尋ね求めている主』はメシヤのことである。


「見よ。わたしは、主の大いなる恐ろしい日が来る前に、預言者エリヤをあなたがたに遣わす。彼は、父の心を子に向けさせ、子の心をその父に向けさせる。それは、わたしが来て、のろいでこの地を打ち滅ぼさないためだ。」


 『主の大いなる恐ろしい日』はメシヤが現れる日と解釈された。この預言によりイスラエルの民はメシヤが現れる前に生きたまま天に取られた預言者エリヤが地に降りてきて天から遣わされると信じた。


 マラキの次の預言者は現れなかった。

 つまりマラキは最後の預言者であり、神はメシヤ誕生の前にイスラエルの民に伝えるべきことはすべて伝え終わっていたのだが、イスラエルの民はマラキが最後の預言者であることに気が付かなかった。


 紀元前四世紀、ペルシャ王国の次のオリエントの覇者はギリシャだった。アレクサンダー大王の軍は強大でその勢力はインド、エジプト、ヨーロッパ、パレスチナにまで拡大し、その権勢は二〇〇年弱続いた。

 このギリシャの王国は文化的レベルが高く、ギリシャの文化とオリエントの文化が融合しヘレニズム文化が醸造された。

 ギリシャ語が世界の公用語になり、パレスチナも例外ではなく、イスラエルの聖典であるタナハもギリシャ語に翻訳された。これはギリシャ語しか話せないユダヤ人が増加したことも要因の一つである。


 パレスチナを統治したギリシャ人王朝セレウコスは偶像礼拝が盛んなヘレニズム文化をイスラエル民族に強要し、第二神殿を略奪した。これに反発したイスラエル民族は紀元前一六七年ギリシャからの独立戦争を起こし勝利、イスラエル民族国家ハスモン朝(紀元前一四〇年~紀元前三七年)を樹立し、第二神殿を奪還した。これを記念した祭りがハヌカの祭りである。

 しかし、ハスモン家はダビデの末裔ではなかった。

 この時期に律法を重んじるパリサイ派はユダヤ教の中での一大勢力となり、従来の形式的な儀式を重んじる支配層はサドカイ派と呼ばれるようになった。

 パリサイ派は原理主義であり正統派として民衆の支持を得たが、モーセの律法の他に明文化されていない口伝律法もモーセの律法と同じようなレベルで扱ったので、のちの時代に問題を引き起こすことになる。


 軍事的に脆弱だったハスモン朝は外交的にはカエサル率いる次の強国ローマに頼るしかなく、そのローマが世界の覇者となると、ローマと完全協調路線を貫いたエドム人のヘロデに滅ぼされ、ローマはヘロデにイスラエルの統治を任せた。




(注53)マラキ書二章二節-四節

(注54)マラキ書三章一節

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