第5話 モーセ契約
ヤコブの晩年時代カナンの地は飢饉に見舞われイスラエル十二部族七〇人はエジプトに移住し、四〇〇年後その地において一族の人数は一族と呼べない人数・・・・・百万人に膨れ上がっていた。
イスラエル十二部族は天地創造以来の自分等の歴史や神から教わった膨大な情報をすべて言語化し、代々口で正確に伝承し続けた。
紀元前十三世紀、力が増大するイスラエル十二部族を恐れたエジプトのファラオの圧制によりヤコブの子孫は苦役を強いられ、奴隷の地位に落とされ、ついには新たに生まれた男の子は全員殺されることになった。
このとき八〇歳のモーセが神により用いられた。
神はモーセを通じてエジプトを裁き、エジプト領内の家族の長男の命を奪ったが、イスラエルの民にはその災いは事前に知らされていたので裁きは回避された。回避の方法は玄関の門柱と鴨居に小羊に血を塗ると災いが過ぎ越されるというもので、のちの時代に「過越し」と呼ばれ、この恵みや苦労を忘れないように「過越しの祭」として儀式化された。
他人の奴隷を代価を支払って買い取って自分の奴隷とすることを「贖う」というが、この過越しは屠られた小羊の血という代価で奴隷であるイスラエルの民をエジプトから神が贖ったことを意味した。
そのモーセとモーセの兄アロンの指導により全員エジプトから脱出しシナイ半島に逃避したが、そのシナイ山で神はイスラエル十二部族と「十戒」という契約を交わした。
1 あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。
2 あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない(注37)。
3 あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない(注38)。
4 安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ(注39)。
5 あなたの父と母を敬え(注40)。
6 殺してはならない。
7 姦淫してはならない。
8 盗んではならない。
9 あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない。
10 あなたの隣人の家を欲しがってはならない(注41)。
神はこの他に祭儀に関する律法と民事裁判に関する律法を定めてこれを守らせた。
モーセは律法に従い幕屋を建造し、至聖所に契約の箱(注42) を安置して動物犠牲の礼拝を捧げた。そして、それまで口伝で引き継がれてきた歴史と教えを文書にまとめた。
祭司はモーセを通じて与えられた律法や歴史書では判断がつかない細かい規定については「口伝律法」という形で代々受け継いだ。
神はイスラエル民族は神の宝であり、祭司の王国であり、聖なる国民であると「聖別」(注43) した。
そしてモーセの兄アロンが初代の祭司となり、聖所で神に仕えた。大祭司の頭には聖なる油が注がれた。
モーセ達イスラエルの民は四十年間荒野を彷徨ったが、神はマナというパンに似た甘い食物を天から与えた。一時イスラエルの民はこのマナに不満を持ちモーセにぶつけたが、神はこれを良しとせず、燃える蛇 (注43-2)を解き放ち、多くの民が噛まれて命を落とした。
民はモーセに懇願した。
「私たちは主とあなたを非難して罪を犯しました。どうか、蛇を私たちから取り去ってくださるよう、主に祈ってください。」
モーセは民のために祈った。
すると、主はモーセに仰せられた。
「あなたは青銅で燃える蛇を作り、それを木製の旗竿の上に架けよ。すべて噛まれた者は、それを仰ぎ見れば、救われる。」
モーセは一つの青銅の蛇を作り、それを木製の旗竿の上に架けた。その後蛇が人を噛んでも、その者が青銅の蛇を仰ぎ見れば救われた。(注43-3)
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モーセ契約の後、伏魔殿で会議が開催された。
アダムの堕落以降人間には原罪が遺伝子に組み込まれ誘惑に勝てない存在になったので、サタンがいちいち介入しなくても人間は勝手に堕落した。なのでルシファーたちはエジプトの四〇〇年間はイスラエル十二部族を放置していた。
しかし神はモーセの時代にイスラエル民族に対して特別の愛情を注ぎだしたので、ルシファーはこの民族を注視する必要があることを堕天使や悪霊たちに伝える必要が生じた。
ベルゼブルが議論の口火を切り、会議は始まった。
「神はモーセに十戒などの律法を授け、具体的に人間を罪から遠ざける策を講じてきた。これは放っておいて大丈夫なのか?」
「罪が明確になったので、罪から離れることも容易になったということか。」
「人間には原罪が宿っているのだから、放っておけば堕落するのではないか?」
「イスラエル十二部族だけの話で、他の世界の全ては別の神、つまりルシファー様を拝んでいる。」
「エジプトのラー、メソポタミアのバアル、インダスより東の自然神信仰など人間は本当の神を知らずに勝手に自分等が望む神を作り出している。心配するほどのことなのか?」
「アブラハムの時はすべての国民の父とか、ざっくりした言い方だったのに、最近はアブラハムの子孫、つまりイスラエル十二部族だけに祝福を限定させている。」
「全世界のうちのたった一つの民族にだけ信仰を押し付けて、それが何になるというのだ?」
「そもそもたった一つの民族だけだって、信仰を完全に根付かせるのは無理だろう。」
ルシファーは結論を出して言った。
「これまで通りの悪霊配置と原罪に期待する。」
ベルゼブルが承知して言った。
「しばらく様子見ですね。目立った動きをするとミカエル達が見えないところで工作してきますからね。」
レビアタンが会議を締めくくって言った。
「今まで通り悪霊を全世界、全人類に満遍なく配置する。イスラエルに関しても例外ではない。」
会議は散会した。
(注37)申命記五章八節-一〇節「天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。」
(注38)申命記五章一一節「御名をみだりに唱える者を、罰せずにはおかない。」
(注39)申命記五章一二節-一五節「あなたの神、主が命じられたとおりに。 六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。しかし七日目は、あなたの神、主の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。あなたも、あなたの息子、娘も、あなたの男奴隷や女奴隷も、あなたの牛、ろばも、あなたのどんな家畜も、またあなたの町囲みのうちにいる在留異国人も—そうすれば、あなたの男奴隷も、女奴隷も、あなたと同じように休むことができる。あなたは、自分がエジプトの地で奴隷であったこと、そして、あなたの神、主が力強い御手と伸べられた腕とをもって、あなたをそこから連れ出されたことを覚えていなければならない。それゆえ、あなたの神、主は、安息日を守るよう、あなたに命じられたのである。」
(注40) 申命記五章一六節「あなたの神、主が命じられたとおりに。それはあなたの齢が長くなるため、また、あなたの神、主が与えようとしておられる地で、しあわせになるためである。」
(注41)申命記五章二一節「あなたの隣人の家、畑、男奴隷、女奴隷、牛、ろば、すべてあなたの隣人のものを、欲しがってはならない。」
(注42) 契約の箱 モーセが出エジプト後に神の指示通りに作成した箱。幅と高さが八〇センチメートル、長さが一三〇センチメートル大きさで、箱の下部に日本の棒が取り付けられ、形状が日本の神輿に似ている。箱の中には十戒が彫られた石板、アロンの杖、マナを収めた壺が収蔵されている。紀元後七〇年のユダヤ戦争で第二神殿(ヘロデ神殿)がローマ軍によりエルサレム、神殿、契約の箱のすべてが破壊された。
(注43)聖別 人や物を神聖な用に充てるため世俗的使用から区別すること。
(注43-2)燃える蛇 噛まれると燃えるような痛みで死んでしまう蛇という意味で、マムシを指す。
(注43-3)旗竿 ヨハネ三章十四節-十五節「モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」
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