もう一人の幼馴染

 リーンベルと最後に会ったのは、リーンベルのお姉さんが『竜誕の儀』を受ける前日だ。

 『竜誕の儀』はドラグネイズ公爵家が主導で行われる。お姉さんと一緒に、ドラグネイズ公爵家の屋敷にお泊り……俺、シャルネと三人で一緒に部屋で遊んだのが最後だった。

 翌日、リーンベルは『語学のために竜誕の儀を見学させる』とアマデトワール侯爵に連れていかれ……本来なら、リーンベルのお姉さんが授かるべき『水華神龍』を授かってしまった。

 当時六歳。リーンベルは神童と呼ばれ、六滅竜『氷』の元で修行を開始……十年、会わなかった。

 もう住む世界が違うと、十年でリーンベルのことは完全に忘れていた。

 でも、ハルワタート王国上空で『水華神龍』を見て、まさかここにいるとは思わなかった。

 しかも……水着。


「れ、れ、れ……れく、れく、れれ、レクス、くん……っ!?」

「……リーンベル、だよな」

「え、ええ。ええ」


 声、すごい裏返ってる。

 カタカタ震え、口元がピクピク動いている。まるで言葉の発し方を忘れたような感じだ。


「あ……じゅ、十年ぶり、だな」

「う、うん」

「その……何言えばいいのか。えっと、水着似合ってる」


 ──って、俺は何トチ狂ったこと言ってんだ!?

 今気づいた。俺も混乱している。

 そしてリーンベルは。


「え、あ……」


 自分の身体を見て、水着姿なのを確認。

 俺を見て、もう一度自分を見て──……顔を真っ赤にして身体を隠した。


「~~~っ!!」

『きゅるる~』

「あ、ムサシ。おま、リーンベルのところにいたのか……ほら、戻って来い」

『きゅいいーっ!!』


 ムサシは俺の肩に乗り、甘えるように顔を擦り付けてくる……けど。

 この状況、どうすれば……って。


「リーンベル様!! おのれ貴様……どこの貴族だ!! この方を誰と心得る!!」


 げっ、守衛が俺に気付いて近づいてきた。

 女性だけど圧がすごい……するとリーンベルが立ち上がった。


「下がりなさい」

「し、しかし……」

「あなた、私に同じことを言わせる気?」

「──っし、失礼いたしました!!」


 守衛が真っ青になり下がった。

 リーンベル……なんて殺気だ。俺なんかより遥かに強い。

 そして、咳払いをして俺を見る。


「……こっち来れる?」

「へ?」

「少し、お話しない?」


 頭を下げっぱなしの守衛を無視し、門を開けて俺の元へ。

 

「こっちに来て。誰もいないから」

「……あ、ああ。でも、ツレもいるから、少しだけ」

「うん。そこのあなた……私が、彼をここに引き入れたことが誰かに漏れた場合、あなたに罰を与える。あなたは彼も、私がしていることも、何も見なかった……いいわね?」

「はっ!!」

 

 こわっ……もう真っ青通り越して蒼白になってる。

 国王の命令でも喋らないだろう。それくらいの覚悟を感じた。


 ◇◇◇◇◇◇


 王族専用のプライベートビーチは、貴族のビーチとは比べ物にならないくらい整備されていた。

 宮殿のような別邸、広すぎるウッドデッキ。バーカウンターもあり様々な酒が並んでおり、ビーチパラソルの下には大きなチェアが並んでいた。

 だが、立派なのは設備だけじゃない。


『あら、リーンベル……その子、誰?』

「うおお……」


 浜辺に横になっているのは、六滅竜『水』の神龍……レヴィアタンだ。

 間近で見たが、デカい。とにかくでかい。

 サルワを遥かに超える巨体。青、水色、クリアブルーの外殻や鱗。

 これが、成熟した『幻想級』……ドラゴンの完成形。


「レヴィアタン。彼、レクスくん」

『レクス……ああ、あなたの幼馴染で、はつこ「わーっ!!」……っと、何でもないわ。私はレヴィアタン。よろしくね』


 女性の声。

 幻想級は人間以上の頭脳を持つって聞いたけど……まさかこんな流暢に会話できるとは。

 とりあえず会釈。すると、リーンベルが上着を着てパラソルの下に椅子に座った。


「座って。あ、何か飲む?」

「いや、大丈夫……」


 俺も座る。

 ちらっとリーンベルを見ると、めちゃくちゃ目が合った。

 慌てて逸らすが、リーンベルも同じだった。


『……可愛いわねぇ。何だか会話にならなそうだから、私が質問するわ。レクス……あなた、追放されたんだってね?』

「え、ああ……まあ。半分は追放だけど、もう半分は俺の意思で家を出たようなモンだけど」

「……レクスくんの、意思?」


 俺は紋章からムサシを召喚する。


「こいつ、俺のドラゴン……ムサシって言うんだ。ドラグネイズ公爵家を追放されたのはこいつが原因だ。見ての通り、小さくて、手乗りサイズだ」

「可愛い……」

「だろ? でも、ドラグネイズ公爵家には相応しくないドラゴンなんだ。甲殻種でも羽翼種でも陸走種でも人型種でもない、しいて言うなら特異種か……でもまあ、ドラグネイズ公爵家にはいらないドラゴンなんだよ」

「…………」

「でもさ、俺はチャンスだと思った」

「……チャンス?」

「ああ。実は俺さ……竜滅士より、冒険者に憧れていたんだ。このライラット世界を見て回りたい……そう思っていた。だから、ムサシを手に入れて、追放にかこつけて家を出た。今はさ、すっごく充実してる」

「…………」


 リーンベルはジッと俺を、そしてムサシを見ていた。

 レヴィアタンも、俺……いや、ムサシを見ている。


「冒険者……そういえばレクスくん。ずっと外の世界を知りたがってたよね」

「ああ。実は、もう風車の国クシャスラは見てきたんだ。でかい風車が回っててさ、すっげえ壮大だった」

「風車……」

「──そうだ」


 俺はアイテムボックスから、クシャスラで買った風車の置物を出す。


「これ、やるよ。風に当たると風車が回るんだ」

「……いいの?」

「ああ。その……今更だけどさ、久しぶりだな、リーンベル」

「──……うん。久しぶり、レクスくん」


 なんとなく避けて……いや、冒険の邪魔になると思い込んで避けていた。

 レヴィアタンがハルワタート王国を飛んだ時、「気にしない」なんて思ったけど……こうしてリーンベルにあえて、本当によかったと思ってる。

 リーンベルは風車のおもちゃを手に海風に当てる。


「わあ……」


 風車は回転し、リーンベルは目を輝かせた。

 その表情は……昔から俺が知る、子供のままのリーンベルだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 さて、俺の近況を報告……エルサのことを話すと微妙な表情をする。


「……レクスくん、女の子と二人旅してるの?」

「ああ。エルサっていう、セレコックス伯爵家の子なんだ」

「……セレコックス伯爵家? そういえば、婚約破棄された子がいるって聞いたけど」

「その子で間違いない。実家を追放されて、一人で冒険者になろうとしてさ……俺を境遇が似てたから、一緒に冒険することにしたんだ」

「へえ……」

『ふふ、ヤキモチ』

「え?」

「れ、レヴィアタン黙って!! というか、セレコックス伯爵家の長女……どこかで聞いたことある」

「ん? エルサのことか?」

「──……あ、思い出した。水属性で、十六歳で一級魔法師の資格取った子だ。たしか『聖女』って呼ばれてたっけ」

「……聖女?」

「うん。回復魔法のスペシャリストで、学園卒業後は竜滅士専属の治療士になるはずだった子だよ。今はもう除名されて、彼女の妹が後継者になったらしいけど……まだ復帰を望む声があるみたい」

「へえ……」

「妹と婚約者の方は並みも並み。セレコックス伯爵家の将来は真っ暗みたいだよ」


 聖女ね……まさかエルサにそんな過去が。

 椅子に寄りかかると、レヴィアタンが言う。


『いない子の話してもしょうがないわ。レクス、リーンベルのこと何か聞きたくないの?』

「れ、レヴィアタンの馬鹿!! 余計なこと言わなくていいのに!!』

「リーンベルのことか……そういえば、六滅竜になってからのこと、知らないな」

「……つまんないことだよ」


 そう言い、リーンベルはレヴィアタンを見た。


「レヴィアタンと出会えたのは嬉しいけどね。でも、お姉様には嫌われるし、お母様もお姉様のこと溺愛してたから恨まれてる。お父様は私のことなんてどうでもいいのか、もう会話もしてない」

「…………」

「今は、六滅竜『水』のリーンベルとして、リューグベルン帝国を守護する日々……つまんない日々」

「……リーンベル」

「子供のころはよかったなあ……レクスくんたちとの思い出、ちゃんと覚えてるよ」

「俺も。そういえば、アミュアとシャルネのことは何か知ってるか?」

「えっと、竜誕の儀を終えて、ドラゴンを授かったのは聞いてる。近々、会いに行こうとは思ってたけど……」

「そっか。あいつら、たぶん変わってないから、仲良くやれると思うぞ」


 少しだけ沈黙……というか、帰るタイミングがつかめない。

 一応、言っておくか。


「リーンベル。俺さ、もうドラグネイズ公爵家からは除名されてるし、今はもう平民だ。これから冒険者として、世界中を見て回るつもりなんだ」

「う、うん」

「だからその……ここで俺に会ったこと、ドラグネイズ公爵家には言わないでくれ。ムサシもちょっと特殊な感じに進化してさ、利用価値あると思われて連れ戻す……なんてことになるのは嫌だし」

「特殊な、進化?」

「ああ。まあな……で、頼む」

「わかった。でも……こうして会えたし、また会ってくれる?」

「もちろん。リーンベルは、大事な幼馴染だしな」

「……うん!!」


 リーンベルは笑顔を見せた……可愛い。

 ちょっと照れる……話題を変えるか。


「そ、そういえばリーンベル……ハルワタート王国に何の用だ? 休暇って聞いたけど」

「表向きはね。レクスくんならいいか……実は、『水』の六滅竜は代々、ハルワタート王国と大きな契約をしているの。今回、私はその契約を果たすために来たんだ」

「契約?」

「うん。百年に一度復活するハルワタート王国最大の悪獣、『タルウィ』の討伐」

「タルウィ?」

「うん。実は、少し前に遊覧船が魔獣に襲われたの。アパオシャって言うんだけど……」


 めちゃくちゃ覚えあります。というか倒したの俺。


「そのアパオシャは実は『タルウィ』の二大眷属の一体……無限に復活する悪獣の一部でね、動きが活発になり始めているみたい。しばらく遊覧船は運航禁止にするらしいよ」

「そ、そうなのか?」

「うん。そしてもう一体、狂陸獣ティシュトリヤ……それを討伐すれば、タルウィは復活する。私とレヴィアタンで討伐する」

「そのためにわざわざ、リューグベルン帝国から来たのか」

「うん。タルウィは永久級か、下手したら幻想級に匹敵するらしいから」

「……なるほど」

「まずは、ハルワタート王国のどこかにいる狂陸獣ティシュトリヤを討伐する。私がね」

「お前が? 冒険者とかに任せれば……」

「ずっと待っているのも合わないからね。準備運動だよ……あ、そうだ。レクスくん、よかったら手を貸してくれない? ティシュトリヤ討伐……その、一緒にどう?」

『お? ふふ、いいわねぇ……デートのお誘い?』

「もうレヴィアタンは黙って!!」


 と、リーンベルがレヴィアタンに右手を向けると、紋章に吸い込まれた。

 

「とりあえず……エルサに相談していいか? その、俺だけってわけにもいかんし」

「いいよ。私もその……エルサに会ってみたいし」


 リーンベルはニコッと笑ったが……何故か微妙に怖かった。

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