海水浴二日目、そして

 海水浴二日目。

 俺、エルサ、ルッカ、マルセイさんは、早朝からビーチに来ていた。

 朝飯は少しだけ食べた。あまり食べ過ぎると泳ぎに支障出るとか出ないとか。

 今日は昨日の復習。準備運動をして海水へ。

 俺は当然だが、エルサも迷うことなくジャボンと水の中へ入れた。

 ルッカは言う。


「二人とも、素質あるのか泳げるようになるの早いわね……今日は遠泳しよっか」

「えんえい?」

「遠泳ってのは、泳ぎながら遠くを目指すって意味だろ?」

「ええ。浜辺から沖の三十キロ圏内は遊泳していい場所だから。水中には水麗騎士団も巡回しているし、魔獣も入ってこれない。安心していいわよ」


 ルッカがそう言うと安心。

 水麗騎士団、海中の巡回もしてるんだな……ライフセーバーみたいなもんか?

 というわけで、今日は遠泳をすることにした。


「じゃ、行くわよ」


 ルッカは踵を返し、いきなり泳ぎ出す。

 俺もクロールしながら、エルサは平泳ぎの手でバタ足しながら泳ぐ。

 ムサシは手乗りサイズのまま、なぜかルッカの頭の上にいた。


「……わぁ~」

「……改めて見るとすごい光景だ」


 海中……すごく綺麗だ。水色やピンクの透き通った花が咲き誇り、小さな魚の群れや大型の魚が泳いでいる。

 エイみたいな魚、デカいカニもいる。進むに連れて地形も変わる。

 驚いたのは、石造りの建物や船が沈んでいる光景だった。


「ルッカ、ここ……もしかして陸地だったのか?」

「そうよ。大昔、ここは陸地だったの。周りの家には人間が住んでいたの。今じゃ水棲亜人たちの休憩所とか、こうして泳ぎに来てるあたしたちみたいな人間の休憩所でもあるけどね」


 周りを見ると、沈んだ家の中で休むヒトや、水棲亜人が多くいた。

 

「休みたいならいつでも言って。見ての通り、休憩所には困らないから」


 残念、俺もエルサも体力には自信がある。

 まっすぐ泳いでいたが、ルッカが「深度変えるわよ」と言って深く潜る。

 俺とエルサも海底に向かって進路を変える。

 驚いたことに……深海に進むほど光が入らず暗いと思ったのに、逆に深くなればなるほど明るかった。


「明るい……どうなってんだ?」

「理由はこれ。あとそっちにも」


 ルッカが手に取ったのはヒトデだ。

 ぼんやり輝いているヒトデが岩壁にくっついている。


「ライトスターヒトデっていうの。見ての通り光るヒトデね。それと、あっちにいる発光クラゲと、光岩石っていう光る岩……すごいよね。深海なのにこんな明るいなんて」

「綺麗……」


 深海は明るく、幻想的な光景だった。

 揺らめく海藻、輝くヒトデや岩やクラゲ、沈没船や住居、そして海の生物たち……これらすべてがマッチし、まるで一枚の絵画みたいな光景を生み出している。

 エルサも見惚れていた。


「あたし、貴族の生まれでさ……兄さんたちは水棲亜人の母親から生まれて、あたしは人間の母親から人間として生まれたの」


 ルッカが語り出した。

 俺とエルサは何も言わずに聞く。


「兄さんたちは三人とも優秀よ。剣も魔法も上手でさ……でもあたし、魔法は普通だし頭も普通。マルセリオス公爵家なんて水棲亜人の名家に生まれたけど、何の取り柄もない。できることは……兄さんたちの邪魔にならないよう、目立たずに引きこもることだけ」

「「…………」」

「お母さんが病気で死んで、ますます家に居場所がなくなった。お父さんもあたしに愛想尽かしてるのか、もうずっと顔も見ていないし……学校を卒業したら、家を出るつもりなんだ」

「……えっ」


 エルサが驚いたように反応する。俺は何も言わない。


「あたしも……ふたりみたいな、冒険者になりたいな。自由に……」

「ルッカさん」

「……ん?」

「わたしは、ちゃんとお話しするべきだと、思います」

「……え?」

「家族のことでわたしがルッカさんに何かを言う資格はありません。でも……マルセイさんは、ルッカさんのことをずっと心配していましたよ。優秀とか、名家とか関係ありません。お兄さんが、大事な妹を想う……それだけを感じました」

「……エルサ」

「外の世界に憧れるのもいいと思います。でも……ちゃんと、家族とお話した方が、いいと思います。もう……戻ることができないわたしとは、違いますから……」


 ルッカはエルサを見ていた。

 その目を見て何を感じたのか……「そうだね」とだけ言い、再び深海へ。

 エルサもその後を追い、残されたのは俺だけ。


「……家族、か」


 ドラグネイズ公爵家、シャルネにアミュア……元気でやってるといいな。

 海から上がると、マルセイさんが出店でたくさんの食事を買い、テーブルに並べていた。


「おお、帰って来たか。ささ、腹減ったろ? いっぱいあるから食べろ」

「……兄さん」

「ん? ルッカ、お前の好きなのいっぱい買ったぞ。はは、兄さんの奢りだ、いっぱい食え」

「……ありがと」

「お、おお。ははは、どうした急に」

「別に。そこの二人、笑ってないで食べるよ」


 なんとなく微笑ましい気持ちになり、俺とエルサは顔を見合わせ笑うのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 食事を終え、休憩中。


「じゃあ明日は冒険者ギルドに行くのか?」

「ええ。一応、冒険者ですしね。資金に余裕はあるけど、稼がないといけないし」

「それに……毎日食べたり遊んでばかりなので、少しは運動しないと」

「ふーん。ねえエルサ、泳ぐのってすごい全身運動なの。昨日と今日でかなりの運動をしたと思うわよ?」

「そ、そうなんですか?」


 ルッカの言う通り、水泳はダイエットにも効果的だ。

 でも、全身運動だけじゃなく、戦闘もしないといけない。勘が鈍るかもしれないし。

 

「あ、そういえば……マルセイさん、ダンジョンってあるんですか?」

「おお、あるぞ。ラピュリントスのことか」


 水中迷宮ラピュリントス。

 ハルワタート王国最大のダンジョンで、ホワイトビーチの反対側にあるサンドビーチから泳いで向かう。

 海底にある巨大遺跡で、中にはお宝がいっぱいあるとか。


「あそこは冒険者たちにとって稼ぎ場であり、観光客にとっての名スポットの一つだ。今のお前らなら海底まで泳いで行けるだろ。いつ行くんだ?」

「とりあえず、しばらくギルドで稼いでからですね。明日は依頼を受けに行きますよ……いいよな、エルサ」

「はい。ルッカさん、その、ごめんなさい」

「なに謝ってんのよ。明日は久しぶりに、兄さんと買い物行くから」

「え……そ、そうなのか?」

「そうよ。ま、よろしくね」

「お、おう!! ははは、兄さんに任せろ。あ、上の兄貴たちも休みだったかな。誘っていいか?」

「……嫌じゃなければ」

「アホ言うな。兄貴たちも、ずっとお前のこと心配してだな……それに親父だって、素っ気ないお前のこと心配しているが、年頃の娘に何を言えばいいのかずっと迷っててだな」

「ふーん……なにそれ、馬鹿みたい」


 そう言いつつも、ルッカは嬉しそうに見えた。

 俺とエルサは顔を見合わせて笑った。マルセリオス公爵家は、きっと楽しい日常を取り戻すだろう。


 ◇◇◇◇◇◇


 午後、ルッカはエルサと一緒に別の水着を見に行った。

 マルセイさんは荷物番をして、そのままビーチチェアで昼寝。

 俺は一人、ビーチをムサシと散歩していた。


「ふぁぁ~……相変わらずいい天気だ。お? あっちは貴族用のエリアだっけ」


 すごいな。岩石を並べて壁にしている。

 景観を損なわずに平民と貴族の区別をしているようだ。


『きゅいいーっ!!』

「へっ? っておいムサシ!?」


 なんと、ムサシが飛んで行ってしまった。

 貴族専用のビーチへ……岩を飛び越え、飛んで行った。

 いやまずい。マジでまずい!!

 紋章に向かって命令を出すが、ムサシが戻ってこない。


「ああもう馬鹿!! どうしよう……」


 ふと思った。

 貴族用のビーチ入口には、水棲騎士が守っている。

 俺は騎士に近づき、マルセリオス公爵家の紋章が入ったペンダントを見せる。


「俺の獣魔が中に入ったんだ。中に入れてくれ!!」

「こ、これは……マルセリオス公爵家の!? わ、わかりました、どうぞ!!」


 さすが水棲亜人の名家。

 門が開き中へ。

 貴族用のビーチは人が少なく、所々に別荘みたいな建物が立っていた。

 一般エリアと違い、海で遊んでいる人はあまりいない。みんな別荘のビーチチェアで寝そべったり、パラソルの下で読書している……優雅な感じだな。

 おっと、貴族用のビーチは今はいい。

 俺は紋章に魔力を込め、ムサシを呼ぶ。


「ムサシ、おいムサシ……どこだ? おい!!」


 右手が淡く輝くが、ムサシの反応がない。

 まずい……まさか、海に行ったのか?

 今はエルサたちもいないし、水中呼吸の魔法も使えない。

 貴族用のビーチを突っ切ると……再び、岩石が並んでいた。

 

「この先は、王族専用のプライベートビーチ……さすがにマルセリオス公爵家の力も、というか入ったら極刑かもしれないな」


 水棲騎士ではなく、青棲騎士か……しかも女性騎士。

 岩場に近づくと、距離があるのに女性騎士が俺をジロっと見た。うう、怖い。

 これ以上近づくと何か言われそうな気がする。


「どうしよう……」


 一度戻り、エルサたちと合流して相談しようとした時だった。


『きゅいいーっ!!』

「ふふ、どこ行くの? こっちには誰もいないわよ──……えっ」


 岩場の陰から、一人の少女が現れた。

 王族専用のプライベートビーチの岩場……ああ、貴族用のビーチとは海で繋がっているのか。

 プラチナブルーの髪と目、モデルのように整った体形。

 ブルーのフリルビキニを着た美少女。

 俺は一瞬で確信した。向こうも同じことを考えたとわかった。


「……リーンベル?」

「……レクス、くん?」


 こうして、俺は再会した。

 六滅竜『水』のレヴィアタンを使役する竜滅士、リューグベルン帝国最強の一人であり、俺の元幼馴染と。


『きゅるる~』


 何も知らないムサシの、可愛い鳴き声だけが響いていた。

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