六滅竜『水』のリーンベル①
時間は、少しだけ巻き戻る。
レクスたちがハルワタート王国に入国する少し前、ハルワタート王国上空に一体の『神龍』が現れた。
美しき水色の鱗に透き通った水色の角を持つ、全長三十メートルを超える最大級の『羽翼種』で、身体の各所が丸っこい外殻で覆われた特殊な姿をしていた。
『
リューグベルン帝国最強である『六滅竜』の一体であり、『水』を司りし偉大なるドラゴン。『神』の名を真名に持つ神の眷属。
そして、その背に優雅に腰掛けるのは、一人の少女。
「……はあ」
美しい少女だった。
プラチナブルーのウェーブがかったロングヘアが風になびき、手で軽く抑えている。そして、髪の一部が濃い青色に変色しており、その部分をまとめて三つ編みにしていた。
顔立ちはビスクドールのような作り物めいた美しさをしており、瞳も髪と同じプラチナブルー。
ドレスは、風でバタつかぬよう特殊な加工をされたもので、美しさは当然のことながら、戦闘用でもある。
少女は、ドラゴンの背に手を這わせる。
「レヴィアタン。もう少しゆっくり飛んでくださる?」
『……リーンベル。予定の時間を遥かにオーバーしているわよ?』
レヴィアタン、いや『六滅竜』のドラゴンは高度な知能を持ち会話ができる。
少女……いや、リーンベルはつまらなそうに言った。
「だって……こんな面倒なお仕事、なんで私が」
『それが、ハルワタート王国との『契約』だからよ。私を使役する竜滅士は皆、百年に一度現れる『災厄』を止めなくちゃいけないの』
「ふん。レヴィアタン、そんな記憶ないくせに」
リーンベルはムスッとする。
神龍は、契約者が死ぬと消滅し、次の契約者に受け継がれる。だが、前の契約者に関する記憶はリセットされてしまうのであり、レヴィアタンは前の自分が何だったのかは知らない。
レヴィアタンはため息を吐き、ゆっくり飛ぶ。
『いい? リューグベルン帝国とハルワタート王国は、ず~っと昔から『契約』をしているの。ハルワタート王国に現れる古の魔獣、『熱』を司る悪獣『タルウィ』を討伐するって契約をね」
「タルウィ……そんなの本当にいるの?」
『ええ。覚えていないけど、百年前の私も、このハルワタート王国でそいつと戦ったらしいわ。その前も、さらに前も……ね』
「……面倒くさいわね。どうして復活するの?」
『わからないわ。でも、一度倒すと百年は復活しないわ』
「…………」
熱を司る悪獣タルウィの討伐。
それが、リューグベルン帝国国王と、ハルワタート王国国王からの命令である。
遥か昔からの『契約』で、リューグベルン帝国を離れることのない『六滅竜』だろうと国外へ向かわなくてはならない……それほどまでの契約だった。
リーンベルは首を振る。
「わかった。やらなきゃいけないなら、早く終わらせないとね。それに……」
リーンベルは下を見る。
そこに広がるのは、ハルワタート王国の美しい海。
自然と顔がほころび、笑顔になる。
「どうせなら、この海を目いっぱい楽しまないとね」
『リーンベル。終わったらすぐに帰らないと』
「え~? 数日くらいなら観光してもいいでしょ? ね、レヴィアタン」
『もう……』
「……それに、ちょっとは気が晴れると思うし」
『……リーンベル。あなた、本当にどうしたのよ。最近、おかしいわよ?』
「…………」
リーンベルとレヴィアタンは、軽く言い合いをしてようやくハルワタート王国に降り立った。
◇◇◇◇◇◇
ハルワタート王国、王城。
リーンベルは『水』の六滅竜レヴィアタンの竜滅士としての顔になる。
王城で最も広い中庭に着陸すると、右手の紋章にレヴィアタンが収納される。
リーンベルの目の前には、ハルワタート王国に常駐する『彼方級』の竜滅士が二人、そして『永久級』が一人、その後ろには水麗騎士団と海麗騎士団が勢ぞろいし、跪いていた。
リーンベルは柔らかく微笑み、アイテムボックスから特注の『傘』を出して開く。
「お出迎え、ご苦労様です」
「ははっ!! 『水』の六滅竜レヴィアタンの竜滅士、リーンベル様!! ご足労感謝致します!!」
ハルワタート王国内では海麗騎士団が束になっても敵わない『永久級』の竜滅士、ハグウェイ。
ハグウェイは跪き深々頭を下げる。部下の竜滅士二名も同じだった。
リーンベルは頷き、歩き出す。
立てとも案内しろとも言わない。まずは国王に挨拶し、それから部屋で休もうと考えていた。
「ご、ご案内いたします!!」
「ん」
慌てて立ち上がったハグウェイが、リーンベルの前を歩く。
「え、ええと……まずは、お部屋をご用意してありますので」
「王様に挨拶するわ。休むのはそのあと」
「は、ははっ!!」
眼中にないのか、ハグウェイを見ようともしない。
生意気な小娘……と、ハグウェイは思ったが、目の前にいるだけで『竜滅士としての格』が違うと理解させられた。
内心、冷や汗が止まらない。
(な、なんだこの魔力量は……)
一流の竜滅士は、肌で魔力を感じる。
魔力を数字で表すとしたら。
何の訓練も受けていない一般人を十、三~二級魔法師が五百、一級魔法師が千、竜滅士が一万だとする。
六滅竜であるリーンベルの魔力は、感じただけで十万を遥かに超えている。
一流だからこそハグウェイは理解した。部下二人は何も感じていないようである。
(たとえ六滅竜と言えど十六の小娘……舐めた態度をしたらと思ったが)
あまりにも、馬鹿馬鹿しい考えだった。
眼中にないのも当然。
恐らく、リーンベルは単体でハルワタート王国を滅ぼすことが可能だ。
「怯えなくていいわよ」
「ッ!!」
「別に……食べたりしないから」
「しっ、失礼いたしました!!」
立ち止まり、全力で頭を下げた。
もう考えることはしない。言われたことだけをしようとハグウェイは決めた。
◇◇◇◇◇◇
ハルワタート王国国王、ロゼレム・ボウ・ハルワタート。
現在二十九歳。若くして王となった青年は、リーンベルを前に笑顔だった。
「いやあ、遠いところからわざわざ済まないね、アマデトワール侯爵令嬢」
「いえ、『水』の神龍を司る者としての使命ですので」
「そうか!! ははは、だが……実は『悪獣タルウィ』の件なんだが、少し待って欲しいんだ」
「……それはどういう意味で?」
「あ~……実は、まだ復活していない。そもそも、どこにいるのかも特定できていないんだ」
「…………」
リーンベルの眉がピクリと動く。
ロゼレムは慌てたように付けたした。
「いや、復活は近いと思うよ? 現に、少し前に港町テーゼレから本国に向かう遊覧船が『凶水獣アパオシャ』に襲われたんだ!! 『悪獣タルウィ』の眷属とされる水獣の片割れが現れたってことは、復活も近いはずなんだ」
「……それで?」
「えっと。たぶん、片割れの『狂陸獣ティシュトリヤ』も、そのうち動き出すと思う。眷属が二体倒されたら、さすがにタルウィも動き出すんじゃないかと」
「…………」
「つ、つまり……その、しばらく待機を」
ロゼレムは若くして王になったが、外交や国政に関しての腕前は非常に高い。観光産業をさらに発展させ、国民からの信頼も厚い……だが、ややビビりであり、十六歳のリーンベルの威圧にタジタジになっていた。
「そ、そうだ!! 王族専用のプライベートビーチをキミだけで使っていい!! 欲しい物は何でも手配しよう!! その、来たるべき時が来るまで、しばし……その、お待ちいただけますでしょうか」
最後の方は声がしぼんでいた。
リーンベルはため息を吐く。
「では、お言葉に甘えて。それと……ティシュトリヤでしたか? それが現れたらお教えください」
「へ? いや、きみの役目はタルウィを討伐……」
「暇つぶしに、捻りつぶしますので」
「わ、わかりました」
やや不機嫌そうに答えたリーンベル。
こうして、その時が来るまで、しばしの休暇となった。
◇◇◇◇◇◇
ホワイトビーチにある『王族専用のプライベートビーチ』にて。
リーンベルは一人、全ての護衛をシャットアウトし、砂浜でレヴィアタンと日光浴をしていた。
もちろん水着姿。ブルーのビキニ姿で、パラソルの下で読書をしていた。
『リーンベル……どうしたの?』
「……何が」
レヴィアタンは、太陽の光を全身に浴びていたが、不機嫌そうなリーンベルがどうも気になるようだ。
『あなた、ここ最近ずっと落ち込んでいるわね。せっかくのビーチで水着姿なのに、全然楽しんでいない』
「この水着……下着みたいで恥ずかしいわ。もし護衛が近づいたら殺すって脅さなかったら着なかったわよ」
『似合ってるわよ。で……落ち込んでいる理由、聞かせてくれる?』
「…………」
リーンベルは、ポツリと言った。
「ドラグネイズ公爵家……」
『え?』
「……レクスくん、出て行っちゃったんだって」
『レクスって、あなたの幼馴染? 確か……初恋だったかしら?』
初恋。
そう言われ、リーンベルはカァ~ッと赤くなり、本で顔を隠してしまう。
『私を継承してから十年、一度も会ってないのよね』
「……うん。レヴィアタンを使いこなす訓練に加え、六滅竜としての戦闘力を高める訓練ばかりだったから。お手紙を書こうとも思ったけど……何だか恥ずかしくて」
『純情ねぇ』
「う、うるさい。それで、レクスくんも『竜誕の儀』を終えて竜滅士になったんだけど……どうやら、とんでもない『ハズレ』だったらしくて、本家から追放されたんだって」
『へえ……』
「水属性だったら私の傍で、私の側近とかになって欲しかったんだけどね……」
『ふうん。で、どこにいるの?』
「わかんない……会いたいな。アミュアも、シャルネも、水属性じゃなかったし……」
『あなたねえ……本当は引っ込み思案なくせに、無理して強がる姿なんて見せるから、誰もいないところではこんな気弱になあっちゃうのよ』
「う、うるさい」
リーンベルはムスッとしてそっぽ向く。
そして、フルーツたっぷりのトロピカルドリンクに手を伸ばした時だった。
『きゅいいーっ!!』
「ん?」
『きゅうう』
白いふわふわした何かが、王族専用のプライベートビーチに入ってきた。
そして、トロピカルドリンクのあるテーブルに着地すると、リーンベルの手に甘えた。
「わ、なにこの子……かわいい」
『……んん? その子……妙な感じね』
「ふふ、よしよし。あなた、迷子?』
『きゅるる?』
「あ、フルーツたべる? ふふ、手乗りサイズねえ」
しばし、リーンベルは『白い何か』を撫でる。
そして、その『何か』はフルーツを食べ満足すると、リーンベルにお礼を言うように甘え、飛んでいった。
「あ、行っちゃった……あーあ」
『…………』
「レヴィアタン?」
『…………今の子、ドラゴンかも』
「ええ? あんな手乗りサイズのドラゴンなんているわけないでしょ」
そう言い、リーンベルは読書を再開……そのまま欠伸をして、しばし昼寝をするのだった。
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