マルセイさんとメシ

 マルセイさんとやって来たのは、普通の大衆食堂だった。

 普通……普通の円卓に椅子、広い店内、水棲亜人の店員さん、そしてオープンキッチンで料理してる。

 オープンキッチン、ハルワタート王国では普通らしい。

 タコの水棲亜人さんが、豪快に鍋を振るっている。

 三人で円卓を囲み、マルセイさんが「とりあえずいつもの」と注文した。


「ここはオレの行きつけでな。安くて早くて美味い」

「おお、三拍子揃ってる。最高っすね」

「ははは!! まあそうだな」


 すると、デカいジョッキが三つ運ばれ、刺身やサラダがテーブルに並んだ。

 俺たちはジョッキを手に乾杯する。


「では、出会いに乾杯!!」

「「乾杯!!」」

『きゅるる!!』


 ジョッキを合わせて飲む……うおう、苦いけどシュワシュワしてる。しかも冷たくて美味い!! 

 味は知らんけど……これ、ビールなのか?


「マルセイさん、これ……なんてお酒ですか?」

「こいつは麦酒だ。うまいだろ?」

「確かに美味い……なあエルサ」

「ちょっと苦いです……」

「ははは。水棲亜人には人気の飲み物だがな。ささ、食え食え」


 皿を差し出される。

 これは刺身だな。生の魚の切り身……美味そう。

 俺はフォークで切り身を刺し、そのまま口へ。


「……おお、美味い!! ん? エルサ、マルセイさん……どうしたんです?」

「れ、レクス……生のお魚ですけど」

「ん? ああ、うまいよ」

「ほほう、他国から来た人間は大抵が驚くんだがな。水棲亜人と地元の人間以外で、生魚を何の抵抗もなく食べるとは、少し驚いたぞ」


 しまった!! 元が日本人だから特に気にしてないけど、刺身……生魚は生で食わない。

 ってか普通に美味い。まあ、変に慌てなくていいか。


「いや、普通に美味い。エルサも食ってみろよ」

「え、えっと……」

「ははは、無理するな。レクスとそっちのおチビさん、好きなだけ食いな」

『きゅいいーっ!!』


 ムサシも刺身をモグモグ食べていた。

 エルサには、後から届いた焼き鳥や焼き魚を中心に食べる。

 この麦酒、酒なんだがアルコール度数が弱いというか、飲んでもあまり酔わない。

 二杯目を飲んでも特にフラッと来たりしない。

 さて、テーブルに並んだ料理がいい感じに減ると、それぞれの話をした。


「なーるほどなあ。リューグベルン帝国から、風車の国クシャスラを経由してハルワタート王国に来たのか」

「ええ、いろいろあって、俺とエルサは世界を見て回ってるんですよ」

「ほほー……十六だったか? 若いのに大したもんだ。うちの妹と同じだな」

「わあ、マルセイさんって妹さんがいるんですね」

「ああ。うちは四兄弟でな。兄貴が二人、妹が一人だ。一番上の兄貴は水麗騎士団の副団長で、二番目の兄貴は水麗騎士団最強の一番隊隊長、で、オレが四番隊の隊長ってわけだ」


 騎士家族か……なんかカッコいいな。

 

「上の兄貴二人は結婚して、陸地に屋敷構えてるんだけどな。オレは結婚とか面倒くさいから、実家から通ってのんびりしてる。妹も陸地で生活してるぜ」

「……その言い方だと、マルセリオス公爵家ってのは水中にあるんですか?」

「おう。水中都市アルメニア……ああ、このあと行くなら場所教えてやるけど」

「あ、地図があるので大丈夫です!!」


 エルサ、アイテムボックスからパンフレットを取り出した……ずっと一緒にいるんだけど、どこで手に入れてくるんだろうか?

 マルセイさんは「ははは」と笑い、麦酒のおかわりを注文する。


「なあ……お前ら、明日はどうするんだ?」

「俺らは明日、ハルワタート王国のビーチで遊ぶ予定ですけど」

「そうか……ん~、なあ頼みがあるんだが、いいか?」


 いきなりのお願い。

 エルサと顔を見合わせ、「どうぞ」と促す。


「実はよお……オレの妹のことなんだ」


 ◇◇◇◇◇◇


 マルセイさんの妹、名前はルッカ。

 歳は十六歳の水棲亜人。だが……父親は同じだが、母親は人間だそうだ。

 貴族なので側室は当たり前……エルサも聞いていたが特に驚いていない。

 

 で、ルッカは水棲亜人と人間の間に生まれ、人間の身体を持って生まれてきた……だが、家族は母親を除いて水棲亜人なので、どうも肩身が狭いと思っているらしく、兄貴三人ともあまり話そうとしないようだ。

 さらに、マルセリオス公爵家という名家生まれであり、ハルワタート王国の学園にも通っているのだが……内気な性格のおかげか、友達もいないらしい。

 いつも一人で勉強ばかりして、陸上にあるマルセリオス公爵家の屋敷に籠っているそうだ。


「どうも内気でなあ……同い年のダチでもできればいいとは常々思っているんだが」

「なるほど……で、どうすれば?」

「ああ。ところでお前ら、泳げるか?」


 いきなり話が飛んだぞ。

 泳げるかどうか……いや泳げんな。生前も、海は眺めただけだし、プールとかの授業も全部見学だ。

 エルサも首を振った。


「そこでお前たち。ルッカに『水泳を習う』っていう名目で、友達になってくれないか? あいつは人間だが泳ぎは得意だぞ」

「あー……そういうことですか」

「わたしはいいですよ。というか、泳ぎ方を知らないですし……」

『きゅいいーっ!!』

「ふふ、ムサシくんもいいそうです」


 ムサシ、刺身を完食し皿を蹴っていた……もっとよこせってか。

 まあ、エルサがいいなら問題ない。


「わかりました。じゃあ、お願いします」

「おお!! ありがとよ~!! じゃあ明日、ルッカと一緒に迎えに行く。宿はどこだ?」

「トロピカルサマーってところです」

「高級宿じゃねぇか。稼いでるな……ルッカも驚くぜ」

「ふふ、マルセイさんって妹想いなんですね」

「まあ、嫌われてるけどな」


 マルセイさんは苦笑し、麦酒を飲み干した。

 というわけで、明日はビーチで遊びながら、泳ぎを教えてもらうことになった。


 ◇◇◇◇◇◇


 次の日。

 トロピカルサマーの食事会場でバイキング。

 やっぱり海鮮がメインの料理だが、けっこう肉料理も多かった。まあ、魚介系が有名だって言わずともわかるし、魚ばかりじゃ飽きるから肉も……ってことなんだろう。

 俺は変化を付けるため、あえて肉だけを食う。

 食後の『マイゲン茶』を飲んでほっこり……これ、ハルワタート王国に滞在している間に買い込んでおこう。

 そして、食事を終えて一階ロビーのソファで待っていると。


「よう、レクスにエルサ!! 会いに来たぜ!!」


 と、マルセイさんがやって来た。

 立ち上がり、入口に向かうと、マルセイさんの隣には一人の少女が。

 

「……兄さん、どういうこと?」

「ん? ああ、なんというか……その、お前に頼みがあってな。ああ、この二人は友人のレクスとエルサ。冒険者なんだ」

「──!!」

「それで、ハルワタート王国に来たはいいが泳げなくてな。オレは水棲亜人だから泳ぎ方がそもそも違うし……そこで、夏季休暇でヒマしてるお前に、ぜひ泳ぎを教えてもらおうと思ってな」

「……無理やり散歩に連れ出すからどういうことかと思えば」


 おいおいおい、まさか今日のこと説明していないのかよ。

 すると、マルセイさんの妹……ルッカが俺とエルサを見た。


「……冒険者、だっけ」

「あ、ああ」

「そうですけど……」

「……ふーん。まあ、いいけど。泳ぎ教えて欲しいんでしょ」

「え、いいのか? その……話、聞いてなかったみたいだけど」


 マルセイさんを見ながら言うと、「うぐっ」と顔を逸らした。

 ルッカは言う。


「別にいい。どうせヒマだったし……それに、気分転換に泳ごうとも思ってたし。レクスにエルサだっけ? 水着、用意できてる?」

「ああ、できてる」

「わたしも大丈夫です」

「そ……じゃあ、行こっか。あと兄さん、バツとして今日のお金は全部出してよね」

「は、はい……」


 マルセイさん、しょんぼりしちゃった……ってか説明くらいしておきなよ。


 ◇◇◇◇◇◇


 ルッカ。

 人間と水棲亜人のハーフで、種族は人間。

 健康的な肌に白い髪をポニーテールにした美少女って感じだ。ちょっとローテンション気味だけど。

 向かったのは、ハルワタート王国にある『ホワイトビーチ』だ。


「ここ、ホワイトビーチっていう観光地。見ての通り、観光客専用のビーチね。あっちに柵があるのわかる?」


 ルッカが指差した先には、どこかトロピカルなデザインの柵があり、向こうの海と敷地内に行けないようになっている……なんだあれ?


「あれ、貴族専用のビーチ。さらに向こうには王族専用のプライベートビーチもあるから。貴族はともかく、王族のプライベートビーチに入ったら水麗騎士と海麗騎士に拘束されるから気を付けてね」

「こ、怖いですね……」

「ま、ふつーは行かないから平気。じゃあエルサだっけ? 着替えに行こっか」

「は、はい……つ、ついにですね」

「何が? 兄さん、レクスの方はお願いね」

「おお、任せておけ。ついでに場所も取っておく」


 エルサとルッカは更衣室へ。

 二人がいなくなり、俺はマルセイさんと男子更衣室へ向かう。

 服を脱いでハーフパンツの水着に着替える。大事な物などは専用のロッカーがあり、アイテムボックスなどそこに入れて専用のカギをかけた。

 俺は武器などは指輪のアイテムボックスに入れ、指にはめておく。

 すると、すでにブーメランパンツに着替えていたマルセイさんが言う。


「ほう、レクス。かなり鍛えているな」

「それはどうも。ってかマルセイさん……なんでルッカに説明してなかったんですか?」

「いやあ……いきなり『知り合いの冒険者に泳ぎを教えてくれ』なんて言っても、絶対に嫌がられるからな。だから散歩に連れ出し、お前たち二人を紹介してから伝えたんだ。実際にお前たちを見れば、冒険者で泳ぎを教えて欲しいって言っても怪しまれないだろ?」

「そう、なのかな……」

「ははは。実際にそうだったしな」


 まあ、断られはしなかった。

 それに、なんというか……ちょっと興味を持ったような目をしていた気がする。


「……ルッカはな、冒険者に憧れているんだ」

「え?」

「引退した冒険者が書いた冒険譚を読んだり、うちの警備をしている元冒険者の女性に話を聞いたりしてる。だがあいつは魔法もからっきしでなあ……冒険者には向いていない」

「そうなんだ……」

「だから、歳の近いお前たちと友達になって、お前たちの冒険を聞かせてやれたら、って思ってな」

「…………」


 それはいいアイデア!! って、なるのかな。

 冒険を聞いて喜ぶ場合もあるけど、「同い年のあたしは冒険にも出れない……羨ましい!!」にもなる。

 考えすぎかな……そういや俺、兄上に「お前はいちいち考えすぎだ」って言われたこともある。


「泳ぎを教わって打ち解けたら、お前たちの冒険を聞かせてやってくれ」

「……わかりました」

「ああそれと、さっきルッカが言った向こうの貴族専用エリアと王族エリアだが、間違っても行くなよ」


 マルセイさんは、真剣な声で言った。


「リューグベルン帝国からバカンスで来た『六滅竜』のお嬢様が、王族専用エリアで過ごしているからな。間違ってでも肌を見るようなことするなよ? 殺されるぞ」

「ぶっ……」


 今朝食べた肉を吐き戻すかと思った。

 嘘だろ……少し先の王族エリアで、リーンベルがバカンスかよ!?

 ってか、適当に言ったのにマジでバカンスだった……ぜ、絶対に会わないようにしなければ。

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