凶水獣アパオシャ
水属性の人型形態となったムサシは、水中特化なのか翼の形状が普通とは違う。
まるで、翼にジェットエンジンのような丸い筒がくっついており、そこから水が噴射され速度を上げている。
かなりの速度で海底に向かうと……いた!!
「あれだ!! 水棲亜人の騎士たちと戦って……って、なんだありゃ」
水棲亜人の騎士、『水麗騎士団』だったか。
そいつが相手をしているのは……なんとも気色の悪い『クラゲのバケモノ』だった。
まずその大きさ。全長二十メートル以上、触手の数は三十以上ある。
触手は透き通っているが、身体がナマモノっぽいような、ゼラチンみたいな材質で、どぎついオレンジやピンク色をしている。
そして見えた。触手の一本にエルサが絡まっており、触手を切断しようともがいている。身体が薄っすらと発光していることから、何らかの魔法で身体を保護しているようだ。
そして当たり前のことだが……俺とムサシは明らかに『異物』だ。
「は!? な、何だ貴様!!」
「えっと、その……まあ、助太刀です!!」
「はあ!?」
下半身が魚で手に槍を持つ水麗騎士が、俺とムサシを見て仰天。
助太刀って……我ながらめちゃくちゃ言ってるよ。
「──レクス!?」
「エルサ、今助ける!!」
「おい待てお前!! 一体何なんだ!!」
「通りすがりの観光客!! で、あの子の仲間!! あの子が触手に捕まったから助けに来た!! とりあえず、それで納得して!!」
「できるか!!」
水麗騎士のおっさんがツッコむ。ってか他に何て言えばいいんだ。
俺は双剣を抜き、目の前にいるクラゲの怪物を見る。
「騎士のおじさん、あれなんですか!?」
「……ああもう、獣魔ともども、あとでしっかり説明してもらうからな!! 水麗騎士、こいつは敵じゃない、警戒解除!!」
今更だが、敵として認識されていたようだ。
下半身が魚で人魚みたいな水麗騎士のおっさんは俺に言う。
「オレは水麗騎士第四中隊隊長マルセイ。お前は!!」
「観光客レクス、あっちはエルサ!! 遊覧船の旅を満喫してたら引きずり込まれた!!」
「わかった。いいかよく聞け、あいつは『凶水獣アパオシャ』……ハルワタート海域に住む最大の危険魔獣だ。最悪なことに、今回の遊覧船が狙われちまった」
「アパオシャ……で、どうやって倒すの?」
「倒せん!! 奴は身体が砕けても無限に再生する。あの子を救うには触手を何とかするしかない!!」
「了解!! じゃあ、ここは俺とムサシにやらせてもらう!!」
「お、おいお前!! 竜滅士……ではないな? 竜滅士のドラゴンは水中に適応できないはずだ」
「質問はあとで!! あと俺、竜滅士じゃないから!! 行くぞムサシ!!」
「ああもう!! 水麗騎士、アパオシャを包囲!! レクスの援護に回る!!」
意外なことに、水麗騎士は俺たちの援護をしてくれるようだ。
水麗騎士のマルセイさん、自分たちで動くより俺とムサシにやらせた方がいいと判断したのかな。
俺はムサシの背に掴まり言う。
「ムサシ、触手に気を付けろ。狙いはエルサ……エルサを助けたら離脱する。できるな?」
『ぐるる!!』
ムサシは槍を両手に持ち、翼にくっついているジェットエンジンみたいな部分に魔力を込める……もちろん、魔力は俺から引っ張っているので、かなりダルくなってくる。
そして、ムサシのジェットエンジンが水を噴き、超高速でアパオシャに接近。
ムサシが槍を一閃すると、かなりの数の触手が両断。
俺はムサシから飛び、エルサを掴んでいる触手を切断し、エルサを抱きしめる。
「ムサシ!!」
『がううううっ!!』
再びムサシがジェット噴射し、俺とエルサを回収して距離を取った。
「マルセイさん!!」
「ははっ、やりやがったアイツ!! 水麗騎士、触手が減った今が好機!! かかれェェェェェェェ!!」
水麗騎士たちがアパオシャに殺到。
斬り、突きを繰り返す。
アパオシャは触手がない状態なので攻撃できず、水麗騎士たちの攻撃で引き裂かれ……バラバラになった肉片が海に溶け、最終的には消滅した。
その様子を眺め、俺はようやく気付いた。
「あ、あの……レクス」
「え、あ」
エルサをきつく抱きしめていたことに。
思わず勢いよく放すと、エルサは顔を真っ赤にしていた……待てマテ、ラブコメは望んでいない!!
「す、すまん!!」
「あの!! 謝らないでください、お礼を言うのはわたしで……」
「あ、ああ……よかった、無事で」
「はい。レクス、ムサシくん……ありがとう」
『がうう』
ムサシは人型形態のまま、エルサに顔を寄せる。
エルサはその顔を撫で……なんとムサシの頬にキスをした。
「あ、えっとエルサ……呼吸できるんだな」
「はい。海に引き込まれる直前で、水中呼吸の魔法を使ったので」
「あの一瞬でその判断……すごいな」
「えへへ……あれ? レクスは?」
「俺はムサシの力。たぶん竜魔法だと思う」
『ぐるるる』
「ムサシくん、青色……水属性なんですね」
「ああ。やっぱり、形態だけじゃなくて属性も切り替えられた」
「こほん!! あー……話を遮ってスマンが、少しいいかな?」
と、水麗騎士マルセイさんが俺たちの元へ。
マルセイさんはムサシをチラッと見て俺に言う。
「戦闘の協力に感謝……と言いたいが、なんと言えばいいのかな。まさか、獣魔を連れた人間が遊覧船から飛び込み、水麗騎士の敵であるアパオシャとの戦いに乱入するとは……オレも長く水麗騎士をやっているが、前代未聞だな」
「う……」
おいおい、こういうのってどうなるんだ?
犯罪……いや、どうなのかな。職務妨害ってことになるのか?
「お嬢さん、怪我はないかな?」
「はい。ちょっと触手で絞められたけど、怪我はありません」
「それはよかった。海の安全を守ることが水麗騎士の使命だからね。まあ、守り救ったのは彼だがね。さて……レクスだったな」
「は、はい」
「──戦闘の協力感謝する。遊覧船まで送ろう」
「……え、それだけ?」
「観光客なのだろう? それとも、水麗騎士の戦闘補助の功績でハルワタート本国に報告し、国王陛下直々に勲章でも授与された方がいいか?」
「遠慮します!!」
「ふ……なら今は、感謝の言葉だけでよかろう。それと、これを持っていけ」
マルセイさんは、首にかけていたサファイアみたいな宝石のついた首飾りを俺に。
「マルセリオス公爵家の証だ。それがあれば、マルセリオス公爵家の後ろ盾を得るのと同じことになる。観光目的ならメルティジェミニと水中都市アルメニアに行くのだろう? きっと役に立つだろう」
「あ、ありがとうございます……って、マルセイさんって公爵?」
「違う。オレはマルセリオス公爵家の三男だ。それにしても……」
『ぐる?』
マルセイさんはムサシを見る。
「素晴らしい力を持つ獣魔だな。ドラゴン……いや、ハルワタート本国にいる竜滅士ではないし、そもそも竜滅士が旅をするわけがないか」
「は、ははは……まあ、そうですね」
「さて、そろそろ遊覧船まで送る。勇敢なる観光客レクス、機会があればまた会おう」
マルセイさんは騎士の一礼をし、部下の水麗騎士に俺たちを海上まで送らせた。
目立ちたくないので、船の底にある水麗騎士専用の出入口から船に戻った。
びしょ濡れだったので部屋まで戻り、着替えをしてエルサの部屋へ集合する。
「子供は無事に両親のところに戻したから安心してくれ」
「はい……よかったです」
「それと……エルサが無事で本当によかった」
「レクス……」
エルサはポロポロと涙を流す……う、こういうの苦手なんだ。
「不思議と、レクスとムサシくんが助けに来てくれるような気がして……本当に助けてもらいました」
「ははは……けっこう破れかぶれだったけどな。ムサシが変身したおかげだ」
ムサシは手乗りサイズに戻り、今は俺の右手で休んでいる。
なんとなくフワフワした雰囲気になったので、俺は手をパンと叩き、アイテムボックスからネックレスを出した。
「あー、マルセイさんからもらったネックレス、マルセリオス公爵家とかいう名家のやつらしいな。いやー、マルセイさんが気のいい水棲亜人で助かったよ。観光客レクスって名乗ったから、余計な束縛とかで時間取られるの嫌だって気付いてくれたし。勲章とかお金より、『いち冒険者として手助けしてくれた』ってことにしてくれたのが一番ありがたい」
「ふふ、そうですね」
「さて!! 気分を変えて、メシでも食いに……ああ、その前に風呂でも入ったらどうだ? ずぶ濡れだったし、熱い湯に浸かりたいだろ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「うん。飯はその後だな。俺も部屋に戻るよ」
立ち上がり、部屋のドアノブを掴んだ時だった。
「レクス」
「ん、なん──」
チュッ……と、頬にキスをされた。
「お、お風呂行きますね。また後で!!」
「…………ああはい」
俺は部屋を出て、真向かいにある自分の部屋に入り……そのまま頬を押さえ、ベッドにダイブした。
「俺、そういうラブコメキャラじゃないんだけどなぁ~……!!」
でも、なんとなく嬉しい俺なのであった……うん、柔らかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます