いざ遊覧船へ

 エルサと港町テーゼレをたっぷり満喫。

 網焼きの海鮮を食べたり、潮汁を飲んだり、野営用に乾物を買ったり、魚の骨で作ったお守りを買った。

 冒険者ギルドもちょっと覗いてみた。意外なことにここには水棲亜人さんたちが多く、依頼掲示板には『海中専用板』なるものがあり驚いた。

 水棲亜人専用の依頼掲示板、そして冒険者……風車の国じゃありえない光景だ。

  

 そして夕方近くになり、晩ごはん……もちろん海鮮。

 エルサが気にしていた海鮮鍋の店へ。

 俺は普通の海鮮鍋、エルサはやっぱり激辛鍋を注文……超うまかった。

 そのまま酒でも……って流れに普通はなるんだろうけど、明日の出発は早朝だし、買ったばかりの『目覚まし魔道具』もセットしなくちゃいけない。

 なので、そのまま宿へ。

 部屋の前で別れると、ムサシはエルサと一緒に部屋へ……今更だけど、ムサシって寝る時、俺よりエルサと一緒に寝たがるんだよな。まあいいけど。


 そんな感じで、港町テーゼレを目一杯観光したのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 目覚まし魔道具がジリジリ鳴り出し仰天……思った以上の轟音で飛び起きてしまった。

 俺は慌ててスイッチを押して止める。


「び、びっくりした……これ心臓に悪いな」


 すると、隣でも轟音。エルサも起きたようだ。

 俺は顔を洗い、軽くストレッチをして身体をほぐし着替えをする。

 武器は昨日手入れされて戻って来たし、物資も万全。

 冒険者カードも道具屋で買ったカードケースに入れれあるし、準備完了。

 部屋の外に出てエルサを待つと、こっちも準備万全だ。


「お、おはようございます……目覚まし魔道具、すごかったですね」

「ああ。これ、ボリューム変えたいけど……できるかな」

『きゅいいっ!!』

 

 と、ムサシが俺の胸に飛び込んできたので掌に載せる。


「お前もよく寝たか?」

『きゅい』


 うん、と頷く。

 そして、腹が減ったのか俺の紋章に飛び込んだ。魔力が減る感じ……朝飯だな。


「じゃあ、朝飯食って船に乗るか」

「はい」


 宿屋には事前に言ったので、早朝にもかかわらずちゃんと朝食が用意されていた。

 今日の朝食は焼いた魚に米、そして貝のスープ。

 やっぱり海沿いの町にある海鮮は絶品だ。

 朝食を食べ、チェックアウトして遊覧船乗り場へ。まだ早朝の六時なのに、町はすでに人でいっぱいだ。

 

「人、すごいですね」

「冒険者も多い。朝のラッシュを終えて、これから依頼みたいだな」

「そういえばわたしたち、依頼受けてませんね……」

「ハルワタート王国で受けるか。ダンジョンもあるし、冒険できそうだぞ」

「はい。えへへ……世界を楽しむ旅なのに、なんだか忙しいです」

「確かに。でも、全然嫌な忙しさじゃないよな」


 談笑しつつ遊覧船乗り場へ到着。

 受付で言われた通り、乗り場には魔道具が置かれ、そこに冒険者カードをタッチするだけですんなり乗船手続きが完了……魔道具ってすごいな。探せばパソコンみたいな道具もあったりして。

 さっそく乗船。案内に従って『彼方』と『永久』の部屋へ。

 俺とエルサの部屋は真向かいにあったので行き来が便利だ。

 部屋に入ると、かなり広かった。


「おお、すっげえ」


 広さは六畳ほど。椅子にテーブルにベッド、シャワールームもトイレもある。

 それに、窓が大きく外の景色がよく見えた。

 部屋を出てエルサの部屋のドアをノックし中に入れてもらうと……。


「おお!! こっちのがすごいな、倍の広さはあるぞ」


 『永久』の部屋は十二畳はある。

 ベッドも大きいし、シャワールームだけじゃなく浴槽も付いている。

 窓も大きく、外の景色がよく見える。


「立派ですね。あのレクス、本当にわたしがこっちでいいんですか?」

「いいって。俺、広すぎると落ち着かないし、それにムサシはお前と寝るし、ベッドも大きい方がいいだろ?」

『きゅい!!』


 ムサシも「そうだそうだ」と頷き、エルサの頭にポンと乗った。

 それから三十分ほどすると、遊覧船が動き出した。


『本日はハルワタート王国行き遊覧船をご利用いただきありがとうございます。船長のボンバッドです』

「おお。船内放送……こういうのってどこでもあるんだな」


 船長の声が聞こえてくる。いいね、船旅って感じ。


『航海時間は一日半を予定。それまで、船内と海の景色をご堪能下さい』


 放送が終わった。

 窓から外を見ると、船がゆっくり動いているのがわかる。


「レクス、外に出ませんか?」

「いいね、潮風を浴びよう」


 船内を突っ切り外へ……売店とかあったけど、まずは外を楽しむのが先だ。

 

「わぁ~……」


 エルサは髪を押さえ、手すりに触れて海を眺めていた。

 なんだか似合うな……映画とかでありそうなシーンだ。


『ワン、ワンワン!!』

「え?」

『ワォーン!!』


 いきなり犬の鳴き声がした……周囲を見渡すと、茶色い鳥が遊覧船と並走している。

 周りを見ると、観光客がエサを与えていた。


「あ、これウミイヌですね。犬みたいな鳴き声をする海の鳥みたいです」

「ウミイヌ……猫じゃないんだ」

「ねこ?」


 まあ、異世界だしな。

 餌……そういえば、保存食で買った魚の切り身があったな。

 アイテムボックスから出して手すりの向こうに差し出すと、ウミイヌが食らいついた。


『ガルルルルル!!』

「………」


 はっきり言って可愛くない。

 ってか、鳥が犬歯剥き出しで餌に食らいつくのってどうなんだ?

 

『きゅい~っ!!』

「ああ悪い悪い。お前にもやるよ」


 ムサシがウミイヌにエサをやってるのを見て嫉妬したのか、俺の指を甘噛みする。

 魔力がエサなので基本的に必要ないが、ドラゴンも飲食できる。

 魚の切り身を食べさせると、美味しそうに食べ始めた……うん、こっちのが可愛いわ。


「わぁ……海、綺麗ですね」


 エルサはウミイヌより、海に見惚れていた。

 確かに、海はきれいだった。

 青い海。桃色に輝く水草や、キラキラと透き通った水色のデカいシャコ貝が見える。小さな魚群や、でっかいエイみたいな魚も泳いでおり、船から見ただけで綺麗だとわかった。


「海に潜るのが楽しみになるな……ん?」


 そして気付いた。

 船に並走して、水棲亜人たちが泳いでいる。

 エルサは、どこで手に入れたのか遊覧船のパンフレットを読んでいた。


「船の護衛みたいですね。水麗騎士団が遊覧船の護衛をしているので、海の魔獣が出ても安全みたいです」

「海の魔獣……どんなのかな。デカいイカやタコとか? サメとかもあり得るな」

「海中では水棲亜人さんに適う種族は存在しないそうです。海の中限定だと、竜滅士ですら太刀打ちできないって……」

「パンフレットに書かれるくらいだし、竜滅士が認めたんだろうな」


 まあ、水属性のドラゴンなら……どうなのかな。

 しばし海を眺め、それから船内を散策することにした。

 売店にはいろんな食べ物があり、船内食堂では自由に食事や休憩が可能、図書室や遊技場もあり、これなら一日退屈せずに遊べそうだ。

 一通り見て回り、再び看板デッキに戻ってきた。


「いやあ、すっごい船だな」

「はい。遊び放題です!!」


 本当に楽しい。

 遊覧船の旅……そして、これから向かうハルワタート王国。

 歓楽領地ササン、水中都市アルメニア、ハルワタート本国に水棲領地メルティジェミニ。

 楽しみがいっぱい、ワクワクが止まらない。

 と、笑顔でエルサと話していた時だった。

 唐突に、遊覧船が揺れた。


「うわっ!?」

「きゃあっ!?」

『きゅい~っ!?』


 びっくりした。

 一瞬の地震みたいな揺れ方だった。


「な、なんだ……?」

「びっくりしました……って、え」

「ん? どした」

「……あ、あれ」


 エルサが指差した方は海。

 そちらを向くと……海面から、妙な『触手』が飛び出していた。


「……な、なんだあれ?」

『緊急放送です。乗客の皆さんは、ただちに船内へ。魔獣の襲撃です。急ぎ船内へ!!』


 魔獣の襲撃。

 俺とエルサは顔を見合わせ、急ぎ船内へ行こうとした時だった。

 周りにいた観光客たちが船内に戻る中、エルサが気付く。


「うええええん、ママぁぁぁ」

「レクス、子供が!!」


 エルサが戻り、子供の手を掴んで走り出した──その時だった。

 海から出ていた触手が、エルサと子供に向かって伸びる。

 エルサは子供を押し、言った。


「子供を──」


 触手に捕まり、エルサは一瞬で海に引きずり込まれた。


「──エルサ!!」


 俺は子供を近くの人に任せ手すりへ。

 すでにエルサは見えない。水の波紋だけが残っていた。

 すると、ムサシが俺の耳を強く噛む。


『きゅい~っ!!』

「……わかってる」


 俺は双剣を抜き、手すりを飛び越えた。


「エルサ、今助ける!!」


 右手の紋章が熱くなる。

 ムサシが俺の決意に答えるよう、姿を変える。

 海水に飛び込み、目を開けると……俺の隣にいたのは頼れる相棒。


『ギュオオオン!!』


 『人型形態』となったムサシ……だが、身体の色が青くなっていた。

 右手の紋章。風のマークではなく、水のマークが青く輝いている。

 水属性の形態……名付けて『ムサシ・水属性態アニマスタイル』だ。

 風属性の人型と違い、身体の各部分が丸っこくなり、サファイアみたいなツノも生えている。そして、鱗を変形させ槍を作ると、俺を自分の背中に掴まるように鳴く。

 ムサシに触れると、俺の身体が水の膜で包まれた。


「……喋れる。これ、お前の?」

『ぎゅるる』

「竜魔法かな……よし、これなら行ける!! ムサシ、エルサを探す!! 時間は少ないぞ!!」

『ぎゅるるる!!』


 俺とムサシは、エルサが消えた海底に向かうのだった。

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