穏やかな風、風車と共に

 サルワ討伐から二日後。

 俺とエルサは宿屋の一階で、のんびり朝食を食べていた。

 俺の手にある新聞には『サルワ討伐。冒険者と騎士の協力による功績』とあった。騎士団と冒険者が力を合わせて戦ったことに違いはないので、これでいい。

 エルサは紅茶を飲み、カップを静かに置きながら言う。


「レクス。本当によかったですか?」

「ん、何が?」

「いえ。王城での勲章式……」

「いやめんどくさいし。それに、いち冒険者として戦った報酬も入ったし、それで十分。これからも旅をするのに、余計な荷物背負いたくないしな」


 俺は、サルワ討伐の功労者ということで国王陛下から勲章を……なんて話もあったが拒否。いち冒険者として戦った報酬だけもらい、あとは全部お任せした。

 余計に目立って、これから来るリューグベルン帝国の竜滅士とかに気付かれたくないしな。まあ、俺はもうドラグネイズ公爵家から除名してるけど。


「とりあえず、今日は一日ゆっくりして、明日には出発するか」

「そうですね。ふふ、天気もいいですし、観光日和です」


 鉄格子は外され、窓は開いている。

 気持ちのいい風が部屋に入り、なんとも心地よい。

 これが本来の、クシャスラの風なんだな……起きたばかりなのに眠くなる。


「気持ちいい風ですね……」

「ああ。クシャスラの風……」


 窓際に小さな風車のおもちゃがあり、羽がクルクル回っていた。

 いいなあれ……お土産で売ってたら買おうかな。

 と、ここで宿屋のドアが開き、リリカが入ってきた。


「おはよーっ!! 二人とも、お出かけ準備できた? 今日は一日、私がガイドしちゃうからねっ!!」


 騎士団から派遣されたリリカ。今日は『観光案内』のために来てくれた。

 サビューレ団長が気を利かせたらしいな。今回ばかりは察してくれたようだ。


「よし、じゃあリリカ、案内よろしくな」

「うん!! ささ、行こ行こ」


 リリカに手を引かれ、俺とエルサはクシャスラ王国の城下町を楽しむのだった。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 さて、サルワ討伐後のことついて説明しておく。


 まず、サルワの死骸は騎士団が預かることになった。

 リューグベルン帝国から派遣される竜滅士に討伐したことを説明しないといけないしな。

 表向きは『騎士団、冒険者が協力して倒した』ってことにしてくれるらしい。俺とエルサも冒険者だし、協力して倒したことに違いない。

 片目がない状態だが……戦闘中に潰れたってことにした。

 まさか、ムサシが食ったとはいえない。しかも魔竜の眼はリューグベルン帝国の至宝だし……そのことは内緒なので、目がつぶれたとしても文句は言えない。

 というか、おっせぇ支援のくせに、間に合ってないくせに文句言うなって感じだ。

 死骸は、今も王城にあるらしい。俺のアドバイスで、氷属性の魔法師に頼んで氷漬けにしてある。


 俺とエルサは、冒険者ギルドで報酬をもらって、そのまま冒険者風の『打ち上げ』に参加した。

 城下町で一番広い酒場を貸し切り、冒険者たちで酒盛りしたのだ。

 途中、サビューレ団長と部下たちも乗り込み、隣の酒場、さらに隣の酒場を貸し切って大宴会。近所の住人まで参加して、まるでお祭りみたいな飲み会になった。

 ちなみにサルワとの戦いで怪我人も出たが、みんなエルサに治療されて飲み会に参加した。驚いたことに死者はゼロだったそうだ。


 ムサシは、手乗りサイズに戻ったあとはずっと寝ていた。

 初めての進化で疲れているのか、丸一日寝っぱなしだ。

 魔力が減る感じがするので、回復に魔力を使っているのだろう。そのうち起きるだろうし、今はとにかくゆっくり休ませておく。


 俺の変化した紋章。

 まず、中央にある四つのマークを『形態紋章』と名付け、周囲を囲む六つのマークを『属性紋章』と名付けた。

 形態紋章は、ムサシの形態を変化させる紋章で、属性紋章はムサシの属性を変化させる紋章だ。 

 形態紋章は全て変身可能だが、属性紋章はまだ『風』だけだ。恐らく、何らかのきっかけで、他の属性にも変化できるだろうと思う。

 これ、チートだよな……可愛い手のひらサイズドラゴンだと思っていたのに。俺が転生者だからこんな仕様になったのだろうか? まあ、真相はどうでもいいや。


 そして、討伐の翌日にエルサと話し合い、あと数日でクシャスラ王国を出発することにした。

 次の目的地は、ここから東にある『水麗の国ハルワタート』だ。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 リリカにクシャスラ王国を観光案内してもらっている。

 前に観光しきれなかった場所や、復旧中の風車、風車塔で挽いた粉を使ったパンなどを食べたり、ゆっくり回る大風車を眺めている。

 俺は、リリカに聞いてみた。


「な、リューグベルン帝国からの使者ってまだ来ないのか?」

「あと数日って団長は言ってたけど、こっちから使者も送って、サルワが討伐されたことは伝えに行ったみたいだよ」


 後任の竜滅士のこともあるし、それに魔竜の眼……リューグベルン帝国の至宝もあるから来ることは来るだろうな。恐らく、アミュアにシャルネも来るかも……うう、会いたくない。会わないけど。

 そういえばムサシ、『竜魔玉眼』をひとつ食べちゃったけど、何か変化あるとかないな。話では、食べたら『進化』するって話だけど……進化したばかりだし、適応されなかったのかな。

 まあ、考えてもわからんし……ムサシも寝てるし、別にいいか。

 大風車を眺めながら、次の目的地の話になった。


「え? 次はハルワタートに行くんだ」

「ああ。水の国だっけ」

「そうだよ。私、一度だけ行ったことあるけど、国のほとんどが海に覆われてるの。陸地と陸地の間には水路が敷かれていて、そこを船で移動するんだよ」

「わぁ~、楽しそうです」

「名産は当然、海産物だね!! おいしい海の幸がいっぱい。海鮮鍋とか最高だよ!!」

「……ごくり」


 おお、エルサの喉が鳴った。

 辛いの好きっぽいけど、もしかしたら鍋好きなのかも。

 でも、海産は俺も好きだな……前世ではそう何度も食えなかったけど。切り身とかより貝類のが身体にいいとかで、貝類ばかり食べてたっけ。


「あと……ふふふ、レクスには朗報かな? あそこリゾートもあるから、水着の用意した方がいいね」

「水着。泳げるのか?」

「うん。リゾート専門の水魔法師がいて、水中で呼吸できるように魔法をかけてくれるんだって」

「ほほう……」

「……レクス。水着が好きなんですね。それと、水中呼吸魔法ならわたしも使えますー」


 な、なんかエルサが怖い。

 そして、おずおずと聞く。


「その……水着、着ますか?」

「いやまあ、泳げるなら着なきゃ……だけど。その、エルサは泳げないのか?」

「……お、泳げないですけど。でもまあ、泳いでみたいといいますか」

「じゃあ泳ごう」

「……はい」

「なにこのやり取り……私、邪魔?」


 なんかリリカが呆れていた。

 とにかく、次は水の国……水着かあ。ちょっとワクワクしてる。


「さーて、まだまだ観光地はいっぱいあるよ。今日は楽しんでもらうんだから!!」


 この日、夜までリリカに町を案内してもらい、クシャスラ王国最後の日を楽しむのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 俺とエルサ、そしてようやく起きたムサシを肩に載せ、正門前にいた。

 いよいよ水の国ハルワタートへ出発だ。

 見送りはリリカ、そしてサビューレ団長にグレイズさん。さらにエラソンさんだ。

 俺はやや苦笑する。


「いやあ、皆さん忙しいのに、わざわざ見送りなんて……」

「ふ。英雄を送り出すのには少し足りないがな」


 サビューレ団長は笑い、手を差し出す。


「私たちクシャスラ騎士団は、きみたちの活躍を忘れない。本当に、感謝する」


 俺は差し出された手を握り、エルサも、ついでにムサシも握手した。


「今度は、ただの旅行で立ち寄ってくれ。オレが美味い飯屋に連れてってやる」

「ありがとうございます。グレイズさん」

「おいグレイズ。アタシのが先だ。二人とも、何かあったら声かけな。アタシにできることなら何でもやってやるよ」

「ありがとうございます、エラソンさん」


 エルサがペコっと頭を下げる。

 サビューレ団長が言った。


「リューグベルン帝国の竜滅士には上手く言っておく。きみたちはあくまで冒険者として手を貸した。ドラグネイズ公爵家でも、貴族の娘でもなく、ただの冒険者として……だな」

「それでお願いします。あの……口を滑らせないでくださいね」

「む、きみまでそんなことを言うのか。まあ……気を付けるが」

「はっはっは。サビューレ、言われているな」

「う、うるさい……全くもう」


 みんなが笑い、サビューレ団長が赤くなりそっぽ向いてしまった。

 どこまで誤魔化せるかわからないが、それで頼む。

 ムサシの覚醒と合わせ、余計な情報は出さないと約束してくれた。

 そしてリリカ。


「二人とも、また来てね。絶対、また来てね!!」

「ああ、約束する」

「リリカさん。リリカさんの町案内、とっても楽しかったです」

『きゅるる~』

「うん!! えへへ……なんか、ちょっと泣きそうかも」


 リリカは目元を拭う。ああ……なんか俺もウルっときそう。

 でも、リリカは笑顔で言った。


「でも泣かない!! 泣いたら次に会った時に恥ずかしいし、笑顔でお別れする!! レクス、エルサ、そしてムサシ!! また遊ぼうね!!」

「ああ、また必ず!!」

「また今度、楽しみにしてますね!!」

『きゅいいー!!』


 俺とエルサとムサシは、みんなに別れを告げて旅立った。

 みんなが見えなくなるまで手を振る。

 見えなくなっても、大風車はよく見えた。


「エルサ、あれ……大風車」

「わあ……今日もよく回っていますね」

「ああ。風車の国クシャスラ……いい国だ」

「はい。また来ましょうね、絶対に」


 俺とエルサ、そしてムサシ。

 互いに追放され、意気投合して一緒に旅を始めた。

 風車の国クシャスラ。ここではいろんな風車を眺めたり、冒険者として依頼を受けたり……ゲーム序盤のチュートリアルみたいなことがいくつもあった。

 風魔竜サルワとの戦い、ムサシの覚醒……いろいろあったが、こうして別の国に向かって旅立っている。


「次は水の国かあ……えーと、このまま西に進んで、港町テーゼレってところに行けばいいのか」

「オスクール街道では一本道ですけど、地図には観光地である大滝や、景色のいいところがあるみたいです」

「じゃ、今日はオスクール街道にある宿まで歩いて、観光地をチェックするルート探すか」

「はい。ふふ……なんだか新しい冒険って感じがして、楽しいです」

「だな。まあ、のんびり行くか」

『きゅい~!!』


 ムサシが俺の肩から飛び、俺とエルサの周りをクルクル飛んだ。

 なんだかとっても楽しそうだ。まあ、俺も楽しいけどな。

 

 穏やかな風と共に、大風車がゆっくり回る。

 風と風車の国クシャスラ。きっといつか、また来よう。

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