風魔竜サルワ④

 俺は銃を、リリカは弓矢を上空へ向ける。

 サルワは上空五十メートルほどで滞空し、こちらに顔を向けている。大きく口を開いている姿が確認……間違いない、もう一度ブレスを吐こうとしている。

 俺は、サビューレ団長とエラソンさんに言う。


「もう一度ブレスが来ます!! 守るか、逃げてください!!」

「騎士団、盾構えー!!」

「野郎ども、散れ!!」


 的確な判断だ。

 騎士団たちは固まって盾を構えてしゃがみ、冒険者たちは一斉に散らばる。

 俺は上空に向けて銃を連射するが……ダメだ。


「クソ、狙撃銃でもないと届かない……!!」


 辛うじて弾丸は届くが、威力が途中で落ちてしまう。

 命中するが、投石するのと変わりない。

 そして、今気付いた。


「あれ──……ムサシ!?」

『きゅああああ!!』

「ま、待て、無茶すんな!!」


 なんとムサシ、上空まで一気に飛び、サルワの真正面へ。

 そして、口から火球を吐き出しながらサルワを威嚇していた。


『……ナンダ、オマ、え』

『きゅああああ!!』


 ボッと火球を吐き出すムサシ。

 火球はサッカーボールくらいの大きさで、二十五メートルプールを寝床にできそうな大きさのサルワに命中するが、案の定ダメージがない。

 だが、ムサシに注意が向き、サルワはブレスをムサシに向かって吐き出した。


『ゴァァァァ!!』

『きゅっ……!?』

「逃げろ!!」


 ムサシは全力で回避……風属性のブレスは上空へ。

 ムサシは急降下し、俺の頭にダイブした。


『きゅるる』

「よくやった!! と言いたいが……無茶しすぎだ!!」

『きゅぅぅ』


 褒めて、叱る。

 ムサシじゃ、あのブレスを受けたら骨も残らないだろう。ムサシが消滅すると俺も死ぬ。

 でも……少しはチャンスができた。


「サビューレ団長、エラソンさん!! 多分、もう何度もあのブレスは撃てないと思います!! ドラゴンのブレスは魔力を消費して吐き出される。あれだけの威力……普通に考えたら、そう何発も撃てないはず!!」


 ブレスを空撃ちさせたのはかなりありがたい。

 人間たちじゃなく、目の前を飛ぶ邪魔なムサシに照準を合わせた……どっちが邪魔になるか、この先邪魔になるかを考えない程度には進化もしていない。

 言葉も発することができるが、そこまで頭もよくない。

 まだ倒せる。今ならいける!!

 すると、サルワは急降下。地面にダイブして巨大なクレーターを作り、衝撃波で周囲にいた冒険者、騎士団を吹っ飛ばした。


『グォアアァァァァァァァァァァァァァ!!』

「くっ……恐ろしい圧力だな!!」

「ああ、これからが本番だ。サビューレ、気を抜くな」


 サビューレ団長、エラソンさんが武器を構える。

 今の衝撃波で、かなりの数の仲間が吹っ飛ばされ傷ついてしまった。もう、まともに動けるのは団長とエラソンさん、騎士と冒険者が数名、俺とリリカだ。

 後方では、エルサが魔法で傷ついた仲間を回復している。

 俺は双剣を抜き、前に出た。


「サビューレ団長、エラソンさん。狙うは心臓です」


 近くで見て思った。

 サルワ。ほんの一日しか経過していないのに、肥大化が進んでいる。

 身体には中途半端な甲殻、歪に変形している翼、足がやけに太く腕が異様に長い。顔には髭みたいに毛が生えており、ツノもねじくれて伸びていた。

 『甲殻種』、『羽翼種』、『陸走種』、『人型種』の特徴が中途半端に出ている。急激な進化の最中……このまま進化すれば自滅するだろうが、その間にクシャスラ王国は壊滅する。

 こいつは、ここで倒さないといけない。


「ドラゴンの心臓は胸。そこを潰せば……」

「あれの懐に潜り込むのか……エラソン、お前が適任だな」

「そうだな。サビューレ、隙を作れ」


 エラソンさんは、持っていた槌の先端を外し、槍に変形させる。


「騎士、そして冒険者たち!! これよりエラソンがヤツの急所を突く!! 全員で援護をするぞ!!」


 それぞれが武器を持つ。

 エルサに回復してもらった騎士や冒険者も少し合流……エルサも合流した。


「エルサ、怪我人は」

「すみません。魔力がほぼ尽きて……残りは、レクス用に」

「ありがとな。よし、じゃあ一緒に行くか」

「はい!!」

「ムサシ、行けるか?」

『きゅるるる!!』


 気合を入れると、サルワが翼を広げ、負けじと気合いを入れるように咆哮する。


『グォアアァァァァァァァァァァァァァ!!』


 その圧力、とんでもない。

 空気がビリビリ震え、魔雲が周囲に形成され、さらに暴風も巻き起こる。

 俺は思わず苦笑する。


「実家を追放されて、気ままな旅をしようとしたのに……なーんでこんな、命賭けて戦ってるんだろうな。まるで異世界転生の主人公じゃないか」


 都合のいいチート、露骨なハーレム、楽して大金を得る主人公みたいにはなりたくないけど……今だけは、そんな都合のいいチートでサルワを倒したい……そんな風に思ってしまうのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 サルワは魔雲を形成、雲が形状を変えるとミニ台風みたいになり旋回を始めた。

 おいおい、ゲームのボス戦じゃあるまいし、特殊攻撃なんかしやがって。


『グォロロロロ!!』


 ズズン、ズズンとサルワは四つん這いで近づいてくる。

 全長二十メートル以上の怪物が近づいて来るのはかなり恐怖だ。


「弓!!」


 サビューレ団長が叫ぶと、数名の弓士たちが一斉に矢を番えて向ける。

 冒険者たちも同じように構えると、一斉に矢が飛ぶ。

 俺も負けじと拳銃を両手に持ち連射。この距離なら命中する。


『グァァァオオオオオオ!!』


 だが、サルワが両腕を交差させて防御。矢は刺さらないが、銃弾は腕に食い込んで血が出た。


「銃か、久しぶりに見たがいい威力だ」

「骨董品ですけどね」


 エラソンさんとそれだけやり取りする。

 すると、サルワが威嚇の咆哮をして──俺たちの周囲に魔雲、いや『魔竜巻』を形成した。


「なっ……しまっ」


 暴風が一気に俺たちを包み込む。

 立っていられないほどの強風で、俺の身体が浮き上がった。


「うぉぁぁぁぁぁっ!?」

「きゃぁぁぁぁぁっ!!」


 俺の傍にいたエルサの手を掴み、抱き寄せる。

 そして、近くの木に激突……あまりの痛みに顔をしかめた。


「っぐ……」

「れ、レクス……!? だ、大丈夫ですか!?」

「し、死ぬほど痛い……」

 

 マジでいたい。

 周りを見ると、竜巻に巻き込まれたのはほぼ全員で、みんな吹っ飛ばされ周囲の木々に激突していた。

 そして、俺の手もとに。


『きゅ……』

「む、ムサシ……!?」


 ムサシも巻き込まれたのか、ボロボロで転がっていた。

 思わず痛みを無視して掌に載せる。


「おい、大丈夫か? おい……」

『きゅう……』


 ムサシはフラフラと飛び……こちらにゆっくり向かってくるサルワに顔を向けた。

 まだ、諦めていない。

 サビューレ団長、エラソンさんは……ダメだ、吹っ飛ばされて気を失っている。

 エルサは、青い顔で俺に治療魔法をかけていた。エルサももう限界が近い。

 痛みが少し和らぎ、俺は立ち上がる。


「動けるのは……俺、だけか」

「う……」


 エルサも動けない。完全な魔力切れだ。

 俺は双剣を手に前に出た。


『グオルルルルル……グヘ、グヘヘ』


 サルワ。

 この野郎、勝利を確信したように笑いやがって。

 サルワは口を開け、魔力を注ぎ込み始めた。

 ブレス……野郎、このまま周囲一帯をブレスで薙ぎ払い、俺たちを始末するつもりだ。


「ムサシ、来い……はは、死ぬにはいい日、ってか」

『きゅあ……』


 もう、逃げるしかない。

 エルサを連れてここから逃げる。

 たぶん、エルサとムサシだけなら逃げ切れる。

 このまま隣の国に逃げて、傷を癒して冒険を再開するのもいい。

 新聞か何かで顛末を知ることになるだろう……『クシャスラ王国崩壊、竜滅士間に合わず』とか『竜滅士の活躍でサルワ討伐、しかし国の被害甚大』とか。

 雰囲気のいいカフェで新聞を読みながら、俺とエルサは『精一杯やった』とか悲しみ、冒険を続けるだろう。

 誰も俺たちを責めない。

 俺は転生者だけど、使命を帯びて転生したわけでもなければ、ハーレムを作りたいとか、都合のいいチートで産業革命起こしたり、領地を発展させたいわけじゃない。

 ただ、生きたいだけ。

 だから逃げてもいい。逃げてもいいんだ……でも。


「ちっくしょう!! ここで逃げたら……死んでるのと変わんねぇだろうが!! ずっと後悔し続ける。俺は、異世界に来ても、惨めな気持ちで生きなきゃいけないのかよ!!」


 絶叫する。

 ああそうだ。俺は主人公じゃない。こんなピンチになっても助けに来てくれる真の主人公とかも期待していない。俺以外の転生者が『あとは任せな』なんて展開、望んでいない!!

 

「死ぬにいい日なんてない。いつだって……今日を生きるしかない。そんな言葉、あったな」


 双剣を強く握りしめる。

 

「やってやる。ああ、死ぬまでやってやる。二度目の人生、ここからがハイライトだ!!」

『──……』


 サルワが口に魔力を貯め、俺たちをまとめて吹き飛ばすブレスが吐かれた。


『ゴァァァァァァァァ!!』


 深緑色の閃光。

 飲み込まれる。死ぬ……でも、マジで何とかならないかな……なーんて、な。


 ◇◇◇◇◇◇


『──……きゅあ』


 ◇◇◇◇◇◇


 次の瞬間、エメラルドグリーンの閃光が周囲を包み込んだ。

 

「……死んだのか」


 痛みはなかった。

 というか、異世界で死ぬとまた転生とか……さすがに都合良すぎかな。

 地面は堅い。服もそのままだし、双剣もしっかり握ってる。

 すごい、綺麗な光が……って。


「……えっ」

『──グルルルルル!!』


 俺の眼の前に、巨大な『何か』がいた。

 全長三メートルほど。エメラルドのような『甲殻』に覆われた何かが、巨大なエメラルドに包まれた両腕でブレスを弾いている。

 

『グォアアアアア!!』


 エメラルドグリーンの光が、サルワのブレスを両腕で弾き飛ばした。


『グル!!』

「え」


 そして、目の前にいる『何か』が、俺を見て口元を歪めた。

 まるで笑っているような……同時に、紋章が緑色に輝いた。

 俺の右手の紋章が変化していた。


「ま、まさか……」


 中央に竜の顔のような紋章が四つ刻まれ、それを囲うように六つの紋章が刻まれている。

 六つの紋章の一つがエメラルドグリーンに輝き、四つの紋章の一つが輝いていた。

 嘘だろ、これってまさか。


「──ムサシ?」

『ぐぉう!!』


 目の前にいるは間違いなく、『ムサシ』だった。

 小さな手のひらサイズだったのに、今や三メートルを超える巨体。


「ま、まさか……し、進化したのか? この土壇場で!? うそ!?」

『がるがる!! ぐぉう!!』

「うおおおおおお!! すっげぇ、ムサシすっげぇぇぇ!!」


 恐竜のような見た目で、両腕がブッとい、そして全身を包むエメラルドのような甲殻。

 間違いない、風属性の『甲殻種』……それがムサシの真の姿だ。

 サルワのブレスを両腕のエメラルドで弾いた。すごい、本当にすごい!!


「よし、ムサシ!! あいつを倒そう!!」

『ぐおおう!!』

『グルルルルル……グァァァオオオオオオ!!』


 サルワの咆哮。

 こいつのブレスを弾いたのはすごいが……『甲殻種』で倒せるのかな。

 そもそも、接近しないといけないし、頼みのサビューレ団長とエラソンさん、というかみんな気を失っている。

 このままじゃまずい。


『ぐるる……がうがう!!』

「えっ……うおっ!?」


 右手の紋章が輝く。

 中央にある四つの紋章の一つが輝いた瞬間、ムサシの身体が変化した。

 エメラルドグリーンに輝くと、俺の目の前にはエメラルドグリーンの体毛、全長三メートルほどの狼みたいなドラゴンがいた。

 え、あれ……ムサシは?


『がるるる!! がうがう!!』

「え、おま、ムサシ!? まさか、『形態フォルム』を切り替えられる!? マジで? これチートじゃん!!」


 なんとなくわかった。

 俺の右手の紋章、中央に四つ、それを囲うように六つ。

 中央の四つは『甲殻種』、『羽翼種』、『陸走種』、『人型種』を表して、その周囲を囲う六つ……たぶんこれ、『地水炎風雷氷』を表してるんだ。うっそ……え、ムサシすげえ。


『がうがう!!』

「え、跨れって……」


 ムサシ、尻尾で俺をビシビシ叩いてくる。

 もう迷わなくていい。

 俺は、落ちていたエラソンさんの槍を拾い、ムサシに跨った。


「よし。ムサシ……俺とお前で、あいつブッ倒そう!!」

『ウォォーン!!』

『ゴルァァァ……!!』


 覚醒したムサシと俺、そしてサルワの最終バトルが始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る