風魔竜サルワ③

 翌朝。

 日が昇る前に目が覚め、俺はベッドから起きて窓から外を見た。

 鉄格子の隙間から僅かな光……どうやら魔雲は消えたようだ。

 着替え、ムサシを肩に載せて部屋を出る。隣のエルサの部屋をノックする。


「レクス、おはようございます」

「おはよう……今日は起きてたな」

「そ、それを言わないでください。その……実は、あまり寝れなくて」

「実は俺も。眠りが浅くてな……でも、調子はいい」


 一階に降りると、すでに朝食のいい香りがした。

 パン、スープ、サラダと軽く食べ、店主にお礼を言って外へ出る。

 奇しくも、天気がいい……魔雲も消え、快晴だった。


「いい天気ですね……」

「ああ。昨日、サルワが襲来したとは思えない」

「また、来るんでしょうか……」

「間違いなくな。でも、そうはさせない。今日で終わりにする」

『きゅるるるる!!』


 俺の肩の上でムサシが翼をバサバサ羽ばたかせた。

 二人と一匹で向かったのは冒険者ギルド。すると、ギルド前には多くの冒険者、そして騎士が集まっており、サビューレ団長とエラソンさんが目立つ場所に立ち、何かを話していた。

 そして、数分後……サビューレ団長が言う。


「騎士、そして冒険者諸君!! これより合同での緊急依頼……『風魔竜サルワ討伐』について説明する!!」


 騎士の方はビシッと整列していたが、冒険者の方はチームごとにまとまっていた。私語も少しあったが、エラソンさんが睨みを利かせると静かになる。


「風魔竜サルワ。昨日の襲撃でかなりの魔力を消耗し、今は眠りについているはずだ。冒険者ギルドが定めた討伐レートはSS……一国の危機と言っても過言ではない」


 そして、エラソンさんにバトンタッチ。


「あー……作戦は簡単だ。騎士団の中隊長クラスと、冒険者ギルドのA級冒険者がメインとなりサルワを討伐する。残りは、サルワが従えている魔獣の相手だ。サルワはクシャスラの東にある森にいるとわかっている……全員、気を抜くなよ」


 エラソンさんは煙管を咥えて火を着ける。

 タンクトップにジャケット、ブーツに指ぬきグローブと、何だか軍人みたいな恰好をしている。

 サビューレ団長もフル装備の騎士姿だし……この二人、めちゃくちゃ強いんだろうな。


「それでは騎士団、これより出発する!!」

「冒険者たち、気合い入れな!!」


 こうして、風魔竜サルワ討伐のため、騎士と冒険者が動き出した。


 ◇◇◇◇◇◇


 移動は騎士団が手配した馬車。

 俺とエルサはリリカに呼ばれ、サビューレ団長とエラソンさんが乗っている馬車にいた……いや、何故?


「レクス、エルサ。お前たちはサルワ討伐に参加しろ。レクス、お前の知識と、エルサの回復は重要だ」


 エラソンさんに言われ、俺たちは顔を見合わせる。

 まあ、ここで拒否なんてできるわけないし、するつもりもない。

 

「わかりました。でも俺たち、F級になったばかりで戦闘経験はまだ浅いです。役には立てないかも」

「レクスはサルワを見て、気付いたことをとにかく報告してくれ。エルサは後方で怪我人の治療を頼む」

「わ、わかりました」


 すると、サビューレ団長が言う。


「ああ、当然だが、報酬は期待してくれ。今回、国王陛下が支援金をたんまり弾んでくれてな。冒険者ギルドの年間予算三年分ほどある。全て、冒険者ギルドに渡そう」

「おいサビューレ……部下の騎士たちに臨時報酬でも渡してやれ。それじゃさすがに不満が出るぞ」

「む、そうか?」


 察してよサビューレ団長……エラソンさんの言う通りだろうが。

 エラソンさんはため息を吐いた。


「すまんな、昔からこいつは察しが悪くてな……」

「む、エラソン。その言い方は何だ。そもそもお前はだな」

「うるさい。とにかく、支援金は冒険者ギルドと騎士団で折半だ」


 二人のやり取りを聞いて、エルサがクスっと笑った。


「お二人とも、仲がいいんですね」

「サビューレとは腐れ縁だ」

「フン。お前が騎士を辞めてギルドマスターになって、ようやく縁も切れたと思ったがな」


 うーん、なんか漫画みたいな関係だな。

 騎士団長と、ギルドマスター……しかも女性同士。

 酒飲み仲間とかそんな感じがする。いいなあ……なんか憧れるわ。

 すると、エラソンさんが煙管をアイテムボックスにしまい、サビューレ団長も目を閉じる。


「……そろそろだな」

「ああ。近い」

「「え」」


 馬車の窓から外を見ると……大きな森が見えた。

 そして、森の上空が黒い雲に覆われている……魔雲だ。

 

「あそこに、サルワが──」

「──チッ、来たか」


 と、サビューレ団長が言った瞬間、俺たちの前を走っていた馬車の屋根に、ウィンドワーウルフが着地……そのまま馬車を蹴り倒し、さらに別のウィンドワーウルフが馬を爪で切り裂いた。

 仰天する俺。すると一瞬で馬車から飛び出したエラソンさんが、アイテムボックスから巨大な『槌』を取り出し、回転しながら勢いをつけ、ウィンドワーウルフの頭を粉砕した。

 

「う、嘘だろ」


 パァン!! と、破裂した。

 とんでもない威力。俺がやってもああならない。

 驚いている暇はなかった。


「野郎ども、戦闘準備!! A級冒険者はアタシに続け!!」

「騎士たち、中隊長は私に続け!! ノイマン、指示は任せる!!」


 エラソンさんが走り出すと、A級冒険者たちは迷わず走り出す。

 騎士たちも、サビューレ団長の後に続いて走り出した……すごい、経験豊富な騎士や冒険者は迷いがない。

 すると、周りはすでにウィンドワーウルフに包囲されている。

 俺、エルサはようやく馬車から出たところだった。


『きゅいい!!』

「ムサシ、無理すんなよ。エルサ、行けるか」

「はい……!!」

「レクス、エルサー!!」


 と、リリカが来てくれた。


「二人とも大丈夫!?」

「ああ。リリカ、俺たちはこれから前線に行く。俺なら、サルワを観察して、何かわかるかも」

「わたしは怪我人の治療をします。リリカさん、あなたは」

「私も行く!! 持ち場離れちゃったけど……二人を守るよ!!」


 戻れ、と言う前に言われてしまった。

 前を見ると、すでにエラソンさんとサビューレ団長は小さくなっていた……かなり速く走ってる。

 

「わかった。じゃあ行くぞ、サルワをここで倒そう!!」

「はい!!」

「うん!!」

『きゅるるるる!!』


 ムサシが俺の肩から飛び、まるで先導するかのように飛び出した。


 ◇◇◇◇◇◇


 戦いは始まっている。

 幸い、森までは真っすぐの道だ。ただ街道を走るだけでいい。

 でも……周りでは、ウィンドワーウルフとの戦いが始まっていた。


『グォォ!!』

「この野郎がっ!! 援護頼む!!」

「おう!!」


 ウィンドワーウルフと冒険者たちの戦い……手を貸せないのがつらい。

 でも、この先ではもっと厳しい戦いが待っている。


「レクス、リリカさん。今のうちに『身体強化ブーストワン』を掛けておきます」


 エルサがロッドを振ると、力が漲ってきた。


「わお、すっごい……騎士団の専属魔法師でも、こんな強い強化はできないよ」


 驚くリリカ。俺は身体強化のこと知らないけど、エルサは魔法師としてかなり有能だ。今更だが……婚約破棄して追放って、よくある「ざまあ展開」がありそうだ。もしかしたら、エルサを追放した伯爵家では、エルサがいないことで何か問題が起きてたりして。

 だが、そんなこと考えている暇がなくなった。


『きゅるるるる!!』


 ムサシが叫ぶ。

 上空にある魔雲が不規則に動き、森から巨大な何かが飛び上がった瞬間だった。


「なっ……嘘だろ、サルワ!!」


 すると、下の方から魔法や矢が放たれる。

 まだ俺たちの位置は遠い。すでに戦いは始まり、サルワを上空に逃がしてしまったようだ。

 まずい……人間がドラゴンに勝てない理由の一つが、答えとして出てしまう!!


「くそ、みんな逃げろー!!」


 走りながら叫ぶ。

 だが、間に合わない。


『クハハ……グォアアァァァァァァァァァァァァァ!!』


 サルワは上空で大きく口を開けると、真下に向かって緑色のブレスを吐いた。

 その光景に、リリカが愕然とする。


「ど、ドラゴンのブレス……」

「あれが人間じゃドラゴンに勝てない理由の一つ。『羽翼種』のドラゴンは飛べる!! つまり、制空権を完全に支配してるんだ!!」


 この世界に、空を飛ぶ魔法はない。

 空を飛ぶ魔獣の多くは高い討伐レート設定されている。

 魔法攻撃、弓矢くらいしか人類の攻撃は届かない。

 

「竜滅士がチームを組む時は、必ず『形態フォルム』が被らないように組まれる。そして必ず、『羽翼種』は編成される……空を飛べるだけで、圧倒的に有利になるから」


 話ながら向かうと……サルワの真下はやはり、地獄と化していた。

 防御魔法でガードしたようだが、多くの騎士や冒険者が傷ついている。

 エラソンさん、サビューレ団長もボロボロだ。


「クソッ……飛ばれる前に決めたかったが、あの野郎」

「いいところに来た。エルサくん、魔法師と弓士の治療を優先に回復を!! まだ動ける弓士、魔法師は攻撃用意!! ブレスの動作を確認したら全力で回避!! いいか、狙うのは翼だ!!」


 的確な指示だ。

 確かに、制空権は向こうにある……でも、ブレスの射程範囲があるから、矢や魔法が届かない距離じゃない。

 俺は銃を抜き、リリカは弓を構える。


「エルサ、回復は任せた」

「はい。二人とも、気を付けて!!」

「うん。レクス、行こう!!」


 俺は頷き、肩に乗るムサシに言う。


「ムサシ、紋章に入ってろ」

『きゅああ!!』


 ムサシはブンブンと首を振った……そっか、もう逃げないって決めたもんな。


「じゃあ行くぞ!!」

『きゅるる!!』


 俺とムサシ、そしてエルサとリリカ。

 風魔竜サルワとの戦いが始まった。

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