風魔竜サルワ②

 冒険者ギルドは、これまでにないくらい賑わっていた。

 賑わっていたというか……戦場みたいな忙しさ。

 それもそのはず。なぜなら冒険者ギルドは、臨時の救護所となり怪我人の治療を進めている。

 

「ひでえな……」


 倒壊した家屋にいた人、暴風に巻き込まれた人、魔獣に襲われた人とかなりの数だ。

 治療魔法師たちが手当てをしているが、みんな疲弊しきっている。

 するとエルサが言う。


「レクス。わたし、手伝ってきます!! お手紙はお任せしますね」

「手伝うって、大丈夫なのか?」

「はい。一級魔法師ですし、それに……実はわたし、攻撃魔法より治療魔法のが得意なんです。六系統魔法で最も治療効果の高い回復魔法を使えるのは、『水』属性なんですよ?」


 エルサは微笑み、怪我人の子供の傍へ。


「うう、いたい、いたいよ……」

「大丈夫。すぐに治りますからね……『キュア』」


 ロッドから水の塊が現れ、子供の腕と足を包み込む。すると、消毒液みたいにジュワジュワと気泡がくっつき、怪我が再生するのがわかった。

 すごい。あれが治療魔法……エルサの真骨頂か。


「と、見てる場合じゃない。エルサに任せて、俺も仕事しないと」


 周りを確認すると、受付嬢さんが忙しそうに走り回っていた。

 手には枕やシーツがある。看護師の代わりをしているようだ。


「あの、すみません!!」

「はいはいはーい!! 何でしょうか? 怪我ならあっちの……」

「怪我じゃなくて。ギルドマスターはいますか? クシャスラ騎士団長から手紙を預かってるんです!!」

「ええ? って、これクシャスラ騎士団の紋章……ぎ、ギルドマスターなら三階の部屋にいますんで、勝手にどうぞ!! 忙しい忙しいー!!」


 行ってしまった。

 どうやら勝手に行っていいみたいだ。

 俺は階段を駆け抜けて三階へ。プレートに『ギルマス部屋』と書かれたドアがあったのでノックする。


「すみません、クシャスラ騎士団から手紙預かってきました!! ギルドマスター、いますか?」

『いる。そう何度もノックするな……入れ』


 部屋に入って仰天した。

 何故なら、上半身裸で首にタオルを掛けた女性が、窓際で豪快に水のボトルを飲んでいたから。

 思わず目を背ける……あれ、入っていいって言ったよな?


「サビューレからの手紙か。よこせ」

「あ、はい……す、すみません」


 直視できず顔を逸らす俺……いや、異世界転生の主人公じゃ嬉しいラッキースケベなんだろうけどさ、俺はそういうキャラじゃないしフツーに恥ずかしい。

 そのまま部屋を出ようとするが。


「待て」


 止められた~!!

 すると、ギルドマスターは手紙を机に置き、タオルで汗をぬぐう。

 そしてようやく、ソファに掛けてあったタンクトップを手に取り着た。あー安心……だが、下着を付けていないのか、胸にポッチが……ああもう、マジで何なんだこの人。


「座れ。お前がレクス……竜滅士と同等の知識を持つ冒険者か」


 なるほど。団長は俺がドラグネイズ公爵家の人間だとは書いてなかったようだ。

 

「アタシはクシャスラ冒険者ギルドのマスター、エラソンだ。サビューレとは騎士団の同期だったが、元マスターの親父が死んで、アタシが跡を継いだ。まあ、よろしく頼む」

「よ、よろしくお願いします……」

「それで、手紙によると騎士団と冒険者ギルドの協力が必要不可欠とのことだが……お前に説明してもらう」


 手紙には『詳しいことはレクスに聞け。長い手紙書くのめんどくさい』的なことが書かれていた。あの団長……察しろってか?

 とにかく、俺は状況を説明……エラソンさんはウンウン頷き、煙管に火を着けた。

 驚いた。指先から火……この人、騎士なのに魔法師なのか?


「リューグベルン帝国の支援は間に合わず、騎士団と冒険者ギルドの総力でサルワを討伐、か……おいレクス、勝算はあるのか?」

「……あります」

「正直に言え」

「……恐らく、限りなく低いかと。そもそも竜滅士がこの世界で最強なのは、ドラゴンという生物があらゆる魔獣を置いてトップに立つ強さだからです。天級のドラゴンですら、かなりの強さなのに」

「……勝ち目はかなり低いが、ゼロではない。そういうことか」

「はい。ドラゴンの弱点である心臓……そこを突けばなんとか」

「ふむ……」


 エラソンさんは煙管の灰を落とす。


「わかった。全冒険者……とまではいかんが、協力しよう。集められるのは三百人といったところか。騎士団も今の状況では三百がいいところだろう。国の防衛、復旧もあるから兵士を使うことはできん。総勢六百……どうだ、勝ち目はあるか?」

「……わかりません。そもそも俺、こういうの想定したこともないし」


 だが、六百か……いける、のか?

 

「とりあえず、早急に準備をする。明日の朝には出発できるだろう……レクス、お前も協力するんだろう?」

「もちろん、戦います」

「ならいい。では、あとは休んでおけ」


 そう言い、エラソンさんはもう一度煙草に火を着けた。


 ◇◇◇◇◇◇


 部屋を出て一階に降りると、エルサが感謝されていた。


「まさか、一級の治癒魔法師様に会えるなんて!!」

「ありがとうございます!! 感謝しかありません!!」

「いえいえ。皆さん、治ってよかったです」

 

 早っ……もう治療終わったのか!?

 俺に気付くと、エルサは感謝する人たちに頭を下げて近づいて来る。


「こっちは終わりました。レクスは?」

「俺も終わった。たぶん、明日の朝にはサルワの討伐に出ると思う。それまで休んでろって」

「そうですか……宿屋に戻りますか?」

「ああ。あとは、エラソンさんとサビューレ団長に任せておくか」


 城下町に出ると、騎士ではない王国兵士たちが、魔獣の死骸や片付けなどをしていた。

 どうやら騎士たちは、明日のサルワ討伐に向けて準備をしているようだ。

 俺たちも宿に戻り、俺の部屋に集まる。


「エルサ、明日はデカい戦いになる。でも……一つだけ。いざとなったら逃げることも考えよう」

「に、逃げる……ですか」

「ああ。どうしても勝てない、そうなったら逃げる。逃げることは間違いじゃない。命を捨てることだけは、絶対にしないようにしよう」

「…………はい」

「俺だってこんなこと言いたくない。でも……俺は、お前にも死んでほしくないし、俺も死にたくない」


 勝てなくても、サルワを何日か行動不能にするくらいのダメージは与えられると思う。その間に、リューグベルン帝国の支援が到着し、傷ついたサルワを討伐してくれれば勝ちだ。

 命を賭けてまで戦う……なんて、俺にはできない。

 

『きゅるる……』

「ムサシ……俺が死ぬとお前も死ぬ。その逆もある。だから、絶対に無理はするなよ」

『きゅう』


 ムサシを撫でると、エルサが言う。


「レクス。わたし……どんな怪我も治しますし、レクスの隣で戦いますから!!」

「ああ。俺もだ。一緒に戦おうぜ」


 拳を出すと、エルサが首を傾げた……ああ、そういやお嬢様だったな。

 エルサに拳を出すように言うと、俺が拳を合わせる。


「明日は頑張ろうぜ」

「はい!!」


 クシャスラが生きるか死ぬかは、明日の戦いに掛かっている。


 ◇◇◇◇◇◇


 夜、俺はムサシと一緒に寝ていた。

 ムサシを見ながら、ほんの少しだけ思う。


「……やっぱあれ、特殊な力なのかな」


 ウィンドワーウルフを一撃で倒した炎……やっぱりこいつ、特殊な力を持ってるのかな。


『きゅるる……すぴい』


 鼻ちょうちんを膨らませながら寝るムサシを軽く撫で、俺は欠伸をするのだった

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る