風魔竜サルワ①

 ウィンドワーウルフ。

 数は三体だ。俺は双剣を抜き、エルサもロッドを構え、ムサシも俺の傍で羽ばたきながら小さく炎を吐く。


「行くぞ!!」


 走り出し驚いた。そういや身体強化されてるが……身体がとんでもなく軽い。

 そして、俺に魔法がかけられている影響なのか、ムサシも速い。

 エルサも口元を動かし詠唱しながら走り出す。


『ゴァァァァ!!』

「やああ!!」


 エルサに飛び掛かった一体のウィンドワーウルフ。だがエルサは身体をかがめ、そのまま半回転し──なんと、腹を狙ったハイキックを繰り出した。

 ズドン!! と、腹にキックが直撃。

 さらにロッドを構えて。


「優艶なる水よ、刃となれ!! 『アクアソード』!!」


 ロッドの先端から水が『刃』のように伸びた。

 すごい。刃を飛ばすんじゃない、ロッドを柄に剣のような形にした。

 そのままロッドを振るうと、ウィンドワーウルフの首を切断した。


「すげえ、へへ……俺も負けてられないな!!」


 俺は向かってくるウィンドワーウルフに向き直り双剣を構え、スライディングする。

 地面を滑りながら、ウィンドワーウルフの股下をくぐり抜け、ついでに足を切った。

 二足歩行の敵にとって、足は移動の生命線……そこを壊せば戦力はダウン。まあ、これは人間にも言えることなのだが。

 

『グァォォォ!?』


 痛がるウィンドワーウルフ。だが、そんな暇はないぞ?

 俺は双剣を鞘に戻し、アイテムボックスから銃を取り出して連射。

 ウィンドワーウルフの背中に弾が命中すると血が噴き出し倒れた。

 その隙に接近し、頭を槌で潰す。


「双剣、銃、槌のコンボ攻撃……これが俺の戦い方だ」

「レクス、ムサシくんが!!」

「!!」


 振り返るとそこにいたのは、ウィンドワーウルフの爪を躱すムサシ。

 エルサと俺が一瞬で目配せし、俺は双剣、エルサは水魔法で連携攻撃を仕掛けようとした時だった。


『──きゅあ』

『ッ!!』


 一瞬、ムサシが何か『別』の何かに見えた瞬間。


『ゴァァァァ!!』


 紅蓮の炎を吐きだし、ウィンドワーウルフが一瞬で炭化……倒れると同時に砕け散った。

 いきなりの光景に、俺とエルサはポカンとする。


『きゅあーっ!!』

「おっ、おい……ムサシ、今の」

『きゅ?』


 ムサシは俺の胸に飛び込み、『ふん、こんなもんだぜ』と胸を張って甘えてくる。

 なんだ今の炎は。見たことのない火力だぞ。

 ウィンドワーウルフは、墨みたいにカチカチになってるし……とんでもない炎だ。


「と、とにかくよくやった。ほれ、魔力減っただろ? いっぱい食っていいぞ」

『きゅうう!!』


 待ってましたと言わんばかりにムサシは俺の紋章に飛び込む。すると、魔力が減る感覚がした。

 とりあえず、目の前の恐怖は消えた。


「街中に魔獣が現れるなんて……」

「どう考えてもサルワの影響だろ。って、あのドラゴン……上空に留まってやがる」


 サルワは、クシャスラ王国の遥か上空に漂っていた。

 今までは適当に飛び、魔力を撒き散らして飛んでいただけなのに……その行動には、明らかに『知性』が感じられた。

 すると……風が弱まっていく。

 これまでとは違う。サルワの意思で魔雲が落ち着き、風がやや強いだけになった。

 

「な、なんででしょうか……」

「……試しているんだ」

「え?」

「自分にできること、できないことを試している。あいつ、進化に適応してる……これまでの魔竜と違うぞ」


 すると、街路を騎士たちが駆けてきた。

 中にはリリカもいる。俺たちに気付くと向かって来た。


「二人とも無事!? サルワが魔獣を引き連れて……って、もう戦ったのね。で、今までと全く違うの!! サルワがまるで考えて行動してるような」


 ここまで言うと、あり得ないことが聞こえてきた。


『マ、タ……ク、ル』

「「「えっ……」」」


 俺、エルサ、リリカが上空を見ると……サルワが去って行った。

 魔雲を残し、暴風を、魔獣を残して。


『ゴァァァァ!!』『グルるる……』『ギャルルル!!』


 すると、ウィンドワーウルフが群れで現れた。

 一匹二匹じゃない。かなりの数が入ってきた。


「エルサ、リリカ……やるしかないぞ」

「はい……!!」

「くっそお……許さないし!!」


 戦闘が始まった……サルワ、相当厄介な魔竜だぞ。


 ◇◇◇◇◇◇


 戦っているのは騎士団だけではなく、冒険者たちも多かった。

 まあ朝の五時だしな。依頼の取り合いが始まるし、みんな起きてても不思議じゃない。

 だが、今日は依頼どころじゃないだろう。ってか国が崩壊の危機。


「レクス!! そっち任せた!!」

「ああ!!」


 ウィンドワーウルフ、隙を突けば意外ともろい。

 すでに俺は五体、エルサは三体倒し、リリカは援護に徹している。

 周りには俺たちより経験のある冒険者たちが戦っている。十や二十どころじゃない数のウィンドワーウルフを倒し、死骸が山積みになっていた。

 何分戦っただろうか……ウィンドワーウルフたちが全滅する。

 特に喝采や喜びもなく、襲撃は終わった。

 すると、リリカが言う。


「二人とも……あのさ、一緒に来てくれない? 団長がレクスの意見を聞きたいって」

「もしかして騎士団……俺のこと探してたのか?」

「ううん。最初は詰所にいて、魔竜対策でいろいろ意見を出してたの。そこで、もう一度レクスを呼んで、意見を出してもらおうって時に……正門から魔獣が殺到して、サルワが現れたの」

「そうか……俺も、騎士団とサビューレ団長さんには報告しておきたいことがあった」

「よかった……じゃあ、詰所に行こう。きっと団長はそこで指示を出している」


 俺たちは詰所に向かう。

 街中はひどい有様だった。もともと風の強い地域なので暴風対策が万全だが、固定されていないベンチや樽などが吹き飛ばされ、民家の一部を破壊していた。

 風車も、いくつか壊されてしまったのか動いていない。


「ひどいな……そういえば騎士団って国の守護兵士みたいなもんだろ? 団長さんが城下町にいていいのか? 普通は王様を守るもんじゃ」

「そうだけど……陛下の意向で、クシャスラ騎士団の最優先は国民になっているの。代わりに、陛下は『親衛隊』っていう専属騎士を周りに置いているから、騎士団は国民を最優先できるの」

「へえ、いい王様だな」

「うん。陛下は立派なお方だよ。前に風車が壊れた時も、真っ先に修繕費を出してくれたから」


 立派な王様だな。

 異世界のテンプレ王様は二種類に分類される。『すごく立派な王様』か『すごく最低な王様』だ。クシャスラの王様は『すごく立派』な方らしい。

 さて、詰所に到着すると、いたいた。


「負傷者の救護を最優先しろ。倒壊した建物に取り残された人がいないか確認を怠るな!!」


 サビューレ団長が指示を出している。

 グレイズさんや他の中隊長が指示を受け、部隊を連れて走り出した。

 

「ん? おお、来てくれたかレクスくん!!  副団長、あとの指示は任せる」

「はっ、お任せください!!」


 髭面の男性が敬礼し、騎士たちに指示を出し始めた。

 サビューレ団長が俺たちの元へ。


「こちらへ」


 それだけ言い、詰所の中へ。

 団長室に案内されソファに座ると、サビューレ団長がリリカに言う。


「リリカ騎士、彼らをよく連れて来てくれた」

「い、いえ!! 騎士の責務を果たしたまでです!!」

「うむ。時間がない……レクスくん、きみも魔竜を見たな? 率直な意見を聞かせてくれ……あれは、ヒトにどうにかできる相手か?」


 ……これは厳しい問題だ。

 でも、はぐらかしても仕方ない。


「今のサルワは恐らく、永久級くらいの強さです。これから支援に来るリューグベルン帝国の永久級と、騎士団、冒険者が力を合わせれば何とか……」

「……それは、リューグベルン帝国の支援がある前提の話か?」

「……はい」

「間に合わんな」


 そうだ。

 リューグベルン帝国の支援は、あと一週間は来ない。

 その間、魔竜がどれだけ進化するのか。それに、あの魔竜の成長速度を考えると、たとえ支援が間に合ったとしても、その支援で戦えるのだろうか。


「レクスくん。クシャスラの冒険者すべてと、騎士団が協力すれば、勝てると思うか? きみの竜滅士の知識を、我々の力を考えて教えてくれ」

「……可能性はゼロじゃないと思います。でも、かなり厳しい戦いになるかと」

「なら、やるしかあるまい」


 サビューレ団長は立ち上がると、自分のデスクで何かを書き始めた。

 それは手紙。包むと、リリカへ渡す。


「騎士リリカ。これを王城へ」

「こ、これは?」

「陛下へ、今の状況を説明する文章だ。これより騎士団は冒険者ギルドと連携し、魔竜サルワの討伐に動く……街を戦場にはさせん。魔竜の住処に乗り込み、討伐する」


 俺は何も言えなかった。

 確かに……今ならできるかもしれない。

 サルワは魔雲を生み出し、竜巻を発生させるほどの魔法を使った。魔力はかなり減ったはず。

 だが……今の進化を考えると、魔力はすぐ回復するだろう。

 時間がない。


「街の復興を最優先すべきなのだろうが……今の最優先はサルワの討伐だ。負傷者の救助が終わり次第、我々はサルワ討伐に向け準備を進める」

 

 サビューレ団長は、俺にも手紙を渡す。


「済まないが、頼まれてほしい。この手紙を冒険者ギルドへ……ギルドマスターへ渡してくれ」

「……協力の願い、ですか」

「ああ。冒険者ギルドと手を取り合わねば、この難局は乗り切れん。では、頼む」


 俺とエルサは立ち上がる。

 リリカも立ち上がると、敬礼をした。

 詰所を出ると、リリカが言う。


「二人ともごめんね……本当はもっと、クシャスラを楽しんで欲しいけど」

「全部終わったら楽しむさ。な、エルサ」

「はい。もちろんです」

『きゅぅ!!』


 ムサシも出てきて俺の肩に乗った。

 リリカは俺たちにも敬礼し、王城に向かって走り出す。


「じゃあ、俺たちも行くか」

「はい!!」

『きゅいー!!』


 冒険者ギルドに、この手紙を届けないとな!!

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