黒い風が吹くとき

 装備を整え、防具屋を後にした。

 そのまま夕飯と思ったのだが、俺は空を見上げて言った。


「……エルサ。多分だけど、明日はサルワが来ると思う」

「わたしも、そんな予感がしています……明らかに、来る感覚が短くなっています」


 初めての遭遇から十日ほど経過したが、その間に二度もサルワは城下町上空を飛び、風車塔の一つを体当たりで破壊……何となくだが、俺には理解できた。


「前回、風車塔が一つ壊されただろ。たぶん、今回も被害が出る」

「……え」

「あいつは『進化』の途中だ。今は適当に『飛ぶ』ことしか考えてないし、魔力も垂れ流しみたいな状態で『魔雲』として空に残っているけど……風車塔を壊したのがサルワの『意思』なら、恐らくまた何かを破壊するかも」

「……破壊、ですか」

「ああ。ドラゴンの中にある破壊衝動……風車塔を壊したことで、サルワの中にある『破壊衝動』が目覚め、刺激されたら……城下町を徹底的に破壊する可能性もゼロじゃない」

「……そんな」

「時間をかければかけるほど、サルワは周囲に適応する。そのうち、身体が外殻で覆われたり、手足が伸びたりするかもしれない。たとえ永久級でも、容易に倒せないかも……」


 すでに、最初の遭遇から十日。

 魔竜は急激に進化をして、それから停滞期に入り、再び急激な進化を遂げる……らしい。

 兄上の言葉がどこまで真実はわからないけど……時間はかけられない。


「明日、サルワが来たら観察してみる。どのくらい成長したのか……ああもう、嫌な予感するな」

「……」


 エルサは不安そうな顔をしていた。

 そして、俺の隣に立って言う。


「レクス。このまま国を出て、次の国に行く……って考えもあります」

「……!!」


 俺はエルサを見た。

 それを考えなかったわけじゃない。というか、普通に考えていたが……エルサがきっといいとは言わないと思ったから言わなかった。

 せめて、騎士団が竜滅士と協力し、サルワを討伐するまでは滞在すると、勝手に思っていた。


「クシャスラの次は、水の国ハルワタートですね。あちらの情勢は知りませんが、きっとクシャスラよりはゆっくりできると思います」


 水の国ハルワタート……国土の六割が海の国。

 海上設備やレジャーが豊富な観光都市が多く、『歓楽の領土』としても有名だ。

 厄介なサルワなんて放置して、楽しい国で観光しつつ時間を過ごすのも、悪くない。

 でも……。


「エルサ。お前はそれでいいのか?」

「…………」

「ごめん……嫌な言い方だな。確かに、水の国で楽しく観光して、美味い海産物を食べたり、海で泳ぎたいよな。でも……今ここでクシャスラを放置してハルワタートに行っても、たぶん心から楽しめない」


 いろいろ知ってしまった。

 俺はムサシを召喚し、手のひらに載せる。


『きゅあ……』

「ムサシも聞いてくれ。エルサ……俺はこの世界の主人公じゃない。だから、すごい力なんてないし、目の前にいる魔獣を全力で倒すくらいしかできない」

「……は、はい」

『きゅ……』


 伝わらないかもしれない。でも……今は喋りたかった。


「チートがあれば違うんだろうな。一人でサルワの元に乗り込んで軽々倒して『ああ、もう倒しましたよ』なんて言ったり、大勢の仲間引き連れて目の前で大魔法を使って一瞬で倒して『え、こんなもん?』なんてボケかませたら楽なんだよな……でもそんなの無理だ」


 この世界は、俺に優しい世界じゃない。

 引きこもりのニート野郎が異世界でイキる世界じゃない、死にかけの社畜おっさんが若返って『自由に生きる』とかホザいて無自覚無双する世界でもない。

 二度目の人生を与えられた俺が、精一杯生きる世界だ。そこにチートなんて存在しないし、俺はそれを否定する。

 この世界に生きるレクスだからこそ、二度目の人生だからこそ……俺は後悔せずに生きる。


「エルサ、ムサシ……俺は逃げないよ。この国を出る時は胸を張って、大きく回る風車を背にして旅立ちたい。だから……サルワの討伐を手助けする」

「……レクス」

『きゅるる……』

「二人とも、手伝ってくれるか?」


 そう言うと、エルサは頷いた。


「わたしも同じ気持ちです。婚約破棄されて、家を追い出されて……一人で冒険者として生きるしかなかった。でも、今はもうこれがわたしの道。レクスと歩む道が、わたしの冒険なんです。そこに後悔は残したくありません。サルワの周りにいる魔獣を倒すことだけでも、精一杯がんばります!!」

「ああ。そうしよう」

『……きゅう』


 ムサシはブルブル震えていた。

 だが、俺とエルサを見て小さな翼を広げ、思い切り飛び立った。


『きゅいいいい!!』


 そして、俺たちの周りを旋回し、俺の頭に思い切り着地。


『きゅい、きゅいい!!』

「ムサシ、お前……一緒に戦てくれるのか?」

『きゅいーっ!!』


 口から小さな炎を放ち、翼をバサバサ広げ、尻尾で俺の頭を叩いた。


『きゅるる……』


 ごめん、ずっとビビってた。


『きゅいい!!』


 でも、もう怖くない。レクス、エルサと一緒に戦う!!

 そんな風に叫んでいるように聞こえる。

 ムサシは飛ぶと、エルサの胸に飛び込んだ。


「きゃっ!? ふふ……おかえり、ムサシくん」

『きゅうう……』


 ムサシはエルサに目いっぱい甘え、猫みたいに喉をゴロゴロ鳴らした。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日、それは上空に現れた。

 暴風が宿を揺らし、俺は飛び起きた。

 早朝……まだ日が昇った直後。朝の四時とか五時くらいだろうか。

 窓を開けようと思ったが鉄格子が嵌っているので開けられない。

 急ぎ着替え、エルサの部屋をノックするが……反応がない。


「エルサ、起きてるか!? 悪い、入るぞ!!」


 ドアを開けると、ベッドがこんもりしてる。

 頭が半分だけ出ていた。どうやら寝ているようだ。

 悪いと思いつつ、俺はベッドのエルサを強く揺らす。


「おい起きろ!! 外、ヤバそうだ!!」

「んあ……」

『きゅう……』

「そういやムサシと一緒に寝たんだっけ……おい起きろって」

「ん~……れくす?」

「ああ、俺……げっ」


 エルサが起きると、ネグリジェっぽい下着……うおお、やべえ。

 ムサシを回収し、ドアの前に移動する。そしてドア越しに言う。


「エルサ、着替えて装備を確認しておけ。勘だけど……なんだかヤバイ気がする」

『え……ふぁぁ、え? あれ……れ、レクス? わわっ』

 

 どうやら起きたようだ。

 俺は装備を確認して宿の一階へ。

 ムサシを肩に載せ、カウンターにいる店主に話しかけた。


「店主。外の状況は?」

「状況もなにも……例の魔獣のせいで、大荒れだよ。しかもこう何度も現れるなんて聞いていない。全く、騎士団は何をして──」


 そこまで言った瞬間、地面が揺れた。

 ズドン!! と、地面が揺れた。

 店主が飲んでいたお茶が床に落ちて割れ、建物が地震のように揺れ出す。

 地震じゃない……これは、風による揺れ。


「れ、レクス!!」


 ここで、エルサが慌てて降りてきた。

 外はヤバイ。だが、確認しなくちゃいけない。

 

「エルサ、確認するぞ!!」

「は、はい!! レクス、ちょっと待って」


 と、エルサがロッドを手に、俺に魔法をかけた。


「『身体強化ブーストワン』……身体強化魔法です。これなら風が吹いても、多少は踏ん張れると思います!!」

「さすが一級魔法師。じゃあ行くか。ムサシ、お前は紋章に入ってろ。吹っ飛ばされないようにな」

『きゅうう』


 ドアを開けると、暴風が室内に入り込んだ。

 外に出てすぐドアを閉める。風圧でドアが壊れるかと思ったが、身体強化のおかげでドアを軽々閉めることができた……すごいな、身体強化魔法。

 だが、驚いてはいられなかった。


「れ、レクス……あ、あれ」


 エルサの震えた声。

 振り返ると上空にいたのは……深緑色の巨大なドラゴンの『成れの果て』だった。

 

「の、サルワ……」


 全長二十メートル以上。

 身体の至るところに甲殻が中途半端に生えている。翼にも鎧みたいな殻が生えており、めちゃくちゃな進化の途中だというのがわかった。

 右手の紋章が熱くなった。

 戦うと決めたムサシが、震えているのがわかった……本能で『ヤバイ』と理解したのだろう。


「あれが、魔竜……あそこまで進化するモンなのかよ」


 確信した。

 あれは、天級や天空級、彼方級じゃ相手にならない。

 永久級……最悪、幻想級が必要だ。

 あっけに取られていると、エルサが叫んだ。


「嘘、なんで……レクス、あれ!!」

「えっ……なっ」


 驚愕した。

 なぜ、町の中に魔獣……ウィンドワーウルフがいるんだ。

 そして、サルワが羽ばたくと同時に竜巻が発生し、町の中にあった風車塔が竜巻に包まれ破壊された。

 驚いたのは、破壊を終えると竜巻が消えたこと。


「マジか……!? あの竜巻、魔法……!? サルワのヤツ、学んでやがる!!」


 今のは間違いなく、意思を持った『攻撃』だった。

 サルワが、風車塔を魔法で破壊した。

 まさか……『知性』に適応しているのか。


「まずいぞ。想像以上にサルワが『進化』に適応してる。早く討伐しないと、クシャスラ王国が滅びるかもしれない!!」

『グァオオオオオオ!!』

「レクス、今は魔獣たちを!!」

「ああ、やるぞ!!」


 俺は双剣を抜き、エルサはロッドを抜く。

 そして……ムサシは自らの意思で紋章から飛び出し、口から炎を吹く。


『きゅるるるる!!』

「ムサシ……やれるんだな?」

『きゅああ!!』


 暴風の中、俺とムサシとエルサの戦いが始まった。

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