これからどうする?
話がひと段落し、外を見ると……風がやや収まっていた。
だが、空には相変わらず不気味な黒い雲があり、雨も少しパラついている。
風もやや収まったと言ったけど……それでも台風くらいの風だ。何だか感覚がマヒしそうだ。
今更気付いたが、風対策なのか窓には鉄格子みたいなのが付いている。この国ではこれが普通らしい。
「レクス。これからどうします?」
俺は怯えているムサシを紋章にそっと戻し、エルサの方を見る。
「とりあえず、雨が収まったら宿に戻ろう」
「はい。そうしましょう」
「なんか、観光どころじゃないな」
そう言うと、エルサは苦笑……リリカは申し訳なさそうだった。
「ごめんね。せっかく来てくれたのに……でも、 サルワの正体もわかったし、明日にでも騎士団に報告するよ。もちろん、レクスのことは伏せるから」
「ああ、そうしてくれ。それと……リューグベルン帝国からの応援っていつ来るんだ?」
「依頼は随分前に出したし、いつ来てもおかしくないけど……」
「…………」
うーん……アミュア、シャルネは来るのかな。
ある意味、ちゃんと別れを言う機会ではあるけど。
「よし、今日は帰ろっか。あ、雨降ってるから濡れない方がいいよ。健康被害とかは出てないけど……この魔雲の雨、気持ち悪いし」
俺たちは外に出る。
やっぱり雨が降っている。意外なことだが、この世界に傘ってないんだよな。
あれ……これ、傘を開発すれば一儲けできるんじゃ。
「あ、リリカさん。ちょっと待ってください」
「ん? って……おおっ!!」
エルサが杖を出し、リリカに向けて振ると……なんと、リリカの頭上に水で作った『傘』が現れた。
リリカが歩くと追従してくる。どういう仕組みなんだろう?
「十分くらいなら持つので、それで帰ってください」
「ありがと~!! さっすが魔法師!! じゃ、またね!!」
リリカは走って帰った。
そしてエルサは俺と自分用に同じ『水笠』を作る。
すごいな、雨を完全に弾いている……やっぱ傘で儲ける計画は後にするか。
「じゃあ、帰るか」
「はい」
俺とエルサは、会話なく宿へ戻るのだった。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
俺とエルサは朝食後、冒険者ギルドに向かうことにした。
宿から出ると、黒い雲はあったが雨は降っていない。
風車は勢いよく回転している……脱穀するにはいい風だが、個人的には穏やかな風の中、ゆっくりと回る風車を眺めたいもんだ。
「風、強いですね……」
「ああ……」
サルワが上空で暴れた影響なのか、城下町の店は閉まっているところが多い。
冒険者ギルドに行くと……ラッシュ時間を過ぎているのに、多くの冒険者で賑わっていた。
「すごいな……」
「あ、見てください。依頼掲示板……朝のラッシュが終わってるのに、すごい数の依頼です」
掲示板を見ると、ほとんどが討伐依頼だ。
クシャスラ本国からはもちろん、周辺にある村や町からの依頼も多い。
エルサは読み上げる。
「ウィンドワーウルフ討伐、エアロスネイク討伐、ウィンドワータイガー討伐……すごいです。どの魔獣も、クシャスラ地域の固有種ですね」
「昨日話した、サルワの影響だろうな」
「とりあえず……わたしたちが受けれる依頼を受けましょう」
ちなみに、ウィンドワーウルフは討伐レートD+だった。俺たちでは厳しい相手だった……よく四体も同時に相手をできたな。
とりあえず、ウィンドコボルト討伐の依頼書を手に取る。
カウンターに持っていくと、受付のお姉さんが言う。
「えっと、おひとつだけですか?」
「「?」」
「あ、失礼しました。あのですね、見ての通り依頼の数が多くて……クシャスラ冒険者ギルドは特例で、依頼の掛け持ちを許可しています」
つまり、複数の依頼を受けろってことか。
俺たちはF級だから、E級までの依頼を受けられる。
ついでに、ウィンドゴブリンとエアバードの討伐依頼も受けた。
「あ、そうだ。ついでにパーティー登録もするか」
俺とエルサはパーティー登録。これで、依頼の経験値も均等に入る。
さっそく、エルサと二人でギルドの外へ出ると……。
「あ、レクス。あれ……」
「クシャスラ騎士団か。リリカもいるぞ」
騎士団が揃っていた。
数は五十名くらいだろうか。隊長のグレイズさんを先頭に並んで歩いている。
リリカが俺とエルサに気付いたので、二人で軽く手を振る……リリカは少しだけ微笑んで頷いた。
「これより、クシャスラ騎士団第二中隊は、クシャスラ東に発生した魔獣を退治する。いいか、決して無理はするな。今回は小隊の数を減らし、一つの隊の人数を増やし対応する」
「「「「「了解!!」」」」」
ビシッと敬礼……正直、かっこいい。
ずっと見ていたいが、エルサに袖を引かれたのでその場を離れた。
◇◇◇◇◇◇
「おりゃっ!!」
俺は双剣を振るい、ウィンドゴブリンを両断。
剣を投げ、アイテムボックスから槌を取り出し、横回転しながら接近していたゴブリンの頭を叩き潰した。
そして、ゴブリンの棍棒を躱したエルサが、詠唱しながら杖をゴブリンに向ける。
「『アクアエッジ』!!」
水の刃が飛び、ゴブリンが上半身と下半身に分かれ、臓物を撒き散らしながら吹っ飛んだ。
周囲の敵が全滅……俺とエルサは周囲を警戒し、魔獣の気配がないことを確認。
俺はアイテムボックスから水のボトルを出し、剣と槌を清める。
「ゴブリンやコボルトなら、特に苦戦することもなくなったな」
「はい。わたしでも攻撃を回避できます」
「ってかエルサ、思った以上に身軽で驚いた。格闘術とか習ってた?」
「いえ、普通に見えるし、動けますけど」
動体視力もいいし、動きがしなやかだ。魔法師より格闘家のがあってたりして。
「とりあえず、受けた依頼は終わったな」
「はい。予定数をかなり超えちゃいましたね……魔獣が増えているって実感します」
「だな。よし……」
魔獣討伐の証として、ゴブリンの指先を回収する。
これ、気持ち悪いし嫌だけど……これやらないとダメなんだよな。倒した魔獣の一部を持ち討伐の証とするって決まりだから仕方ないが。
回収を終え、アイテムボックスに入れておく。
ついでに、紋章の中にいるムサシを呼んだ。
「ムサシ……まだ怖いか?」
『きゅう……』
ムサシは弱々しい鳴き、俺の手の上で丸くなる。
エルサも撫でるが、完全に心折れてしまったようだ。
もともと、戦力とは思っていなかったが……ムサシが元気ないと、せっかくの異国も楽しめない。
俺はもう一度撫で、ムサシを紋章に収納する。
「騎士団には頑張ってもらって、早くサルワを討伐してもらいたいもんだ」
「……あの、レクス」
「ん?」
「サルワの討伐ですけど……わたしたちも協力しませんか?」
「そりゃもちろんするさ。でも、俺たちはまだF級冒険者だし、騎士団のサポートくらいしかできないけどな」
主人公とかなら、ソロで巣に乗り込んでチート魔法で片付けて、「もう倒したけど……」とか言って周りを驚愕させるんだろうな。
でも、俺にそんなことはできない。「また俺なんかやっちゃいました?」みたいなことはしたくない。ああいう無自覚な無双は正直好きじゃないのだ。
だから、自分にできる範囲で、精一杯やる。
「よし。そろそろ帰るか……風がまた強くなってきた」
「はい。お鍋屋さん、営業してるといいな……」
俺とエルサは、クシャスラ王国に早足で戻るのだった。
◇◇◇◇◇◇
クシャスラ王国に到着。
黒い『魔雲』は少し晴れたのか、日が差し込んでいる場所がいくつかあった。でも……恐らくまた数日後には、サルワが襲来する可能性が高い。
正門前で、俺は大風車を眺める。
「レクス、どうしました?」
「いや……あの大風車がもっと穏やかに、光を浴びて回るところが見たいなーって」
「……そうですね」
エルサも大風車を見上げる……やっぱり、強風で煽られるように回転する風車は、見てて怖い。
そう思って眺めている時だった。
「大風車を見て、何を思う?」
背後から声を掛けられて振り返ると……そこにいたのは女性騎士だった。
後ろにはリリカ、そしてグレイズさん。
リリカが、申し訳なさそうにしている。
「リリカから聞いた。レクスくん……貴重な情報をありがとう」
「え、あ……いや」
「ああ、はじめましてかな。私はクシャスラ王国騎士団団長、サビューレだ」
薄い緑色の鎧、長くゆったりした緑髪をなびかせた二十代後半くらいの女性は、俺に向かって手を差しだす。
団長……まさかのまさか。騎士団のトップが俺に手を差し出していた。
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