魔風竜
サルワが去って数時間……クシャスラ本国は、暴風雨に見舞われた。
黒い雲から降る雨は黒い。俺には理解できないが、身体にいいということはないだろう。
俺たちは、鍋屋から動けずにいた。
「魔雲は、数時間もすれば消えるよ。でも……風は空に残って、しばらく暴風となるの」
「風車は、大丈夫でしょうか……」
「大風車は大丈夫だと思う。でも、他の小型風車はわからない……前も、いくつか壊されたから」
「直接的な被害はないのか? あれだけの巨体だし、風車塔に体当たりとかされたら」
「そういうのはまだない。でも……いずれは、って騎士団は考えている」
少し話をして無言になる俺たち。
そして、リリカが言う。
「で、レクス。そろそろ教えてくれるよね……サルワのこと、心当たりあるんでしょ」
「…………」
確かにある。
というか、間違いないと思う。
「何か知ってるなら教えて。お願い」
「……わかった」
リリカは鍋屋の女将さんに「個室貸して」と交渉。
個室を借り、リリカとエルサ、そして俺は紋章からムサシを召喚。
ムサシは相変わらず丸くなっていた。今ならわかる、こいつは怯えているんだ。
「まず、サルワ……あれが空を飛ぶようになったのは、竜滅士が行方不明になってからだよな」
「え、ええ。そうだけど……竜滅士っていう『脅威』が消えて、空を飛ぶことができるようになったって」
「たぶん違う。サルワは恐らく竜滅士に倒されている」
リリカは驚いていた。
「さっき上空を飛んでいたのは、間違いなくドラゴンだった。恐らく『羽翼種』……」
「ま、待ってよ。ドラゴンって……なんでドラゴンが? それに、サルワはどうなったの?」
「行方不明になった竜滅士は、恐らくドラゴンに食われたんだ。何らかの理由でドラゴンとの契約が破棄されて、理性を失ったドラゴンに食われたんだよ。たぶん……サルワがそれほど強かったのか、限界以上にドラゴンの力を引き出して暴走したのか……」
なんとなく、俺は後者の気がした。
誇り高き竜滅士……自分の命を犠牲にしても、使命を果たすとか。俺には理解できない感情だが、父上はたびたび、国のためになら死ねると言っていた。
「竜滅士は無敵のジョブって思われているけど、そう万能じゃない。ドラゴンとの間には『契約』があって、魔力を餌に共生を約束する。魔力が切れた状態でドラゴンを行使し続けると、契約が崩れてドラゴンが暴走するんだ。そして、ドラゴンは契約者を殺して暴走する……さらに、暴走したドラゴンは契約者から『知性』を得る。さらにさらに、暴走したドラゴンはリミッターが外れて、常に『進化』を続けるんだ。リミッターの外れたドラゴン……恐らくサルワを吸収し、仲間の竜滅士とドラゴンも喰らって、あんな姿になったんだろうな。ちなみに、暴走したドラゴンを『魔竜』って言い、魔獣に分類される」
ここまで説明し、俺は水を飲む。
一気にしゃべりすぎた……すると、リリカが言う。
「じゃああれは、竜滅士とドラゴンとサルワの……」
「成れの果て、だろうな。知性を得たはいいが何をすればいいのかわからず、同胞やサルワを吸収してバケモノみたいな姿になった。今はもう、ただ飛ぶことと、風を生み出すことしかできない憐れな怪物になったんだろう……可哀想に」
生まれたての赤ちゃんがいきなり大学教授レベルの知性を手に入れたらどうなるか? 言葉もろくに話せないまま、大学教授の知識がそのままインストールされる……まともに動くはずがない。
電卓にパソコンのCPUを移植したらどうなるか? 動くわけないし、あり得ない。
今のサルワは、まさにそんな状態だ。
「恐らく、サルワは寿命が尽きるまであのままだ。今回、予想より早く現れたのは……サルワが『進化』して魔力の残量が増えたからだろう。死ぬまで進化を続ければ、常にクシャスラの上空を旋回するようになるかもしれない……」
「サルワが消えては現れるのって……魔力が尽きて疲れたから?」
「たぶんな。この世の力はだいたいが魔力を使って起こせるからな。あの魔雲も、風も、サルワの魔力で作られた力だろう。今は魔力が尽きて、元々の巣穴で休んでるかも」
「あの、レクス……サルワが『進化』に適応する可能性はあるんですか?」
「ない」
俺は断言する。
そもそも、手のひらサイズの電卓は計算機能しかないのに、パソコンのCPUとかハードディスクとかくっつけて、パソコンの代わりになるわけがない。電卓の表示板だって数字しか写せないのに、インターネットのカラフルな画面とか写るわけないし。
「あんなめちゃくちゃな『進化』をしたドラゴンは死ぬまで暴走して終わりだ。過去、似たような暴走は何度か起きたらしいけど……大抵が死ぬまで暴走するか、他の竜滅士に討伐される。ドラゴンを暴走させるのは竜滅士にとって最大の恥であり罪だ……」
ここまで説明し、俺たちは黙りこむ。
リリカが、頭を押さえて言う。
「まとめると……あれは竜滅士のドラゴンで、サルワを倒すために限界までドラゴンを駆使して暴走させた。サルワは倒したけどドラゴンは暴走し、竜滅士とサルワと仲間のドラゴンを捕食して『魔竜』になり、適応のできない『進化』をして、ただ魔力が尽きるまで暴れ回る魔獣になった……ってこと?」
「わかりやすくて助かるよ」
ちなみに、これらの知識は全部、兄上から教わったことだ。
魔竜最大の特徴は目。瞳が黄金に輝く。
そして、魔竜討伐後、暴走したドラゴンの黄金に輝く目は、『竜魔玉眼』というリューグベルン帝国の至宝になる……その目をドラゴンに食わせることで、ドラゴンを『進化』させることができるという。
これは国家機密。知っているのはドラグネイズ公爵本家の人間と『六滅竜』だけ……俺は兄上からこっそり聞いたが、サルワの瞳は眩い輝きの黄金だった。
「レクス。あんた……どうしてそんなに詳しいの?」
リリカは、ツッコんで当然のことを言う。
さすがに、もう誤魔化せないな。
「それは、俺が竜滅士……リューグベルン帝国、ドラグネイズ公爵家の人間だからだ」
「えっ」
「まあ、今はもう違う。公爵家の人間なのに、授かったドラゴンがこんな……チビ助じゃな、期待を裏切った俺は実家から出て、エルサと世界を旅しているんだ」
「……レクスが、あのドラグネイズ公爵家の!?」
「リリカ。内緒にしてくれ……俺がここにいること、ドラグネイズ公爵家には知られたくない」
「う、うん……し、信じるよ。でも……今の話、騎士団にしなくちゃいけないけど」
「……してもいいけど、情報の発信源については言わないでくれ」
「……それ、かなり厳しいけど」
「頼む」
「……わかったよ」
ずっと喋りっぱなしでとにかく疲れた。
リリカは、丸くなるムサシを軽く指で撫でる。
「ドラゴン、かあ……この話、支援に来る竜滅士にしたら驚くかな」
「たぶん……まあ、警戒されるかも」
「あ、でも……実はさ、レクスたちを観光に誘う前、騎士団の詰所に挨拶してから来たんだけど……リューグベルン帝国から来る支援の竜滅士、ドラグネイズ公爵家の新人を含めた部隊って話だよ」
「え」
ドラグネイズ公爵家の新人。
ま、まさか……アミュアに、シャルネじゃないだろうな。
うう、嫌な予感……顔合わせは絶対に避けないと。
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