リリカの案内

 翌日。

 宿の一階でエルサと朝食を食べていると、話題はムサシの不調に。


「ムサシくん、元気ないんですか?」

「ああ。昨日も紋章から出てこない。体調不良……でも、神様から授かるドラゴンには、病気なんてないはずなんだけどなあ」


 戦いで傷付くことはあっても、魔力で修復できる。

 紋章に入れ魔力を与えれば、どんな怪我でも治る。ドラゴンと契約者は一心同体……俺が死ぬ時がムサシの死ぬ時であり、ムサシが死ぬ時が俺の死ぬ時だ。

 その理論なら、ムサシが不調なら俺も不調なんだが……すでに焼きたてパンを三枚目だし、ベーコンと卵の炒め物も美味いし、野菜スープもすごくおいしく感じている。

 

「不調以外の何かかな……わからん。まあ、しばらく様子を見るよ」

「レクス、無茶しないでくださいね」

「ああ。それと、今日はどうする?」

「そうですね。お天気はいいみたいですけど、宿の人曰く、いつ天気が崩れるかわからないから、あまり外出はおススメしないそうです」

「そっか。うーん……部屋で読書でもするか」

「わたしは、お風呂に入ろうかな……浴槽って久しぶりですし、実家にいた時はお風呂で読書とかもしました」


 その気持ちわかる……前世では、風呂は楽しみの一つだった。

 病気であまり長湯はできなかったが、身体が火照るのと汗が流れる心地よさは忘れられない。

 クシャスラ騎士団に送ってもらったから買い出しとかも必要ないし、今日は自由で……。


「おはようございまーす!! あ、いたいた。レクスにエルサ!!」

「びっくりした……り、リリカ?」


 普段着のリリカが宿に入ってきた。

 カウンターの主人もリリカを一瞥して、すぐに新聞を読み始める……どうやら顔見知りのようだ。


「今日は風も緩いしお出掛け日和だよ!! 約束通り、町の案内してあげるね!!」

「い、いいのか?」

「うん。スミスたちも、いつまで落ち込んでるあたしを見たくないだろうしね。昨日いっぱい泣いたしもう大丈夫!!」


 リリカは笑っていた。きっと、こっちが本来のリリカなんだろう。

 今日は私服だ。シンプルな赤系のシャツにスカートを履いて、長いブラウンの髪をツインテールにしているのが町村っぽくて似合っている。

 俺はエルサを見た。


「エルサ、いいか?」

「はい。リリカさんが案内してくれるなら、ぜひお願いしたいです」

「お任せを。ささ、朝ご飯食べたら行こうか。クシャスラ城下町にも、見ておくべき名所はいっぱいあるよ!!」


 こうして、リリカにせかされて朝飯を完食……すぐに出かけるのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 城下町を抜け、最初に向かったのは段々畑……ではなく、王城がよく見える公園だった。

 

「すっげえ……クシャスラで一番デカい風車が、こんな近くに」


 見上げると、とんでもなくデカい風車が回っている。

 王城のど真ん中に塔が立ち、そこに風車がくっついている仕様だ。まるで風車が始めから存在し、そこを囲うように王城を建てたような感じだ。

 首を傾けないと見えないおかげで、ずっと首を曲げているのがつらい。


「すごいでしょ。クシャスラ名物『大風車』……あの風車のすごいところはね、いつ、誰が命じて作ったのか全くわからないんだって。あの風車があったから人々は村を作り、それが街になって、風車塔を囲うように王城を作ったんだってさ」

「そうなんですね。最初からあった風車……どういう歴史があるんでしょうか?」

「さあー、お城に勤めてる歴史研究家とかもいろいろ文献探してるみたいだけど、何もわかんないみたい。あの風車の材質も不明らしいよ」


 驚くことばかりだな。

 目算だが……大きさは、直径百……いや、もっとありそうだ。人の手で作れるレベルじゃない。あんな大きな風車を作っても自重で自壊しそうだ。

 まるで魔法みたいな風車……面白いな。

 しばし、大風車を見ていると、風が強くなってきた。


「風強いな……リリカ、風車は大丈夫なのか?」


 あんなデカい風車、風で壊れたら真下にある王城はとんでもない被害になるぞ。

 するとリリカは首を振る。


「大丈夫。サルワの『魔風』が直撃しても、風車塔はノーダメージだったの。さっすがクシャスラの象徴だねっ!!」


 そりゃすごい。

 他の風車は勢いよく回転している。中には強風対策なのか、風車が付いていない風車塔も見られた。

 しばし大風車を眺めていると、リリカが言う。


「じゃあ次はこっち。クシャスラを見下ろせる高台に行こう!!」

「ふふ。リリカさんの案内、すごく楽しいです」

「喜んでもらえて嬉しいよっ!! ほらエルサ、行くよっ!!」

「きゃっ」


 リリカはエルサの手を掴んで走り出した。

 女の子同士、仲良きことはいいことかな。


「レクス、早くっ!!」

「お、おお」


 眺めてウンウン頷いていたら怒られてしまった……俺も急いでいくか。


 ◇◇◇◇◇◇


 リリカおすすめの高台は、回転する風車をバックに城下町を眺めるという、世界遺産に認定されてもおかしくない光景だった。

 世界遺産……入院中、世界遺産や風景の本を見ては、いつか自分も行く……なんて考えていた。

 地球では叶わなかった願いだが、異世界で世界遺産に匹敵する光景を眺めることができた。


「…………」

「レクス?」

「あ……ん、どうした?」

「いえ、その……大丈夫ですか?」


 エルサが心配し、ハンカチを差し出してきた。

 意味が分からなかったが……自分が涙を流しているのに気づき、慌てて袖で拭う。


「レクス。そこまで感動してくれたんだね……あたし、本当に嬉しいよ!!」

「あ、ああ。美しい景色ってのは、心に響くよ」


 景色を見て涙を流すなんて……てっきり漫画の世界かと思ったが、本当に泣いてしまった。

 うーん、女の子の前で泣くなんてカッコ悪い。

 しばらく景色を眺めると、俺の腹が鳴る。


「そろそろお昼だね。よし、あたしおススメのお鍋の店に行く?」

「行きます!!」

「うおっ」


 辛いモノ好きのエルサ、今日いちばんの興奮だった。

 向かったのは『風車鍋』という鍋屋。店内は空いており、席に座るなりリリカが「奢るから好きなの食べて!」とメニューを差し出した。

 俺は山の幸鍋、エルサは激辛鍋を注文。リリカはミルク鍋という白いスープの鍋を注文。

 それぞれ一人前で量はちょうどいい。だが、エルサの真っ赤な鍋を見て俺は目を逸らした。

 

「おお、山菜鍋うまい。塩味が利いてるなあ」

「ミルク鍋もおいしいよ!! まろやかでふわっとするの」

「ん~辛い!! 最高です~!!」


 エルサ、すげえな……汗ひとつ流さずに真っ赤なスープを飲んでるし。

 食事をしながら、俺はリリカに聞いた。


「なあ、やっぱり人は少ない感じか? 城下町も出歩いてる人あまりいないし……」

「うん……今日は運がいいよ。風も弱いし、天気もいい。でも……あと数日もしないうちに、また『サルワ』がやってくる。そうなったら、また数日は大嵐みたいな天気になるし、郊外の魔獣も活発化する」

「そ、そうなのか? でもお前、休みだよな」

「十日の休みだけど、魔獣が出たら行くよ。あたしはクシャスラ騎士だからね」


 リリカは、強い眼差しをしていた。

 そして、俺とエルサに言う。


「あの……二人はしばらく滞在するんだよね? もしよかったら……冒険者ギルドで討伐依頼を受けてくれないかな」

「討伐依頼?」

「うん。実は、騎士団だけじゃ活発化した魔獣を完全に止めることはできなくて……冒険者ギルドでも臨時の依頼が出ているの。でも、常駐の冒険者たちだけじゃ対処しきれなくて」

「それなら、俺とエルサも協力する。まあ、あまり高レートの魔獣は倒せないけどな。路銀も稼げるし」

「そうですね。それに、戦闘経験も積めますしね」


 おお、エルサがそういうことを言うのは意外だった。

 リリカも頷く。


「サルワ……巣は突き止めているから、いずれ騎士団の総攻撃で倒すことになると思う。その時は、冒険者ギルドにも依頼をすることになると思う」

「冒険者ギルドに?」

「うん。サルワの巣の周りには、多くの魔獣が集まっているみたいだから……今は、活発化した魔獣を倒して、巣の周辺にいる魔獣を倒している最中なんだ」


 そう言い、リリカがグラスの水を取ろうとした時だった。


『グオオオオオオオオオオ──……!!』


 とんでもない咆哮が響き、建物が振動した。


「な、なんだ!?」

「きゃあっ!?」


 いきなりで驚いた。

 食べ終わった鍋が床に落ちて割れる。

 だが、リリカは気にせず立ち上がった。


「嘘……は、早すぎる!!」

「お、おいリリカ!!」


 リリカは飛び出した。そして、店のドアを思い切り開ける。

 俺とエルサも後に続き、外に出ると……空が真っ黒に染まっていた。

 

「な……なん、だ」

「レクス。これ……く、雲です」

「『魔雲』……サルワが羽ばたくと、黒い雲が現れるの。これはサルワの兆候だよ!!」


 リリカが叫ぶと、雲が激しく動き、巨大な何かが上空から飛んできた。

 雲の遥か上からダイブするように落ち、そのまま城下町を旋回……そして、台風のような暴風が周囲に巻き起こった。


「うおぁぁぁぁ!?」

「二人とも伏せて!! 早く!!」


 俺はエルサの頭を押さえて地面に伏せると、その上からリリカが覆いかぶさった。

 そして、とんでもない風……暴風どころじゃない、アメリカとかで発生するハリケーンのような、そんな竜巻が周囲にいくつも現れたのが見えた。

 竜巻が城下町を襲う。だが、城下町の建物は頑丈なおかげか何とか持っている。でも、植木鉢や樽など、固定されていないのは竜巻で巻き上がった。

 

「くっ……サルワ」

「──えっ」


 そして、俺は見た。

 それは、濃い緑色の鱗を持つ『豚』のような生物だった。

 羽が生えており、長い尾が……いや待て、嘘だろ。


「じょ、冗談だろ……」

「動かないで!! もうすぐ去るから、そのまま……!!」


 それから三分ほど経過すると、サルワは城下町上空から消えた。

 漆黒の雲が残り、暴風を残しながら。

 多少はましになった暴風。だが、台風のような風が街に吹き荒れ、リリカは俺とエルサを鍋屋の中に引きずり込み、ドアを閉めて鍵をかけた。


「はぁ、はぁ……くそ、早すぎる!! 予測ではまだ三日くらいは余裕あったのに!!」

「リリカ、あれがサルワで間違いないんだな?」

「え? ええ、そうだけど……」

「違う」


 俺は確信していた。

 その証拠に……俺の右手の紋章が、痛いくらい反応している。

 

「あれは魔獣じゃない」

「れ、レクス?」


 知ってたんだ。

 ムサシは調子が悪かったんじゃない……怯えていたんだ。

 俺は断言する。


「あれは『魔竜』……竜滅士を失ったドラゴン。契約者である人間を喰らい、知性を手にしたドラゴンだ」

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