第一章 風車の国クシャスラ

ルロワの街を抜けた先

「よし。エルサ、忘れ物ないな?」

「はい。大丈夫です」


 俺とエルサは宿を出て、宿の前で確認。

 今日、ルロワの街を出て国境を越え、リューグベルン帝国の隣国である『風車の国クシャスラ』へ行く。

 俺とエルサ、そして今日はエルサの肩に乗っているムサシは、二週間ほど世話になった宿を見上げた。


「なんか、名残惜しいよな」

「はい……わたし、これほど長く実家から離れてたの、初めてなので」

「そうなのか? 魔法学園って寮とかあるんじゃ」

「あるけど、わたしは入ってませんでした」


 なるほど。エルサもいろいろあるんだろうな。

 まあ、今は長々と話すことじゃないな。


「さて、この二週間で冒険者として少し活躍し、少しだけお金も稼いで、野営をした経験から足りない物も補充した。少なくとも、これから一週間ほどなら、町や村を経由しなくてもクシャスラを目指せる」

「地図も最新のを買いましたし、オスクール街道と脇道を経由して進むルートもばっちりです」


 つまり、『準備は万全』ってやつだ。

 漫画やアニメでは『次の町へ!』で終わり、次話でいきなり『ようやく到着した~……』って始まるパターンも少なくない。『パッと行く』なんてゲームの世界だし、準備はしっかりせねば……そもそも、俺やエルサにとっては未知の領域だしな。


「今日はオスクール街道を通って道中の簡易宿で一泊、宿が満室だったら近くの水場で野営。次の日は脇道に入って『クシャスラ自然公園』を進んで観光しつつ野営……クシャスラ本国まではざっと七日ほどの距離だ」

「はい。えへへ、クシャスラ……激辛お鍋」


 エルサが何を考えているのか……たぶん、クシャスラ本国で食える激辛鍋のことだろうな。

 とりあえず予定の確認は大丈夫。さっそく出発しよう。


『きゅるる』

「ん、次は俺の頭か。落ちるなよ」


 ムサシがエルサの肩から俺の頭へ移動。そのままべったり寝そべった。


 ◇◇◇◇◇◇


 さて、さっそくルロワの街の国境へ。

 門兵に冒険者カードを見せると、確認の後にすぐ門の先に進めたのだが。


「「…………」」

『きゅ……きゅう』


 門の先は、酷い天気だった。

 暴風……台風前の暴風というか、とんでもない風だ。

 俺の頭にいたムサシは、右手の紋章に飛び込んでしまった。


「え、何だこれ。門の先の天気違いすぎるぞ」

「さ、さっきまで青空でしたよね? え、どういうこと……」


 恐ろしいのは、青空なのに風だけが吹いている。

 これで雨でも降ったら暴風雨だ。雨カッパの準備はあるが、天気のいいに越したことはない。

 エルサと顔を見合わせる。


「い、行くか」

「は、はい」

「その……風すごいから気を付けてな」


 俺たちは、オスクール街道を歩き出した。

 風がとにかく強い。

 立って歩けないほどじゃないが、普通に歩くより疲れるし、眼にゴミが入って痛い。

 ゴーグルとか買っておけばよかった……エルサを見ると、髪が乱れまくってるし。被っていた帽子が飛ばないよう必死に押さえている。

 やや前傾姿勢で歩いていると、街道の前で幌付きの馬車が横転していた。

 屈強な護衛の冒険者たちが起こしている。手伝いは必要なさそうだ。


「馬車も倒れる風か……」

「うう、髪の毛がクチャクチャです……」


 オスクール街道は整備されて見通しがいいけど、木々の並びも少ないおかげで風がモロに当たる。

 少し歩くと、雑木林に続く脇道があった。


「エルサ、提案していいか?」

「は、はい……?」

「今日はオスクール街道を通って宿に行く予定だったけど……風がすごくて思った以上に歩きにくいし、もう昼前なのに全然進んでない。予定変更して、オスクール街道を抜けて脇道に入ろう」

「さ、賛成ですっ……」

 

 予定を変更して脇道に入ると、木々が防壁となってマシになった。

 『暴風』が『やや強風』になった感じ。少なくとも前傾姿勢で進むことはなさそうだ。

 

「レクス。この脇道、馬車の跡や足跡があります。みんなオスクール街道じゃなくて、こっちの道を通ったみたいです」

「本当だ。オスクール街道は開けてるし道も整備されてるけど、遮る物がないから強風をモロに浴びる。こっちは木々で守られているから、かなりマシみたいだな」

「はい。でもこの道、前に通った脇道よりも整備されていない感じです。しかもここはもうクシャスラ領内ですし……魔獣も」


 と、エルサが言った時だった。

 前の方から『グオオオ!!』と咆哮が聞こえてきた。


「エルサ」

「は、はい!!」


 魔獣の叫びだ。

 風に乗り、血の匂いがしてきた。

 誰かが戦っている。冒険者か、それとも一般人か。


「レクス、どうしますか。やり過ごすか、助太刀するか……」

「…………」


 異世界転生のお約束では、主人公は飛び出し、チートを駆使したり、軽く倒しちゃうんだろう。そしてそれがお姫様とか有名な商人で『ありがとうございます!!』的な感じの展開になるんだが。

 こっちはチートなんてないし、腕っぷしに自信があるわけでもない。

 助太刀に行って邪魔になることもあるし、返り討ちに会う可能性もある。

 でも……やっぱり、見て見ぬふりはできないんだよなあ。


「近づいて様子を見よう。真っ先に飛び出して巻き込まれれば、邪魔になるかもしれない。それに戦っている相手が全滅していたら、こっちが狙われる可能性もある。ちょうど風下だし、慎重に行こう」

「は、はい」


 俺とエルサは慎重に近づく。

 すると、見えてきた……街道の先にある少し広い場所で、三人ほど戦っていた。


「あれは……ウィンドワーウルフです」


 エルサが言う。

 緑色の体毛を持つ、二足歩行の狼男といえばいいのか。

 身長は二メートルほど。数は四匹。

 武器は両手の爪……う、血が付いてる。

 戦っているのは三人。う……一人は首から大量出血してピクリとも動かない。もう一人は……うげ、片腕失って真っ青。最後の一人は弓を持った女の子だけど肩で息をしている。


「れ、レクス……」


 わかってる。

 このままじゃ、あの女の子は死ぬし、怪我人も殺される。

 でも、相手は四匹だ。大きさもあっちが上だし。

 幸い風下だ。俺たちの匂いは気付かれていない。

 でも……くそ、見殺しにするしかない……のか。



『きゅういいい!!』

「あだっ!? む、ムサシ……?」

『ぎゅうう!!』


 ムサシに突かれた。そして指を噛まれる。

 まるで『腰抜け!!』と叱られているような……そして、ムサシは飛び出した。


「む、ムサシ!!」

『きゅるああああ!!』


 口から野球ボールほどの火球を放ち、ウィンドワーウルフに向かって突撃した。

 

「レクス……わたしも行きます」

「エルサ……」

「わたしも怖いです。理由を付けて逃げたくなる気持ちもわかります。でも……ここで逃げたらきっと、これからも逃げちゃうと思います。わたし……もう」

「…………」


 エルサは立ち上がる。そして、俺も立ち上がった。


「ごめん!! そうだよな……ここで逃げたら男じゃねぇ!!」

「はい!!」

「行くぞエルサ!!」


 俺は双剣を抜き飛び出した。

 エルサも杖を握り俺の後ろへ続く。


 ◇◇◇◇◇◇


「え、誰!? え、なにこの白いの!?」


 弓を持った女の子が叫ぶ。

 ウィンドワーウルフは、ビュンビュン飛び回るムサシに爪を振るうが、小さすぎるのと素早いので当たらない。

 俺はムサシに気を取られている一匹の背後に接近し、両足を斬りつけた。


『グガァ!?』

「遅い」


 双剣を投げ、アイテムボックスから銃を取り出し、振り返った瞬間に連射。顔に数発の弾丸がブチ込まれ、後頭部から脳みそが飛び出した。

 アイテムボックスに素早く銃を収納し、投げた双剣をキャッチ。


『きゅいいい!!』

「悪いムサシ、一緒に戦うぞ!!」

『きゅああ!!』


 応!! そう叫んだように聞こえた。

 そして、三匹のウィンドワーウルフが俺に狙いを定める……が。


『ゴガッ!? が、ガガ……ゴボァ!?』


 真横から飛んできた『水玉』が、ウィンドワーウルフの頭を包み込む。

 水の玉……なるほど、あれで包み込めば呼吸はできない。しかも水だからつかめないし。

 ウィンドワーウルフはバタバタ暴れ、そのまま倒れた。

 

「誰だかわかんないけど、援護するよ!!」


 弓を持った女の子が矢を番え、エルサが杖を向ける。

 矢、水の槍が同時に放たれるが、ウィンドワーウルフ三匹目が回避。

 俺は素早く接近し、回避途中のウィンドワーウルフの腹に蹴りを叩きこんだ。

 威力は大したことないがバランスを崩し転倒。

 再び接近し、アイテムボックスから『ハンマー』を取り出し思い切りスイング。そのまま倒れていたウィンドワーウルフの頭を潰した。

 そして四匹目……立て続けに三匹やられ、戦意を喪失したのかジリジリ後退。そのまま藪の中に飛び込んで逃げてしまった。


「……終わった、か?」

『きゅいい!!』

「……ふはあ」


 俺は脱力……血濡れで、脳漿の付いた槌を支えにした。このままへたり込むのはカッコ悪い。

 すると、エルサが近づいて……フラフラしながら俺の腕にもたれかかった。


「す、すみません……なんか、力抜けちゃって」

「ははは……実は俺も。なあエルサ、後でこの槌と剣に水ぶっかけてくれ。血塗れだ」

「ひえっ!?」


 今更、転がっている死骸を見てエルサは青くなるのだった。

 やや力を抜いていると、女の子がしゃがみ込んでいるのに気づく。


「スミス、ヘド……ごめんね」


 傍には、死体。

 首を斬られた男と、腕を失った男が死んでいた。

 どうやら、腕を失った青年は間に合わなかったようだ。

 女の子は目を拭い、俺とエルサに向かって敬礼……今気づいた。女の子と死んだ二人、装備が全く同じだ。


「私は、クシャスラ騎士団第二中隊所属、弓士のリリカと申します。戦闘の助力感謝します!!」

「クシャスラ騎士団って、風車の国クシャスラの騎士?」

「はい!! う……」


 女の子……リリカは敬礼したまま、ポロポロ涙をこぼす。

 仲間を失ったばかり。なんと声をかければいいのか。

 

「すぐに部隊の仲間が到着します。もしよろしければ、お礼をしたいので本国までご同行をお願いします!!」


 なんだか、観光とか言ってる場合じゃなさそうだ。

 俺はエルサと顔を見合わせる。


「……一緒に行くか」

「はい。そうしましょう……」


 風車の国クシャスラか……なんだか、一波乱ありそうだ。

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