ドラグネイズ公爵家にて①

 リューグベルン帝国、ドラグネイズ公爵家。

 名家であり、史上最強のジョブである『竜滅士』の家系であり、帝国最強の貴族。

 竜滅士の本家ドラグネイズ公爵家の当主、帝国最強の竜滅士にして『六滅竜』の一人であるバルトロメイ・ドラグネイズは、冷や汗を流していた。

 理由は、目の前にいる少女……愛娘シャルネの威圧。


「父上。どういうことでしょうか」

「……な、何がだ」

「お兄ちゃん……お兄様のことです!!」


 シャルネは、額に青筋を浮かべ父を怒鳴りつけた。

 部屋の隅にいた兄のフリードリヒも「うわぁ~……」と気の毒そうに肩を竦めている。


「追放? お兄様が何をしたと言うのですか!! 『竜誕の儀』は神からドラゴンを授かる儀式!! そこにヒトの意思が尊重されるはずがないと父上もご存じでしょう!! お兄様が授かったドラゴンを否定し、その責任をお兄様に負わせ追放!? 誇り高きドラグネイズ公爵家の当主がすべきことですか!?」

「シャルネ、貴様当主であるワシに」

「黙りなさい!!」


 バン!! と机を叩くシャルネ。バルトロメイはその圧力に口をつぐむ。

 すると、パンパンと手を叩くフリードリヒが割り込んだ。


「シャルネ。そこまでだ」

「お兄様……あなた、なぜレクスお兄様を止めなかったのですか!?」

「最初は止めようとした。だが、あいつは……ここを出た方がいいと判断した」

「……え?」


 フリードリヒはため息を吐いた。


「ドラグネイズ公爵家にも見栄がある。神から賜ったドラゴンがあんな『手乗りドラゴン』じゃ見栄えが悪いにもほどがある。幸い、お前が授かった『氷狼竜』フェンリスは、幻想級に至る可能性を秘めているから何とかなったがな……」

「それは……」


 ドラゴンには、階級が存在する。

 天級から始まり、天空級、彼方級、永久級、幻想級、そしてドラゴンの最上級である神話級。

 現在、神話級ドラゴンは存在しない。竜滅士最強である『六滅竜』の使役する『幻想級』のドラゴンが最強なのである。

 

「現在、ドラグネイズ公爵家を所縁とする竜滅士の数は六百名……竜滅士の本家であるドラグネイズ公爵家に、レクスのような『天級』以下のドラゴンを使役する者がいてはならないんだよ」

「……だからって、追放なんて!!」


 シャルネは歯噛みする。

 フリードリヒはため息を吐き、シャルネに言い聞かせるように言う。


「本当は、追放なんてするつもりはなかったんだよ」

「え……?」

「レクスには、ドラグネイズ公爵家の持つ領地で、領主代行の地位を与えて領地運営を任せようと思ってたんだ。あいつは昔から頭もよかったしな……オレも父上も、見ての通り王都から離れるわけにはいかないし、いつまでも領地をほったらかしにするわけにもいかんしな」

「お、お兄ちゃんが領主に?」

「ああ。曲がりなりにも本家の次男だし、あいつが領地を運営するのに何の問題もない。ですよね、父上」

「…………ああ」


 バルトロメイは頷いた。

 大きくため息を吐き、頭を押さえている。


「最初、父上は確かにレクスを怒鳴りつけた。授かったドラゴンを出来損ないと言ったし、あいつに責任を押し付けた。落胆する気持ちはオレにもわかったさ」

「…………」

「心を落ち着かせ、父上は領地に行くように言おうとした。でも……レクスは何て言ったと思う? あいつは『自分を殺すのか』って言ったんだ」

「……え」


 シャルネは驚いた。

 そして、バルトロメイを見た。確かに厳しい父ではあるが、子に対する愛情は間違いなくある。


「平坦な声で『殺すのか』って、自分の親に言ったんだ。父上にそんなつもりは欠片もなかった。そしてあいつは自分から家を出るって言ったんだ……正直、オレはそっちの方がいいと思った。あいつは……少し、怖い」

「お、お兄様……」

「…………はあ」

「ち、父上も……」


 バルトロメイは、疲れた顔でシャルネに言う。


「ワシは、レクスを殺そうなんて思ったことはない。断じてな……だが、あいつはそうは思っていなかった。あいつは……ワシが、自分を殺すと確信していたような……そんな気がする」

「……父上」

「家を出ると言ったとき、ワシは止められなかった。すぐに言葉を返せなかった……」


 シャルネはそれだけ聞くと、頭を下げた。


「……申し訳ございませんでした、父上」

「…………」


 バルトロメイは何も言わず、小さく頷くのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 父の部屋から出ると、フリードリヒも一緒に出てきた。


「ところで、アミュアは?」

「その、落ち込んでます。傍にアグニベルトが付いていますけど……」


 アグニベルトは、アミュアが授かった甲殻種のドラゴンである。

 フリードリヒがため息を吐く。


「アミュアは、レクスのこと好きだったもんな。あいつが領主になれば、そのまま嫁として迎えることもできたんだが……」

「…………」

「とりあえずは仕方ない。それよりシャルネ、お前とアミュアに『竜滅庁』から指令が下るぞ」

「竜滅庁から?」


 竜滅庁とは。

 リューグベルン帝国王族とは別の、王族と同じ権力を持つ組織である。

 組織の運営は『六滅竜』が担い、そこに所属する竜滅士合計六百名が、命令によって各地で任務を行う。

 

「お前は『氷』属性だから『氷黎神竜』イスベルグ様の下だな。アミュアは『炎』属性だから『炎獄神竜』ディアブレイズ様の下だ。新人だし、そう難しい指令は下らない。補佐の竜滅士もしばらくは付く」

「イスベルグ様か……あのお方、すごい美人なんだけど少し怖いのよね」

「ディアブレイズ様のがこぇぇよ。あの筋肉ダルマ……じゃなくて、ちゃんと準備しておけよ」

「はぁい……はあ」

「……お前もレクスにべったりだったしな。いなくて寂しい気持ちはわかる」

「……そんなことないもん」


 シャルネはそっぽ向き、フリードリヒに舌を見せてその場を後にした。


 ◇◇◇◇◇◇


 シャルネは、ドラグネイズ公爵家の所有する『竜滅士訓練場』にやって来た。

 そこにいたのは、全長三メートルほどの、全身が鎧のような甲殻に包まれた真っ赤なドラゴン、『烈火竜』アグニベルトと、ラフな格好で拳を振るうアミュアがいた。

 アミュアは、長い赤髪をポニーテールにして、大汗を流しながら拳を振るっている。

 シャルネに気付くと、少しだけ微笑んで片手を上げた。


「アミュア。あなたも訓練?」

「ううん。様子見……あれ? アグニベルト、何だか大きくなってない?」

「うん。ちょっと成長した。ドラゴンの成長って早いね」


 全長二メートルほどだったアグニベルトは、三メートルほどに伸びていた。


(早すぎない? ドラゴンは幼体で生まれるけど、身体が成長を始めるのは授かってから三か月後くらいのはずだけど……)

『ガロロロ……』


 アグニベルトは、甲殻の隙間から火の粉を噴き出していた。

 アミュアは汗をぬぐう。


「ふう……」

「アミュア。ドラグネイズ流格闘術、本気で極めるの?」

「うん。武器をいろいろ試したけどしっくりこなくて……でも、アグニベルトを授かってから、これが私の戦闘スタイルって確信できたんだ。魔力で身体を強化すれば、筋力がなくてもいけそうだし。私、筋肉が付きにくいみたいなのよね……胸は出てるのに」


 アミュアは、十六歳のわりに大きな胸を邪魔そうに揉む。

 そのボリュームに、シャルネは頬をヒクつかせた。


「あ、そうだ……あたしとアミュア、指令を受けるかもだって」

「指令って、竜滅庁から?」

「うん。属性で所属する場所が違うけど、新人同士だし、一緒に指令受けるかもってお兄様が言ってたよ」

「そっか……」

「……アミュア。お兄ちゃんのこと、気になるよね」

「まあね……」

「お兄様から聞いたんだけど……聞く?」


 シャルネは、父と兄から聞いたレクスのことを話す。

 アミュアは肩を落とした。


「あいつ……ほんと馬鹿」

「……アミュア」

「あーあ。あいつが領主になれば、婚約できたのになあ!! レクスの馬鹿!!」


 アミュアは叫んだ。

 悔しそうに、そして悲しそうに。


「はあ……私、諦められないなあ。せめてちゃんとお話をしたいかも」

「あたしもだよ。勝手にいなくなって……一言くらい何かあってもいいのに」


 アミュア、シャルネは顔を見合わせて笑う。

 レクスに一言。その気持ちは同じだった。


「よし。シャルネ、あいつのこと探しましょっか」

「うん。指令の間にでも、探すことできるよね」

「そうね。私……自分の気持ち伝えるまで、諦めないし」

「うん!! あたし、アミュアお姉ちゃんだったら嬉しいもん」


 アミュアとシャルネは、レクスのことを諦めるつもりはなさそうだった。

 

「そういえば、指令ってどんなのかな?」

「お兄様が言ってたけど……最近、風車の国クシャスラで謎の暴風が発生してるんだって。その調査じゃないかなって言ってた」

「へえ、面白そう」


 風車の国クシャスラ。

 奇しくも、レクスがエルサと『観光』するために向かった国だった。

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