情報収集

 初依頼を終えた。

 俺、エルサは打ち上げで宿屋近くの飲み屋へ向かった。

 飯屋ではなく飲み屋……実はこの異世界、成人が十六歳からなので、俺とエルサはもう酒を飲める。

 だが、なんとなーく飲むとか考えたことがなかったので、今日は初めての飲酒である。

 ちなみに俺……若くして死んだので生前も酒を飲んだことはない。

 そして、居酒屋っぽいところに入って驚いた。


「あれっ、お二人さんじゃない」

「「ミュランさん!!」」


 エルサと声が揃ってしまった。

 ミュランさんはカウンター席に座っていたが、店主に「席移動するねー」と言って円卓へ。

 俺とエルサにちょいちょいと手招き。円卓に座り、ムサシをテーブルに置くとコロコロ転がった。


「あはは。なんか恥ずかしいね、さっきは『またどこかで』なんて言って別れたのに、まさか居酒屋で再会するなんてねー」

「いや、そんなことないっすよ。また会えてうれしいっす」

「はい。わたしもです」

「嬉しいこと言うね。ここに来たってことは、初依頼の成功祝いに打ち上げってところかな?」


 まさにその通り。

 ミュランさんは笑うと、店員さんに料理と酒を頼む。


「よし、ここはお姉さんの奢り。お酒、飲んだことある?」

「いや、俺もエルサも未経験で」

「あの……できれば、優しくて甘い味のお酒で」

「ぷっ……あはは!! わかったわかった。甘めのね」


 注文したのは甘い果実酒だ。


「じゃ、依頼の成功を祝して……かんぱいっ」

「「かんぱーい」」


 グラスを合わせて飲んでみると……甘酸っぱい。りんごみたいな味だ。

 エルサは飲むとにっこり顔を綻ばせる。


「おいしい~」

「アプ酒っていう果実のお酒だよ。おいしいでしょ?」

「はい。飲みやすくて、しかも甘いです」

『きゅるるー』

「お? この子もいけるクチだね」


 いつの間にか、小皿にアプ酒を注ぎ、ムサシがペロペロ舐めていた……いつの間に。

 ムサシ、あっという間に飲み干し、俺におかわりを要求してきた。

 それからしばらく、お酒を飲みながら料理を楽しんだ。

 居酒屋メニューというか、煮物や揚げ物が多い。生野菜サラダもあり、俺は肉と野菜を交互に食べていた。

 ふと、俺は聞いてみた。


「あ、ミュランさん、ちょっと聞きたいんですけど……クシャスラってどういうところか知ってます?」

「そりゃもちろん。ここ、国境だしね」

「俺とエルサ、今度はそこに行く予定なんです。有名どころとかあれば教えてもらえませんか?」

「……あー、知らないのか」


 ミュランさんは表情を曇らせる。


「今、クシャスラはちょっと荒れてるんだよね……風が」

「……風?」

「うん。風車の国クシャスラって、『風』属性を司る国ってのは知ってるよね? でも今、理由は不明だけどクシャスラ全域で『風』が荒れ狂ってるらしいんだ」


 初めて聞いた。

 俺はアプ酒のグラスを置く。


「天気が悪いとかじゃなくて……?」

「わからない。天気がいい日もあれば、とにかく荒れる日もある。でも最近は毎日強風……しかも、なぜか魔獣も活発化してる。クシャスラ所属の冒険者たちは毎日大忙しだって」

「そうなんですか……」


 面倒ごとにならないといいけどな……少しだけ嫌な予感。


 ◇◇◇◇◇◇


 さて……飲み終わり、宿に帰るんだが。


「ふわ~」

「お、おいエルサ……しっかりしろって」

「いや~、けっこう弱いねえ。お酒」


 エルサがフワフワしていた。立っているんだが、なんかフラフラ揺れている。

 ちなみにムサシも酔っ払い、俺は強制的に紋章に押し込んだ。

 ミュランさんは言う。


「レクス。エルサは恋人なの?」

「え、いやそういうんじゃなくて、同士といいますか……仲間です」

「そっか。じゃあ、部屋まで送るのはちょっと躊躇うかな。私が運んであげるから、一緒に行こうか」

「すみません……」

「いいのいいの。ほら、行くよ」


 ミュランさんはエルサをおんぶする。

 宿までは歩いて五分くらいだ。

 宿屋に到着して部屋まで送る……部屋に鍵が掛かっていたので、ミュランさんはエルサのポケットから鍵を取り出し、そのままベッドに寝かせて部屋から出てきた。

 俺は一階までミュランさんを見送る。


「すみません、ありがとうございました」

「いいって。ところで、クシャスラには行くんだね?」

「ええ。そのつもりです」

「そっか。気を付けてね」

「はい。ミュランさんは、まだこの街に?」

「ん~……私も旅の冒険者だし、この街もけっこう長いのよね。そろそろ、新しいところに行くのもいいかなって考えてる。でも、まだその時じゃないかな」

「そうですか……」

「あはは。仲間になって欲しかった? でも……きって、今は二人と一匹の旅の方がいいと思う。私があれこれ教えるのもいいけど、きみたちは素直だし、自分の目で見て考えた方がきっと成長する」

「……はい」

「じゃあ、またね。レクス、エルサにも伝えておいて……よい旅を」

「はい。ミュランさん、ありがとうございました。またどこかで」


 ミュランさんは微笑み、軽く手を振って夜の街に消えた。

 今日は偶然に居酒屋で出会ったけど……なんだかもう、この街に滞在している間には会わない気がした。


 ◇◇◇◇◇◇


 それから数日、足りない物を補充したり、何度か薬草採取の依頼を受けた。

 一度だけ、早朝の冒険者ギルドに行って『依頼書の争奪戦』とやらに参加してみたが……そりゃもう、酷かった。

 限定品を買うために並ぶ転売ヤーみたいな、とにかく順番とか関係なしに依頼書を取り合うという、この世の地獄みたいな場所だった……正直、もう二度と並びたくない。

 というわけで、俺とエルサは残り物依頼専門になることを決意。

 ルロワの街に滞在して十日ほど……そろそろ、出発という話になった。


「次は、風車の国クシャスラですね」

「ああ。風の国か……どんなところだろう。やっぱ風車が多いのかな」

「楽しみですね。いろいろ観光地も調べたし、楽しめそうです」

「うん。ムサシも楽しみだろ?」

『きゅうう!!』


 ムサシは、俺とエルサの周りをビュンビュン飛ぶ。

 さて、そろそろリューグベルン帝国とは本当のお別れだ。

 

「さて、出発は明日……エルサ、いいな?」

「はい!!」

『きゅるる!!』


 いよいよ、新しい国に踏み込むぞ。今からすっごく楽しみだ!!

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