騎士リリカ

 俺、エルサは馬車に乗っていた。

 魔獣との戦闘後、クシャスラ騎士団が到着……騎士のリリカの同期が、兵士二人の遺体を丁寧に包み馬車に載せて、別の馬車に俺とリリカを乗せて本国まで送ってくれるそうだ。

 風は少しだけやんでいた。

 俺は、気落ちしているリリカをチラッと見る。すると、リリカがこっちを見た。


「あなたたち、すごく強いね。ウィンドワーウルフ四体を同時に相手できるなんて」

「いや、かなりいっぱいいっぱいだったよ」

「ですね……今思い出しても、身体が震えます」


 けっこう無茶だった……あの時は、あまり考えずに身体が動いた。

 リリカはクスっと笑う。


「冒険者だよね? 向こうから来たってことは、リューグベルン帝国から?」

「ああ、そうだ」

「あ、自己紹介してませんでした。わたしはエルサ、こちらはレクスです」

「よろしく」

「うん。その……こんな時に大変だけど、クシャスラを楽しんでね」


 リリカは笑った。

 あまり気を使いすぎると落ち込むパターンだ。

 せっかくだし、現地人に聞いてみるか。


「なあリリカさん。質問していいか?」

「リリカでいいよ。歳も近そうだし……それでレクス、質問って?」

「じゃあリリカ。クシャスラっていつもこんなに風が強いのか? はじめはオスクール街道を通ったんだけど、あまりの強風にまともに進めなかったぞ。馬車も横転してたし……」

「ああ……実は、原因はわかってるんだけど、どうしようもないの」


 リリカは馬車から身を乗り出し、空を見上げた。


「実は、正体不明の魔獣が現れて、クシャスラの空を支配しちゃったの」

「そ、空を支配?」

「うん。たまに上空を飛んでるけど……その魔獣が飛ぶと、『風』の魔法がまき散らされて、周囲を暴風で包み込むの……さっきの強風は、その魔獣がクシャスラ上空を飛んだ影響なんだ」


 驚く俺、そしてエルサ。

 ふと俺は思った。


「魔獣って……退治できないのか? そもそも、各国にはリューグベルン帝国から派遣される『竜滅士』が何人か常駐してるはずだろ?」

「……そうなんだけどね。実は、クシャスラに派遣されていた竜滅士が討伐に向かったけど……行方不明になったの」

「なっ……」


 再び驚く俺。

 竜滅士が行方不明って、まさか。


「まさか、その魔獣に負けたのか!? 竜滅士が!?」

「わからないけど、クシャスラ騎士団はそう見てる。そもそも、魔獣が空を飛ぶようになったのは、竜滅士が負けてから……恐らく、竜滅士が消えて安心したから空を飛べるようになったんだと思う。それまでは、クシャスラ本国に隣接する山から動くことはなかったんだけどね」

「あの……その魔獣って、どんな魔獣なんですか?」


 エルサの質問だ。

 魔獣だけじゃわかりにくいし、名前は知りたい。


「私たちは『アカマナフ』って呼んでるの。でっかい豚みたいな魔獣で、吐く息がすっごく臭くてさ……最初は騎士団で対処して追い払ってたんだけど、なかなか退治できなくて、竜滅士が山に登って巣を潰そうとしたの。そうしたら竜滅士が戻ってこなくて……アカマナフが空を飛ぶようになって、風魔法をまき散らして暴風を起こすようになったの」


 風魔法をまき散らす、か。

 空を飛んでるんじゃ、地上からはどうしようもない。


「でも、このままじゃまずいよな」

「うん。風が強すぎて、城下町の風車もいくつか壊されてね……クシャスラ本国の象徴である『大風車』は大丈夫だけど……」

「じゃあリリカ、リューグベルン帝国に頼んで、竜滅士を新たに派遣してもらうのはどうだ?」

「すでにお願いしたみたい。常駐していたのは彼方級の竜滅士だったけど、今度は永久級の竜滅士を派遣してもらうよう申請したって」

「……かなた、とこしえ?」


 エルサが首を傾げる。

 俺が説明した。


「竜滅士の使役するドラゴンには階級がある。神様から授かった時は幼竜だけど、ある程度成長すると天級に分類される。それから天空級、彼方級、永久級、幻想級って階級が上がっていくんだ」

「そうなんですね……知らなかった」

「竜滅士は六百名くらい存在するけど、永久級は全員がリューグベルン帝国に常駐している。天空級、彼方級が各国に派遣されているんだ。それと、最強の竜滅士である幻想級は、地・水・風・炎・雷・氷の六属性に一体ずつ、それぞれ『六滅竜』としてリューグベルン帝国最強の竜滅士って呼ばれているんだ」

「……レクス、あんた詳しいね」

「あ、いや」


 リリカがじーっと俺を見ていた。

 やべ、ちょっと説明楽しくて調子に乗ってしまった。

 俺が『雷』属性最強であり『六滅竜』のリーダーであるドラグネイズ公爵家の元次男って知られたら面倒ごとになるかもしれない。


「え、えっと……竜滅士のファンなんだ」

「へー、そうなんだ。マニアなんだね」

「あ、ああ」


 ……この世界にも『マニア』って単語があるんだな。

 ちょっと釈然としないが、まあいいか。

 リリカは「さて」と言い、俺たちに言う。


「本国までは一日かかるけど、道中は守るから安心して」

「一日か……徒歩では七日の予定だったけど」

「馬車だし、騎士団専用のルートもあるからね」


 観光の予定もあったけど……この事態が収まるまでは仕方ないな。

 しばらくクシャスラ王国に滞在して、騎士団と派遣された竜滅士が『アカマナフ』を討伐するまで、大人しくしていた方がよさそうだ。

 するとエルサが言う。


「あの、リリカさんたちは何で、あそこで戦ってたんですか?」

「ああ、アカマナフの影響なのか、最近は魔獣が多いのよ。それに……どういうわけか、魔獣も強くなってる」

「……アカマナフのせいなのか?」

「わからない。今回は騎士団の中隊をさらに分けて魔獣の対処をしていたんだけど、まさかウィンドワーウルフが四体も現れるなんて……はあ」


 仲間を失ってしまったリリカ……掛ける言葉がない。

 なんとなく気まずい雰囲気になる。するとリリカが顔を上げた。


「あ、そうだ!! レクスにエルサ、本国に到着したら街を案内してあげる。アカマナフはしばらく出ないと思うし……風車の国クシャスラの有名どころ、案内するよ」

「いいのか?」

「うん。新しいお友達に、クシャスラを楽しんで欲しいからね」

「……じゃあ、お言葉に甘えて。レクス、いいですよね」

「ああ。ぜひ頼む。あ、そういえば紹介していなかった。リリカ、俺の相棒を紹介するよ」


 紋章からムサシを召喚、リリカに見せる。


「わあ、かわいい~……レクスの獣魔?」

「ああ。ムサシって言う……ん? おいムサシ、どうした?」

『…………』


 ムサシは身体を丸め、何故か震えていた。

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