ルロワの街
いつの間にか山道になり、魔獣に警戒しながら進むこと半日。
道が少しずつ荒れ、地元民も入らないくらい奥へ進んだ。
地図を確認すると、あと一時間も歩けばオスクール街道に出る。だが、すでに夕方近い。
俺は地図をしまい、エルサに提案した。
「そろそろ暗くなるし、今日はこの辺で野営しよう」
「はい。こういう時、いい場所は……」
周りを確認。
水場は近くにない、周囲は木々に囲まれている。
漫画とかだと、都合よく横穴とかあるんだが……さすがにそううまくいかないか。
見つけたのは岩場。というか、見上げると大きな崖になっており、ここは崖下のようだ。
「四方に何もないと無防備だし、大きな岩を背にすると安心できるな」
「そうですね。えっと……あ、見てください。やっぱりありました」
「……おお!!」
エルサが見つけたのは、ちょうどいい感じの横穴だった。
中を見ると、焚火の跡がある。けっこう古い感じだ。
「ここを選んで通る冒険者が使った痕跡みたいです。この横穴も、冒険者たちが掘った場所かも」
「そりゃありがたい。よし、横穴にテントを張るか」
横穴はけっこう狭いし奥行きもない。
テントを張り、手前に焚火の用意をすれば、後ろから襲われることはない。
入口だけを警戒すれば、魔獣が現れても大丈夫だろう。
「こうやって、少しずつ野営慣れしていこう」
「はい。ふふ、手探りですけど、レクスと一緒に学んでいくのは楽しいです」
嬉しいこと言うなあ。
この日、交代で野営をしたが、魔獣に襲われることなく一夜を過ごした。
今更だが……もし一人だったら、こんな魔獣が出る山で一人野営してたんだよな。幽霊とか信じてるわけじゃないが、正直怖いぞ。
エルサがいてくれてよかった……仲間って大事なんだな。
◇◇◇◇◇◇
そして翌日。
山道を抜け、オスクール街道に合流……広く安全な道を進むこと半日。
途中、茶屋でお昼を食べたり、街道沿いで行商人が臨時のバザーみたいなのを開催しているのを覗いたりしながら進み、ようやく見えてきた。
「あ!! レクス、あれです!! ルロワの街です!!」
「おお~……でっかいなあ」
大きな壁が見え、その先に町があった。
ルロワの街。リューグベルン帝国と風車の国クシャスラの国境だ。
町を抜ければいよいよ他国……風車の国クシャスラだ。
「なあ、何日か滞在して風車の国クシャスラについて情報集めてみようか」
「いいですね。名産品とか、観光地とか知りたいです。あ、それとムサシくんの獣魔登録もしないとですね」
「ああ。それと、国境を超えるのは……」
「冒険者カードで大丈夫だと思います。あ、せっかくですし冒険者ギルドで依頼を受けてみるのはどうでしょう? お金も限りがありますし……旅をするなら路銀が必要ですからね」
「確かに……よし、ルロワの街では情報収集と依頼を受けよう。それと、足りない物を補充して、獣魔登録をして……うんうん、意外に忙しいな」
「あはは。でも、急ぐ旅じゃありませんし、のんびりいきましょうね」
「ああ。じゃあ、いざルロワの街へ!!」
エルサと出会ってまだ数日だが、仲良くやれてると思う。
さっそくルロワの街に正門に到着。冒険者カードを門兵に見せると、あっさり中へ入れた。
「まずは宿を確保かな」
「はい。あの、レクスはまだお金あります?」
「まあ余裕はあるよ」
ドラグネイズ公爵家から支給される一年分の支度金がそのまま残ってるし、これまで貯めていたお金も全部持って来たからな……ぶっちゃけただ暮らすだけなら数十年は問題ない。
だからといって、冒険者活動しないということはない。どういう出費があるかわからんしな。
すると、エルサが言う。
「わたしも何とか大丈夫です。あの~……提案なんですが。自分でもともと持っているお金はそのまま管理するのは当然ですけど、これから冒険で稼いだお金は、共用のお財布に入れませんか? 稼ぎを三分割して、わたし、レクス、共通のお財布に入れるってことで」
「そりゃいいな。じゃあ、食材とか宿代は共通の財布から出せばいいか」
お金で揉めるのだけは嫌だしな、いい提案だ。
とりあえず、ここでの滞在は自分の財布から出す。
「宿はどこにする?」
「えっと……その、できればシャワーがあるところがいいです」
「了解。となると、あまりボロボロのところはやめて、町の中心付近で、なおかつ小奇麗なところ」
国や町で共通していることの一つに、中心地には大きな宿や店、そして冒険者ギルドみたいな施設がある。
だいたいが高級店だが、少し離れるといい感じの宿が多い。
町の中心へ向かい、いい感じの宿を探すと……見つけた。
「エルサ、ここはどうだ? 三階建て、入口はそこそこ広く、建物は小綺麗……高級そうなあっちの宿よりはグレードが低そうだけど、ここならシャワーもあるはず」
「いいですね。じゃあ、ここで!!」
さっそく宿で確認。
ふ……お約束展開では『一部屋しか空いてなくて……』とかで、ヒロインとドキドキ同室ってことになるが、ちゃんと二部屋空いてたぜ。
部屋は二階。しかもシングルルームで隣同士、部屋にはシャワーにトイレも付いてる。
部屋を確認し、部屋の外へ出ると、ちょうどエルサも出てきた。
「いいお部屋ですね」
「ああ。じゃあ、しばらくはここが拠点。さて……ちょうどいい時間だし、昼飯食いにいくか」
「はい。そのあとはどうします?」
「そうだな。先に獣魔登録を済ませて、そのあとは自由時間にするか。明日は冒険者ギルドに行って依頼を探してみよう」
「そうですね。一人の時間も大事です」
俺とエルサは一階へ。
受付カウンターに座る宿屋のおばさんに聞いてみた。
「あの、ルロワの街で有名な食べ物ってなんですか?」
「そうだねぇ……ふふん、うちの食事もおいしいけど」
「あ……あ、明日の朝もらいます」
「あっはっは、冗談だよ。ルロワの街は何でも美味いさ。まあ、ここは国境の町だし、クシャスラとリューグベルンのメシがどっちもある。まあ、腹を満たすことだけ考えな」
まあ、名産はないけど何でも美味いってことか。
宿の外に出て町の中心へ向かうと、いい香りがしてきた。
「お……出店が多いな」
「本当ですね。串焼き、海鮮スープ、焼きたてパン……」
「……そういえば俺、ああいう出店で食べたことない」
「……わたしもです」
互いに顔を見合わせて笑い、本日の昼食は決まった。
◇◇◇◇◇◇
昼食を終え、俺とエルサは冒険者ギルドにやって来た。
「間取りはリューグベルン帝国とあまり変わらないな」
「ええ。でも、なんか新鮮な感じがしますね」
「確かに。じゃあ俺、獣魔登録済ませるから、エルサは待っててくれ」
「はい。わたし、依頼掲示板を見てますね」
エルサは依頼掲示板へ。
俺は受付へ向かい……うーん、ここは女性の受付だけか。じゃあ、ベテランそうなおばさんにしておくか。
「あの、すみません。獣魔登録したいんですけど」
「はいよ。獣魔登録ね」
ちょっとぶっきらぼうなおばさんだ。でも、登録には関係ないのでスルー……俺、こういうの気にならない人間なのであしからず。
俺は普通に紋章からムサシを召喚……背筋に冷たい汗が流れた。
(やべっ、人前で契約紋章から召喚しちまった……!!)
事前に呼び出しておくべきだったが、気が緩んでいた。
心臓が跳ねあがるが……おばさんは何も言わない。
「じゃ、登録するからこの子の名前。紋章はすでに刻んであるね」
「……へ?」
「紋章だよ紋章。獣魔を収納する紋章」
「え、あ、ああ……はい」
契約紋章……だよな。
あれ、これってテイマーならみんな知ってるのか?
「あ、あの……契約紋章って、どうやって刻んでるんですか?」
「はあ? あんた、冒険者ギルドで契約紋章入れたんだろ? やり方なんて『紋章師』に聞けばわかることさね。ほら、さっさと記入する」
「あ、はい……」
紋章師ってなんだろ……うーん、契約紋章ってテイマーではあたり前なのか。
てっきり、ドラゴンを収納するために竜滅士が作り出したモンなのかと。
まあいいや。とりあえず書類に名前を記入して、と。
『きゅうう』
「おいムサシ、手に乗るなって……書きにくい」
ムサシが俺の手に甘えてくる。
書類を提出すると、おばさんは確認をしてコピー機みたいな魔道具に紙を入れる。
そして、俺の手に甘えるムサシにカメラのような魔道具を向けた。
「冒険者カード」
「へ?」
「冒険者カードを出しな」
「あ、はい……」
冒険者カードを出すと、おばさんがカードを魔道具に差す。
それから数秒して、魔道具からカードが排出……カードに小さな獣のマークが刻まれた。
「はい、登録完了。これであんたの魔獣は登録されたからね。獣魔が悪いことしたら、登録された情報ですぐにわかるようになってるから、ちゃんと躾しておきなよ」
「なるほど……」
今更だが、この世界ってけっこうハイテクだな。
魔道具。写真みたいなものもある……さすがにスマホとかないか。
でもこれで、大手を振ってムサシを出しておける。
俺はおばさんに礼を言い、ムサシを肩に載せて依頼掲示板の前へ。
「なあ、いいだろ別に」
「い、いえ。あの……わたし、もう仲間がいますので」
「いいじゃん、そいつも一緒でさ。これから冒険行こうぜ!!」
「魔法師の仲間欲しかったのよねー」
掲示板の前に行くと、エルサが絡まれていた。
男二人、女一人のパーティーだ。歳も同じくらいかな。
「あ、レクス。ごめんなさい、仲間が来たので」
「仲間って、二人だろ? なあそっちの、オレらとパーティー組まね? 一緒に冒険者しようぜ」
おお、勧誘か。
エルサが俺の隣に来て言う。
(すみません。その、勧誘がしつこくて……)
なるほどな。
まあ、悪いけど仲間にはなりません。
「すまん。俺らは冒険者じゃないんだ」
「はあ? ギルドにいるじゃねーか。しかも武器持ってるし」
「資格としては持ってる。でも、ダンジョンとか興味ないんだ。俺らの目的は『旅』だしな」
「意味わかんねー……まあいいや、行こうぜ」
三人は行ってしまった。
エルサはその後ろ姿を見送って言う。
「……冒険者って、あの人たちみたいな人を言うんですよね」
「まあそうだな。でも、俺らは俺らだし、関係ないよ」
「……はい」
「と、それより、ついにムサシの獣魔登録が終わったんだ。これからはずっと一緒にいられるぞ」
『きゅううー』
「やった。ふふ、よかったね、ムサシくん」
『きゅるるる』
ムサシは嬉しいのか、俺たちの周りを何周も飛び回った。
「さて、登録も終わったし、今日は自由時間にするか」
「はい。じゃあわたし、この街にある本屋に行ってみますね」
「俺、武器屋とか見てみたいんだよな。晩飯はどうする?」
「じゃあ、夜の六時に宿屋に集合……って感じでどうですか?」
「賛成。じゃあ、また後で」
「はい。では」
仲間だけど、自分の時間も大事にする。
さて、俺も武器屋に行ってみるとしますかね。
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