はじめての野営

 エルサを仲間に加え、俺とエルサとムサシの旅が始まった。

 さて、仲間だ。特に意図したわけじゃないが、女の子の仲間だ。

 やはり、旅をする上で大事なことはいくつもある。

 俺は肩の上で眠るムサシを撫でながら言う……器用に寝るなあ。


「あの、エルサ。これから一緒に旅をするわけだが……」

「はい」

「その、いろいろ確認しておこう。快適な旅をするためには、互いを理解しなくちゃいけないしな」

「確認ですか? えっと……」

「まず、持ち物だ。俺はアイテムボックス持ってるけど、エルサは持ってるか?」

「はい、着替えとかはこちらのアイテムボックスに。お財布とか、大事なものはこっちで、カバンの中には現金を少し入れてます」

「おお、俺と同じだ」


 防犯的な意味で、アイテムボックスに大事な物を入れるのは当たり前のことらしい。

 アイテムボックスは、魔力で『登録』をすれば、自分以外の人に確認することはできない。小さな金庫を持ち歩いているようなもんだ。

 

「えっと……道具屋さんでいろいろ聞いて、野営用の道具は揃えました。でも、まだ使ったことなくて……」

「道具屋……もしかして」


 俺は飯盒を取り出して見せると、なんとエルサも同じ物を持っていた。

 どうやら、同じ道具屋で揃えたようだ。これなら安心だな。

 俺は空を見上げる。時間的にはお昼の三時くらいだろうか。

 あと一時間も歩けば次の村に到着し、明日にはルロワの街に到着する。


「エルサ、提案していいか?」

「何でしょうか」

「あと一時間も歩けば中継地点の村に到着するけど、せっかくだし今日は野営してみないか? 安全のため、村の近くでさ」

「わあ、いいですね。賛成です!!」

『きゅうう』

「ふふ。ムサシちゃんも野営したいみたいですね」


 ムサシは起きると、エルサの差し出した手に乗り丸くなった。

 というわけで、今日は野営をすることになった。


 ◇◇◇◇◇◇


 その日の夕方。

 俺とエルサは、村からほど近い水場の近くに到着。

 大きな岩を背にして、周囲を確認した。


「……魔獣とかはいなそうだな」

「はい。そっちの方が助かります……」


 まだここまで、一度も戦闘していない。

 すると、ムサシが嬉しそうに周囲を飛び回っていた。


『きゅい、きゅいい!!』

「おお、テンション高いな。どうした?」

「ふふ、嬉しいんじゃないですか?」

「ははは。まあ、ずっと紋章の中だったし、今日はずっと外にいていいぞ。よし……エルサ、俺たちは野営の準備をしよう」

「はい。えっと……テントを出して、と」


 テントは細長い、一人用のワンタッチテントだ。

 細長い棒にワイヤーが通してあり、ワイヤーを引っ張ると一気にテントが形成される。

 ワイヤーを引くだけなので、俺もエルサも簡単に準備できた。

 そして、テントの中に寝袋を敷き、準備は完了。

 あとは、椅子とテーブル、焚火台を用意する。そしてエルサが薪を出した。


「あれ、薪」

「あ、はい。野営するのに必要だと思って、いっぱい買っておいたんです」


 そっか~……異世界の漫画とかでは枝とか拾って火を着けるけど、アイテムボックスあるなら薪を買って入れておけば楽勝だな。落ちている木って水分含んでるから、火は付きにくいし煙もいっぱい出るし。


「ありがとうエルサ。俺、そこまで考えてなかった」

「いえ……でも、役に立ってよかったです」

「よし。ムサシ、ちょっと来てくれ!! この薪に火を着けられるか?」

『きゅいい!!』


 ムサシは口からボッと火を噴くと、薪が勢いよく燃えだした。

 感謝感謝。お礼に、俺は食材を取り出した。


「お礼に、今日の夕食は俺が用意するよ。サンドイッチでいいか?」

「い、いいんですか?」

「ああ。薪、今度は俺も準備しておく。次の食事はエルサに任せるからさ」

「はい、じゃあお任せしますね」


 焚火台。日本でも見るような折り畳み式で、網もちゃんと付いていた。

 おかげで、網の上で肉も焼けるし、パンも軽く炙れるぞ。

 パンを焼き、チーズを炙って軽く溶かし、トマトを乗せて、肉を乗せる。

 この世界にある野菜、日本で見たのと似てるんだよな。おかげで調理も簡単だ。

 エルサは「おお~」と言いながら俺の手際を見ていた。


「すごいですね!! レクス、料理上手です!!」

「まあ、初めてだけど何とかなるもんだなあ……あれ、ムサシは?」

『きゅい』


 ムサシ、いつの間にエルサの頭の上に……エルサも今気づいたのか、驚いていた。

 

「ははは、気に入られたなあ」

「ふわふわして可愛い~」


 さて、食事の準備はできた。

 俺の特製サンドイッチ。味の方は……うん、うまい。


「おいしい~!! レクス、すごいです!!」

「いやあ。そう褒められると照れるな」

『きゅうるるる!!』


 ムサシ用に小さいのを作ったが、ガツガツ食べていた。

 こうして、夕食は大成功。初めての料理……いや、成功してよかったよ。


 ◇◇◇◇◇◇


 さて、すっかり日も暮れた。

 俺はランプを出すと、エルサがハッとする。


「あ、ランプ……わたし、持ってなかったです」

「こうして野営すると、互いに足りないのわかるな。ルロワの街で買おう」

「はい。こうしてみると、アイテムボックスって本当に便利ですね」

「だな……エルサのはどのくらい容量がある?」

「私のは、大きめの木箱十個分くらいです」

「俺はコンテナくらい。実家に用意してもらったヤツだしな……」

「さ、さすがドラグネイズ公爵家ですね……」


 指輪は四つ、それぞれコンテナほどの容量か……これもある意味でチートだよな。

 俺は予備の指輪をひとつ外し、エルサに渡す。


「え……?」

「ひとつあげるよ。これ予備で、何も入っていないし登録もしていないから。エルサの魔力を送り込めば、専用のアイテムボックスになるはずだ」

「い、いいんですか?」

「ああ。まだ三つあるし」

「……」


 今気付いた……指輪を異性にあげるって、恥ずかしいな。

 エルサも指輪を凝視してるし……うう、どうしよう。


「あ、ありがとうございます。その……大事にしますね」

「お、おお……ははは」


 エルサも気付いたのか、指輪をぎゅっと握りしめて照れつつ笑った。

 こういうラブコメみたいな展開は望んでいない。今日初対面の女の子だぞ?

 それから、エルサは指輪を嵌める。魔力を送り込んで自分用にしたみたいだ。

 ムサシは欠伸をして、俺の紋章の中に入ったし……二人きりか。

 しばし時間が過ぎる。それでも夜の七時くらいだけどな。

 と、ここで大事なことを思いだした。


「なあ、やっぱり野営をするなら、交代で休憩を取る必要があるよな」

「あ、そうですよね」

「じゃあこうしよう。俺が最初に五時間寝るから、それまで起きて火の番をしてくれ」

「……いいんですか?」


 あっさり気付かれた。

 今俺が寝たら夜の十二時くらいに起きる。そしてエルサは朝までぐっすり寝れる。

 最初に寝るというのは、夜通し起きているということだ。

 まあ、女の子だし……という理由もある。でも、いずれは夜通しの晩もやってもらうけどな。


「さーて、寝るかな。エルサ、今のうちにやっておくことあるか?」

「……え、えっと。その……み、水浴びしてもいいですか? その、今日はけっこう歩いたので、汗を掻いちゃって」

「え、あ、ああ……ど、どうぞ。うん」

「……あの、こっちに来ないでくださいね」

「わ、わかってる。うん、信じてくれ」

「はい。じゃあ……」


 エルサは俺たちが背にしている岩の裏へ。そのまま水浴びを始めた。

 俺はランプの明かりで読書をするが……ちゃぷ、ぱしゃっと水音が聞こえ、妙にドキドキした。

 

「……いかんいかん。何を考えてるんだ俺」


 一緒に旅をする以上、こういうこともある。

 異性って大変だ……男同士だったら素っ裸で出てきても気にならないんだが。

 俺は無心で読書を続け、ニ十分ほどでエルサは着替えて出てきた。

 あれ、なんかホカホカしてる。


「ふう、遅くなりました」

「いや……なんかホカホカしてるな」

「はい。川の水を温めてお湯にしたんです」

「あ、そういえば、水魔法の一級だっけ」


 水をお湯にするなんて朝飯前だろうな。

 俺は本を閉じ、懐中時計を出す。

 ちなみにこの世界、時計もあるし時間も日本表記だ。これは素直にありがたい。

 そしてこの時計……父上がくれた誕生日プレゼントだったっけ。

 

「じゃあ、今から五時間後に起こしてくれ。それと、何かあっても起こしてくれよ」

「はい、おやすみなさい」


 俺はテントに入り、大きな欠伸をする。


「なんか疲れたな……ふあああ」

 

 すぐに睡魔が襲ってきて……俺は眠りにつくのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


「レクス。起きてください……レクス」

「ん……ああ、おはよぉぉ」


 欠伸をして起床……もう朝か。いやまだ夜、というか深夜。

 テントから這い出ると、エルサがニコニコしながら出迎えてくれた。


「よく寝てましたね。疲れは取れましたか?」

「ああ。なんかスッキリした……若いっていいな」

「くす、なんですかそれ」


 十六歳、体力が有り余ってるな……五時間完全なノンレム睡眠でスッキリだ。

 身体を起こし、軽くストレッチする。


「よし。じゃあ交代、朝までゆっくり休んでくれ」

「はい。おやすみなさい」


 エルサと交代し、俺は焚火台の前へ。

 ランプに油を足し、読書の続きだ。

 せっかくなのでムサシを呼んでみた。


『きゅう』

「おはよう。お前も朝まで付き合ってくれよ」

『きゅー……』


 ムサシはぷるっと身体を震わせると、俺の肩に乗った。

 さて……このまま朝まで見張りだ。

 読んでいるのはファンタジー小説。戦闘シーンの描写を読んでいて思った。


「……魔獣が出ないってのもいいけど、戦闘も経験した方がいいよな」


 よし。明日の朝、エルサに提案してみるか。

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