親近感

 美少女。

 長い薄青色の髪、厚めのローブにロングスカート、髪飾りは羽を模した物で良く似合っている。

 顔立ちは可愛い。異世界で出会うヒロインにありがち……というか、普通に可愛い少女だ。

 首飾りをして、手には杖を持っている。

 俺が見ているのに気づいたのか、少女は慌てて言う。


「あ、わたし……エルサって言います。その、新人冒険者で、十六歳です」

「えっと、俺はレクス。同じく新人冒険者で十六歳です」


 少女……エルサは冒険者カードを見せてくれたので、俺も見せる。

 俺と同じ、作ったばかりみたいな新品さだ。

 互いに挨拶すると、エルサが言う。


「そ、その……ルロワの街に行くのなら、同行してもいいですか?」

「え、えっと……」


 何も考えていない異世界転移の主人公なら「いいよ」と軽く言ってハーレム第一号にするんだろうけど……俺は少し悩んだ。

 そもそも、なぜ俺? 

 ふと、帝国からの追手……と考えるが、そもそも出ていけと言われたのに追手もクソもない。

 俺が警戒しているのに気づいたのか、エルサが慌てて言う。


「あ、いえ、その……だ、ダメならいいです。ご、ごめんなさい」

「ああいや、その、いきなりなので……」

「そ、そうですよね……その」

「えっと」


 初対面。しかも同い年の女の子。

 アミュアとかシャルネとは同世代だけどちょっと対応に困る。前世でも女の子と喋る機会なんてほとんどなかったし、看護師のおばさんとはよくしゃべったんだがな。

 とりあえず咳払い。


「えっと、俺と冒険者パーティーを組みたい、ってことでいいのかな」

「あ、そ、それで。それでいいです」

「は、はあ……でも、俺は先日登録したばかりの新人だし、急ぎでルロワの街に行くつもりはないし、もしあなたに用事があるなら、やっぱり一緒に行くのは厳しいかもだけど……」


 これは事実。

 そもそも俺の旅に目的はない。異世界を楽しむ観光旅行みたいなものだから、急ぐつもりなんて欠片もない。

 ルロワの街に行くって言ったが、もし道中で面白そうなものがあれば、寄り道する気満々である。

 すると、エルサが首を振った。


「わたしも同じです。その……とくに予定はありません。ただ……帝国にはもう、いられないので」

「…………?」


 訳アリの匂いがする。

 どこか悲しそうに杖を強く握って顔を伏せ、次に顔を上げた時は辛そうに笑っていた。

 俺はつい聞いてしまう。


「……何か、あったんですか?」

「…………」


 エルサは、何も言わずに頷いた。


 ◇◇◇◇◇◇


 うーん、ここまで話を聞いて「とりあえず一人で行くんでさよなら~」とはなれない。

 エルサも悲しそうだし……仕方ない。

 俺とエルサはしばらく一緒に歩き、街道に隣接している茶屋に足を踏み入れた。


「へえ、お茶屋さんか……」


 こっちもドライブインみたいなところだ。

 飲食店兼喫茶店みたいな。旅の休憩所みたいな場所で、食事したり買い物したり休憩したりできるらしい。すぐ隣に宿屋もあり、なかなか便利だ。


「オスクール商会が世界中に設置している休憩所みたいです」

「オスクール商会……へえ」


 エルサ曰く。

 オスクール商会はモノを売るのではなく、サービスを売る商売をメインにしている。

 国家間同士の街道を整備したり、街道沿いにこのようなドライブインを設置したり、特別料金を取って街道間の近道を提供したりしている。

 休憩所に無償の地図があったので手に取り、休憩所の隅っこにある椅子に座って確認する。


「すごいな……!! これ、詳細な世界地図だ」

「オスクール商会の地図はこの世で最も正確な地図って言われてまして、国家間を繋ぐ街道は『オスクール街道』って言うんです」


 地図には七つの国がある。

 それぞれ地水火風雷氷を司る六つの国と、竜を司るリューグベルン帝国だ。

 それぞれの国に主要な街道があり、全てオスクール街道と書かれている。他にも枝分かれした道もあり、主要街道を通って行くのもいいし、脇道を進みながら行くのも楽しそうだ。

 地図だけでワクワクしていると、エルサがクスっと笑った。


「えっと、な、なに?」

「あ、ご、ごめんなさい……その、すごく楽しそうだったから」

「まあ、目的のない旅だしね。まずは風車の国クシャスラを拠点にして、しばらく観光しようと考えてる。ルロワの街では相棒の獣魔登録をしないとな」

「……そう、ですか」


 さて……俺は地図を閉じてカバンに入れる。

 

「あのさ、エルサさん。その……一緒に行くのは構わないけど、何か抱えてるなら話くらいは聞くよ」

「……いいんですか? その、重い話ですけど」

「ま、まあ……若い女の子が一人で冒険者登録して、見ず知らずの俺に声かけるくらいだし……大変な事情はあるんだろうな、とは思う」

「ふふ、レクスさんって面白いですね」


 面白い、かな……? 

 エルサはクスっと微笑み、語り出した。


 ◇◇◇◇◇◇

 

「わたしの本名は、エルサ・セレコックス……リューグベルン帝国、セレコックス伯爵家の長女でした」


 長女、でした……過去形か。

 というか、セレコックス伯爵家は知っている。確か水魔法の名家だったはず。

 

「わたし、一週間ほど前まで、リューグベルン魔法学園に通っていました。水魔法の使い手として、一級認定を受けたばかりで……」

「一級……すごい」


 魔法師には等級がある。

 三級から始まり二級、一級。そして魔法師の最上級である特級。

 三級から二級に上がるのはそう難しくない。だが、二級から一級に上がれるのは選ばれた者だけで、三年に一度の試験を受けて合格しなくてはならないのだが……この試験を突破できるのは、千人受けて一人いるかいないかのレベル……難易度が高いなんてもんじゃない。

 ちなみに竜魔法には等級がない。そもそもなれること自体が『選ばれし者』だから。

 というか、十六歳で一級……とんでもないな。二級魔法師の中には三十年以上試験を受けても合格できない人もいるのに。試験を受ける人たちの年代はおじさんおばさんばかりとも聞いた。


「わたしには、婚約者がいました。でも……婚約者は一級試験に合格できず、さらにわたしの妹と……その、いつの間にか深い関係になってまして。それで……妹と婚約者、二人で共謀し……私に無実の罪を着せて、婚約破棄に追い込み……勘当されました」

「…………」


 ま、マジか。

 というか……異世界あるあるで言う『婚約破棄』が、俺の知らないところで起きていたとは。


「無実の罪って?」

「……魔法学園に通う妹に、嫌がらせを繰り返したということです。もちろん、そんなことしてません」

「…………」

「終業式の最中、大勢の前で婚約破棄を言い渡され、醜態をさらしたということで実家からも勘当。一級魔法師なら冒険者になって生きていけるだろうと、そのまま追放されました」

「うわあ……」

「それで、あてもなくフラフラして、どうしようか悩んでいるうちに、あなたの落ちたハンカチを拾いました」

「なるほど。それで……なんで俺に声を?」

「その……冒険者ギルドで登録したら、いろいろなチームに声をかけられて。今は誰も信じることができなくて、逃げ出しちゃったんです。それで、リューグベルン帝国にはいられないと思って、ルロワの街に行こうとしたら……わたしと同じ、一人で歩いていて、でもなんだか楽しそうなあなたを見て、羨ましくなっちゃって……」


 なるほどな。

 なんというか、これも因果なのかな。

 俺は無能の烙印を押されて追放、この子は婚約破棄されての追放。異世界のテンプレだが、まさか帝国を出てすぐに知り合うとは。

 それに……ここまで話されたら、俺も言うしかないよな。


「あの、エルサさん。あなたの事情は理解した」

「……はい」

「じゃあ次は、俺の話を聞いてくれないか?」

「……え?」


 俺は、エルサに『ドラグネイズ公爵家』で起きたことを説明した。


 ◇◇◇◇◇◇


「っど、ドド……ど、ドラグネイズ公爵家……!?」


 エルサは驚いていた。

 そりゃそうだ。セレコックス伯爵家とは格の違う名家だしな。


「りゅ、竜滅士って……あ、あなたがですか?」

「そうとも言えるし、違うともいえる。俺は相棒のムサシと契約したけど、竜名もわからないし、竜魔法も使えない。白いフワフワした可愛い相棒ができただけだよ」

「そ、そうなんですね……」


 まだ驚きを隠せないエルサ。

 まあ、貴族からしたらドラグネイズ公爵家は雲の上の存在だ。


「とりあえず、俺もエルサさんも貴族じゃないし、ただの冒険者だ。あまり畏まらなくていいですよ」

「は、はい」

「それにしても……なんというか、境遇が似てますね」

「……ふふ、確かに」


 エルサは、ようやく笑ってくれた。

 うん、これも運命かな。


「あの、エルサさん。俺はこれから相棒と一緒に世界を旅します。ずっと公爵家っていう籠の中で生活していましたし、知識だけで実際の世界がどういうものなのかわからない。だから、これから時間をかけて見て回ろうと考えています」

「……はい」

「もしよかったら。その……一緒に行きますか? 俺もムサシだけじゃ寂しいし。あ、男と二人旅ってのが嫌なら、ルロワの街まで一緒で構わないんで……」

「行きます」

「……え、即答?」

「はい。わたし、まだいろいろと吹っ切れていませんけど……レクスさんとなら、楽しい思い出を作れると思います」

「……エルサさん」

「あ、呼び捨てで構いませんよ。エルサで」

「じゃあ、俺もレクスで」

「わかりました。レクス……これから、よろしくお願いします」

「ああ、よろしく、エルサ」


 俺は手袋を外し、こそっとテーブルの上に手を向ける。


「『召喚サモン』」

『きゅい!』


 ムサシを呼び、手のひらの上に載せてエルサに向ける。


「ムサシ。今日からエルサが仲間になった。ほら、挨拶」

『きゅうう』

「わあ、かわいい~。よろしくね、ムサシちゃん」

『きゅいい!』


 ムサシはパタパタと羽を動かし、口から小さな炎を吹いた……って!!


「おま、炎なんて吹けたのか!?」

『きゅ?』

「え? ドラゴンって火を噴けるんじゃないんですか?」


 こうして、俺の旅に新しく、魔法使いのエルサが仲間に加わるのだった。

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