まずは準備

 リューグベルン帝国首都ハウゼン。

 夜だというのに町は明るく活気にあふれている。

 道行く人の多くは大人。開いている店は酒場や大衆食堂ばかり。野営道具を買おうと思ったけど、開いてる店はなさそうだな……まあ、仕方ない。

 ぼくは、町の中心部に移動。その周囲にある宿屋を探す。

 町はずれや裏通りにある宿は治安の意味であまりよろしくない。大通りにある宿屋なら、人通りも多いし安心だ。

 ぼくが入ったのは『ホテルメッツ』という宿。受付のおじさんに挨拶する。


「一泊お願いします」

「はいよ。一泊朝食付きで銀貨一枚だ」


 銀貨を出し、部屋のカギをもらう。

 二階の一番奥。窓を開けると町が良く見えた。

 ぼくはカバンを下ろし、ベッドにダイブ。そして紋章からムサシを呼んだ。


『きゅるる』

「やあ、元気かい」


 ドラゴンは、宿主の『魔力』を餌とするため、基本的に飲食はしない。

 まあ、飲食も魔力の代わりになるが……『竜滅士』でドラゴンに飲食させている人は見たことがない。

 ドラグネイズ公爵家、そして分家の『竜滅士』たちにとってドラゴンは『道具』……正直、ぼくにはその考えが理解できない。

 ドラゴンだって生きている。神の遣いとか言われているけど……ぼくは、友人でありたいと思う。

 ムサシをそっと撫でると、ぼくの頭にダイブする。


『きゅるる……』

「はは、そこが気に入ったのかい? じゃあ、好きにしていいよ」


 ぼくはベッドから降り、備え付けのソファに座り、テーブルの上に持ち物を広げた。


「さて、今あるのは……着替えに剣、お金、水筒、ナイフにロープ、本に筆記用具くらいか」


 屋敷にあったぼくの荷物で使えそうな物を持って来たが……ろくなものがない。

 まあ、キャンプとか野営を想定して物を買うなんてなかったしな。

 

「でも、お金があるのはありがたい。これは公爵家に感謝だな」


 日本の病院にいた時も、毎月お小遣いをもらっていた。入院生活で入用だし、両親は病気をしていたぼくを『普通の子供』と同じように育てたいという意味で、毎月お小遣いをくれていた……まあ、ほとんど使わなかったけど。

 異世界で驚いたのは、小遣い制というのは存在しなかった。

 ドラグネイズ公爵家では、年に一度『支援金』というのをもらい、その金を元に事業をしたり、分割して小遣いとして使ったりする。まあ、小遣いを一年分一気にもらい、あとは自由にしていいということ。それとは別に欲しい物があったら言え、みたいな感じだ。

 まあ、事業に手を出すことはないし、お金遣いも荒くはない。なのでこれまでの『支援金』はかなりあるし、しかもつい最近も『支援金』が入ったばかり。

 何もしなければ、四十年くらいは平民の生活ができる……感謝感謝。

 

「明日、買う物をリストアップしておくか。よし……さっそく日本で覚えた知識が役に立ちそうだ」


 ぼくは、必要な物をリストアップ。

 実は、入院生活が長かったので、退院したらやってみたいことを考え、それをやるにはどうすればいいのか……という感じで、いろいろな本を読んでいた。

 その中の一つに『キャンプ』がある。実戦したことはないけどね。


「テント、寝袋、コンロ……はないな。折り畳みの椅子、テーブルに、食器と」


 メモするだけで、ぼくはワクワクする。

 いつの間にか頭の上で、ムサシがスヤスヤ眠っていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 チェックアウトし、ぼくは道具屋へ向かう。

 何度か城下町には来たことがある。というか、十六年間住んだ町だ。規模が大きくても、どこに何があるのかや、町のマップくらいは持っている。

 向かったのは、町一番の道具屋……町一番とは言うが、コンビニくらいの大きさの建物だ。

 店に入ると、店員が一名カウンター席に座り、もう一人は掃除をしている。

 ぼくに気付くと、掃除を中断して来てくれた。


「すみません。旅支度をしたいんですが、こちらの道具を準備してもらえませんか?」

「かしこまりました、少々お待ちください……お客さん、これから旅行ですか?」

「いえ。旅に出ます。恐らくもう、戻ってこないと思いますので……」


 ぼくがそう言うと、カウンター席に座っていたおじさんがこっちを見た。

 そして、掛けていた眼鏡をずらして言う。


「……お客さん、ちょっとこっちへ」

「はい?」


 近づくと、おじさんが言う。


「……失礼いたしました。まさか、ドラグネイズ公爵家の次男、レクス様とは知らず」

「あ、いえ。もうドラグネイズ公爵家じゃありません。いろいろ事情があって、家を出ることになったので」


 驚いた。まさか、ぼくの正体を知っているとは。

 道具屋のおじさんは少しだけ目を見開き、すぐに頭を下げた。


「昨日は『竜誕の儀』で、公爵令嬢とその親戚がドラゴンを授かったと聞きました。そして次男の話は一つも出なかった……そして今日、あなたは旅に出るという」

「…………」

「申し訳ございません。これ以上は何も聞きません。おい!! そのメモ見せろ!!」

「は、はい!!」


 おじさんがメモを取り、ぼくに言う。


「なるほど。野営用の道具ですな。使い方はわかりますか?」

「ええ、なんとか」

「わかりました。それと、ワシの経験からすると、足りないモノがまだありますな。どうです? とりあえず用意しますんで、ご購入を検討されては?」

「それは助かる。よろしくお願いします」


 道具屋のおじさんは、旅に必要な道具を全て揃えてくれた。

 ぼくが考えたのはあくまで『最低限必要な物』で、おじさんはさらにそこへ『旅を快適にするための道具』を追加してくれた。

 使い方を教えてもらい、さらに『アイテムボックス』になっている軽量のリュックを用意してくれた。おじさんはぼくが指輪のアイテムボックスに大事な物を入れているのをお見通しだった。経験者はやはり違う。

 おじさんは、ぼくの恰好を見て言う。


「それと、その恰好も変えた方がいいですな。平民風にしたつもりでしょうが、まだ貴族の小奇麗さがあります」


 おじさんが用意してくれたのは、動きやすいジャケットにズボン、ブーツ、マフラーだ。

 ジャケットには鉄板が入っており防御力もあるし、ブーツにも鉄板が入っている。マフラーは……なんだろう? オシャレなのかな?


「こいつは、ワシが冒険者をやっていた頃に使っていた装備です。こちらは無償でお譲りしますよ」

「ええ? で、でも」

「構いません。それと、武器はお持ちで? あるなら出しておいた方がいい」

「一応、あります」


 出したのは、実家から持って来た剣が二本。


「二本?」

「その、二刀流なんです」

「ほお、これは珍しい……」


 実は、その……これも入院中に読んだ漫画の影響だ。

 剣を使って戦うマンガはよくあった。でも、ぼくが一番好きだったのは、宮本武蔵の漫画だ。

 二天一流……二刀流。

 竜滅士はドラゴンを武器とするが、自らも武器を持って戦う戦法もある。なのでぼくは、これまで読んだ漫画の知識を総動員して、二天一流モドキっぽい剣技を習得した。

 おじさんは、専用のベルトを即興で作り、剣を差してくれる。


「ふむ。これで冒険者っぽく見えますな」

「あの、冒険者に見えた方がいいのですか?」

「ええ。一人旅となると、盗賊や野盗に狙われることもありますからね。武器を下げ、冒険者として独り歩きするのでは襲われる確率がずっと下がります……せっかくなので、このまま冒険者としてギルドに登録するのはどうです?」


 なるほど。冒険者か。

 異世界系の漫画ではほぼ確実に出てくる職種だ。

 冒険者として世界を巡る……ある意味、異世界テンプレだな。


「わかりました。ぼくも、そっちの方が都合がよさそうだ」


 支払いをして、リュックを背負い、準備は完了した。

 

「おじさん、ありがとうございました。その……どうしてここまでよくしてくれたんですか?」

「……ワシも、元貴族で冒険者だったからですよ。実家を飛び出して、冒険者として成り上がり……今は、この店を開いて今に至ってます」

「えっ……」

「不思議と、あなたを見ていると昔の自分に見えてね。手助けしたくなっただけですよ」

「おじさん……」


 ぼくはおじさんに頭を下げ、店を出ようとする。


「ああ、一つだけアドバイスを。その『ぼく』という一人称は直した方がいい」

「……ははっ」


 苦笑し、はおじさんの目を見て言った。


「ありがとうございました。俺、この店を選んでよかったです」


 そう言い、店を出た。


「ありがとうございました。お気を付けて」


 おじさんの声が聞こえ、俺は歩き出す。

 向かうは冒険者ギルド。そこで登録し、冒険者として世界を巡る旅に出よう。

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