追放
「どういうことだ!!」
小さなもふもふのドラゴンを授かったぼくは、屋敷に戻るなり父上に叱られて……いや、叱られてなんてレベルじゃない。殺意すら感じるほどの怒りっぷりだった。
だが、ぼくにも全くわからない。
父上はさらに激高する。
「ああもう、とんだ恥を掻いたわ!! ドラグネイズ公爵家の次男が天から授かったドラゴンが、得体の知れない小さなモノだとは!! ああ……陛下になんとお伝えすれば」
「あの、父上」
「なんだ!! ええい、忌々しい」
「これは、ぼくの責任なんでしょうか」
「……何ぃ?」
父上が怒る理由は、ぼくが『小さなドラゴン』を……まあ、ドラゴンかどうかわからないが、この小さなもふもふしたドラゴンを授かったからだろう。
でも、それはぼくのせいなのだろうか?
「父上の怒りは最もです。ですが、『竜誕の儀』は神よりドラゴンを授かる儀式。ぼくが神から賜ったドラゴンを否定するということは、神を否定するということでは?」
「……~~っ!!」
父上の額に青筋が浮かぶ。でも、ぼくは間違ったことを言っていない。
転生前に読んだライトノベルでは、こういう時に必ず『追放』される。
主人公はここで追放され、新天地でその能力を開花させていくんだろうが……ぼくはドラグネイズ公爵家を気に入っているし、できれば追放されたくない。
でも、ここで引いてしまえば、やはり冷遇されるだろう。
とはいえ……ちょっと早まった言い方だったかも。
「そうか。レクス貴様……神に何か妙なことを祈ったな?」
「え?」
「お前は昔からそうだった。子供のくせにどこか一歩引いたような、誰もが憧れる竜滅士に対しても冷めたような、何に対しても興味が持てないような、得体の知れない子供だった。ああ、今もだな」
「…………」
ショックだった。
父上はぼくに笑顔をよく見せてくれたし、怒られたことは何度もあるが、そこに憎しみなどはない、愛情からくる怒りを感じていた。
でも……今の冷めた言葉は、本心のようだった。
「幸い、フリードリヒとシャルネがいる。それにアミュア……」
「アミュア?」
「そうだ。貴様の出来損ないドラゴンとは違う、『甲殻種』の炎属性であるドラゴンだ。まだ幼体だが、成長すればフリードリヒと並ぶ竜滅士になるだろう……フリードリヒもそろそろ婚約者の一人も欲しいと思っていたところだ」
「……つまり、アミュアを兄上の婚約者に」
「そうだ。ゼリュース子爵家に話を通せば、喜んで送り出すだろうな」
「……そうですか」
「それだ。その冷めたような、どうでもいいような態度……気に食わん」
冷めている。そうだろうか……少なくとも、幼馴染であるアミュアが兄上の婚約者になると聞いて、ショックは受けている。
「シャルネも『陸走種』の氷属性であるドラゴンだ。ドラグネイズ公爵家の将来は安泰……つまりレクス、お前はもう必要ないということだ」
「では、自分を殺すということですか」
「…………」
何故か、父上は驚いたような顔をしていた。
「自分のドラゴンは非力です。父上が剣を突き立てれば簡単に死ぬでしょう。そして、契約したドラゴンが死ねば、自分も死にます……父上は『次男は契約に失敗し殺された』という理由を作り、自分を殺すつもりなんですね」
「…………」
「使いようのないドラゴンと契約した次男より、偉大なドラゴンに契約を持ちかけたが失敗した、その方がまだ恥ではない」
「…………」
「父上。どうか慈悲を与えてくれませんか。自分は家を出て行きます。ドラグネイズ公爵家から除名してください」
「…………ッ」
なぜか父上は、身体を震わせていた。
「もう、好きにしろ!! 今夜中に出ていけ!!」
「はい、わかりました。ドラグネイズ公爵家……これまで育てていただき、ありがとうございました」
ぼくは頭を下げ、父上……いや、ドラグネイズ公爵の執務室を後にした。
◇◇◇◇◇◇
部屋から出ると、兄上が壁に寄りかかっていた。
「…………」
全て聞いていたのか、何も言わない。
ぼくは頭を下げて通り過ぎると、兄上は言う。
「お前さ、これからどうするんだ?」
「家を出ます。幸い、ある程度の知識はあるので、野垂れ死にすることはないかと」
「……あれはさすがにないぞ」
「え?」
「お前、父上が追放って言う前に、自分を殺すとか言ったよな……父上にそのつもりがなく、お前の口から出たことに驚いていたんだろうな」
「…………」
「お前……いや、もういい。今夜には出て行くんだな?」
「ええ。兄上、いろいろお世話になりました」
「ああ。それと……シャルネに会って行くな。これは最後の兄としての頼みだ」
きっと、悲しむから。
そう言葉の最後に聞こえた気がした。
自室に戻り、ぼくは荷造りを始めた。
着替え、使わずに取っておいたお金、護身用の剣、プレゼントでもらった貴金属。
それらをカバンに入れる。
「アイテムボックスか。異世界らしいアイテムがあって助かった」
アイテムボックス。
前世で読んだライトノベルでもよく出たアイテムだ。この世界では普通に存在する。
容量によって値段が変わり、ぼくはこの中に本などを大量に入れていた。お小遣いで買った本はかなりの数になり、買って読んでいない積本も大量にある。
ぼくの買ったアイテムボックスは指輪型で、一つを蔵書、一つを着替え、一つを武器、一つを空きとして指に嵌め、その上に手袋を付けた。
アイテムボックスは高価だ。狙われるのは嫌だしな。
偽装用にリュックを背負い、そこに財布と少量の現金を入れておく。
「……街で野営道具は買えばいいか。それと服……あと、貴金属も換金しないと」
追放……あと数時間もしないうちに、ぼくは家を出る。
精神的にはかなりショックだが……正直、喜びもあった。
「旅、か……」
本でこの世界が『ライラット』という名前で、ここがリューグベルン帝国というのはわかる。
だが、世界はまだ広い。
ぼくの知らない種族、王国などがたくさんある。
ぼくは右手の紋章から『小さなもふもふしたドラゴン』を呼ぶと、手のひらにポンと現れた。
『きゅぅ~』
「はは、可愛いな。悪いな……これから家を出なくちゃいけないんだ」
『?』
「お前はぼくと一緒に、世界を巡る冒険に出るんだ。知ってるか? 冒険だ」
『??』
ドラゴンは、首をくりくり捻る。
「ぼくはずっと、病院のベッドの上にいた。毎日点滴、苦い薬の連続で、身体は動かないし、毎日痛みとの戦いだった……何度か自宅に戻ることもあったけど、学校にも行けなかった」
『きゅう』
「でも、神様のおかげで二度目の人生を歩み、冒険に出ようとしている。父上はお前のこと『出来損ない』とか言ったけど……ぼくはそう思わない」
『きゅ……』
「お前。いや……名前が必要だな」
契約をすると、『竜名』と真名がわかるんだが、こいつに関してはわからない。
目を閉じ、ふと思い浮かぶのは……転生前、実家で飼っていた柴犬。
入院から一時帰宅すると、玄関で尻尾を振って出迎えてくれた柴犬。
「お前はムサシ。手乗りドラゴンのムサシだ。どうだ?」
『きゅ……きゅいい!!』
ムサシは嬉しそうにパタパタ飛ぶと、ぼくの目の前でクルクル回った。
右手を軽く上げると、ムサシは紋章に飛び込む。
紋章……正確には『契約紋章』で、契約したドラゴンは紋章の中に住み、契約者が望むと召喚される。
ぼくはカバンを背負い、部屋を出た。
「あ……シャルネ」
シャルネの部屋は、少し離れた場所にある。
今日はアミュアも一緒に泊るはずだ。
挨拶……そう思ったが、兄上に『会うな』と言われた。
それは優しさだろう。でも……やはり、可愛い妹に別れは伝えたい。
シャルネの部屋の前に到着し、ドアをノックしようとした時だった。
『あ~、お兄様のドラゴン、何だったのかなあれ?』
『さあね。でも、戦えるとは思えないわ。たぶん、竜滅士にはなれないわね』
『確かに。じゃあどうするのかな?』
『さあ? まあ、分家に出向か、そのまま追放……』
ぼくはドアをノックするのをやめ、そのまま家を後にした。
まあ、そうだよな。
ぼくは気にしていないけど……やっぱり、シャルネやミュアネの将来で邪魔になる。
このまま何も言わず、ぼくは家を後にした。
屋敷を出て、夜の道を進む。
「星、すごいな……」
空がキラキラしている。
不思議と足が軽い。
出発前、ぼくは家の裏に回り、母上の墓前に手を合わせた。
「母上。ぼくの二人目の母……行ってきます」
さあ、旅立とう。
まずは……城下町で、旅の支度かな。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
『追放って……そんなのダメだよ!! お兄様が追放なんて……』
『大丈夫よ。その……えっと、最悪の場合だけど、あたしがその、レクスと結婚して守るから』
『え!! お兄様とお姉様が!?』
『う、うん。あ、あいつが嫌じゃなければ、だけど』
『やったあ!! 私、嬉しいです!!』
『う、うん……ありがと、シャルネ』
真実は、伝わらないまま終わる。
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