第6話 ありきたりな治癒役のよくある秘密





 次の日。


 結局前回の魔物は、他の人が対応したよ。さすがに今回の出撃は治療中で無理だった。寝込んだばかりの中学生を叩き起こして戦わせるほど、梅園家はブラックじゃあないし。


 だからほ乳瓶で栄養剤は当然飲んでないよ。愛依も飲むか訊いただけ、ネタだよネタ。愛依の目がちょっと真剣だったのが気になるけど。






 ***






「ガアアァァ!」


「させるかよ!」


 それからまた、数日後。



 相変わらず魔物はちょいちょい出現する。今回はちょっと状況がハードだ。

 魔物が出るのが今日、二度目なんだ。午前の一回目は本家が対応して滅殺。で、町の東の郊外で出たから、西の方に逃げてきた人が多くて。


 そういう人がたくさん集まった状態で午後、その西側に二回目の魔物が出現。だからここにはまだ逃げ遅れた人が大勢いて。


 自衛隊の人達が一生懸命避難誘導してくれてるんだけど、魔物が町中にどんどん近づいてきて間に合わない状態。僕が派遣されて、衆人環視の中での戦闘となった。


 ここはアレか。踏ん張るしかないか。この僕が。


 深く深呼吸をして右の手のひらを空へ向ける。‥‥う~ん。大勢の人からの視線があると集中しにくいな。「深く深呼吸」って言っちゃったし。


 これはちょっと恥ずかしい。ああ。スマホ向けないで。


「咲見家奥義! 天の御柱アメノミハシラ

「は? 暖斗様? 今なんて?」


 はっ!? しまった。この頃脳内でいい感じでナレーションを入れながら戦ってたから、調子に乗って技名とかも考えてたんだ。


 で、雑念を振り払うつもりで心の中で唱えたら、つい口から出てた?

 それをSPさんに聞かれちゃった!? あああ!?!?


「え? いやぁ。えっと、あのこれは!」

「暖斗様! 魔物が!」

「ガアアァァ!」


「うわわわ! 御柱! 御柱!! 御柱ァ!!!」



 盛大に二発外したけど、何とか倒しました。そしてめでたく、MPはゼロ。



「痛って!」


 そのまま、その場にひっくり返る僕。地面の石に頭を痛打。ギャラリーの多い戦いで、これは二重に痛い。うう。スマホ向けんなよ。それに。


 あ~~あ。今日こそは法力MP残して勝つつもりだったのに‥‥。






 ***






 魔物が出たのが夕方だったからさ。後遺症で家に帰れなくなるのは回避したかったんだけどな。


「は~。今日は外で焼肉の予定だったのに。それがコレ、かあ」


 医務室。の横の授乳室。の、ベッドの上。


 白い液体で満たされたほ乳瓶を見ていたら、もうため息しか出てこない。


「あらら、それは残念ね。でも町の人に被害出なかったし、自分を褒めてもいいと思うよ? 暖斗くん」


 ベッドに据え付けのミニテーブルに、コトリとスプーンを置く愛依さん。

 今からこのスプーンにて、逢初家の秘薬の経口摂取が始まる。


 彼女がほ乳瓶を両手で持つと、心臓の高さまで掲げた。その大きな黒瞳をゆっくり閉じて息を止めると、ガラスの容器が、きらきら宝石のように微かに光を帯びてゆく。


 彼女の能力。治癒の法力封入の儀式だ。


「ふぅ~~」


 愛依はいつもより少しだけ、長く息を吐いた。


「悪いね。僕の後遺症のせいで。君もこんな時間に病院にいなきゃなんて」

「いえいえ。逢初一族の宿命使命だし。それは気にしなくていいけど‥‥」

「どうしたの?」

「手が空いたら宿題やっていい? たぶん明日当てられるから」

「どうぞどうぞ。君は真面目だね。僕なんか全部『退魔』のせいにして免除してもらってるよ」

「わたし、お母さんの跡を継ぎたいの。だから」

「ああ。医者、かあ」


 逢初内科医院。確か小児科もあるとか。


「うん。だから疎かにもできないのね」

「わかった。じゃあさっさと始めようか。それ」

「うん、じゃあ。‥‥はい。あ~ん」


 彼女が僕の傍らまで来て、スプーンで栄養剤を口まで運んでくれる。スプーン一回の量は知れてるから、ほ乳瓶一本分を飲み切るまで、何度もこうしてもらうことになる。


 まあ。まあだよ。こう何回も行為を繰り返せば、いい加減呼吸もあってくる。

 女の子にスプーンで口に運んでもらうとか、きっと新婚とか? 人生のほんの短い期間しかやらないと思うんだけど。僕はもう一生分やった気がするな。


 あ、前言撤回。結婚できるのかわからないし、相手がこんな頭が良くて性格が良くてカワイイ子とか。そんな確率いわゆる「微レ存」ってヤツだ。


 つまり、今この逢初愛依さんに「はい。あ~ん」してもらってること自体が、奇跡みたいなイベだってことか? う~ん。恥ずかしいと相殺されて複雑な心境なんだけどね。


「あっ! ごめんなさい」


 考え事のせいでタイミングをミスってしまった。金属製のスプーンが、前歯にガチンと当たった。


「あ、僕が悪いんだ。ぼうっとしてた」

「そうなの? でもわたしも悪かったかも」


 彼女は、柔らかなタオルで口まわりを拭いてくれた。


 ‥‥‥‥んだけど。



 ぱたり。


 異変は突然に起こった。そのタオルを持つ手が、すとんと下に落ちたんだ。タオルを放して。


「え? えぇ?」


 不意に、愛依の身体が、こっちに倒れてきて。


 ぽすん。


 ベッドの上で、ふたり重なってしまった。‥‥‥‥え? どうした?


 この「はい、あ~ん」のためにベッドごと半身を起こしている僕。その僕に抱きつくような形で、愛依の身体がもたれかかってる。何だか吐く息が‥‥熱い?




「‥‥‥‥ごめんなさい」


「大丈夫? どうしたの? 愛依?」

「ミスしちゃった。暖斗くんと同じミスを」

「え? 何だって?」

「‥‥今日一回目の退魔、梅園家の人がなさったでしょう?」

「うん、東区のヤツ」

「その時、本家の方が負傷されたの」

「お~珍しい。不覚だね」

「それで、うちのクリニックに来たんだけど、お母さんが体調不良だったんで、わたしが『癒しの法力』を」

「え? お母さん大丈夫?」

「うん。夜中に急患があって夜通し対応して、つらそうだったの。それだけなんだけど」

「あっ。そういう感じか‥‥でもそれはミスって訳じゃ?」


 そう言っている間にも、僕と重なる彼女の身体がぐんぐんと熱を帯びてくる。え? インフルエンザとか? これ大丈夫か?


「いいえ。わたしもMPを残すつもりだったの。さっきの『ほ乳瓶』の時に」

「ええ!? それってまさか!?」



「‥‥うん。‥‥実は貴方と同じ。逢初家の中でもわたしは‥‥」





「‥‥分家筋なんです‥‥」





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