第5話 ありきたりな治癒役からのよくある提案Ⅱ





「本家が困ってたゼ。早く体調戻してほしいってさ」


 授乳室に、珍客。僕の幼馴染、麻妃まきが来ていた。

 彼女も梅園家の一員だ。


 赤い野球帽に、ジーンズ生地のショーパン姿。


「あっ」


 愛依えいさんも入ってきた。僕と目が合うなり、右手で左手の肘を掴んで、身を強張らせる。昨日暗闇でニアミスして以来、こんな感じだ。


 ‥‥‥‥わかってるよ。すっかり警戒されてしまった。僕はあの時体が動かないし、誤解だとは思う。


 思うけれども、もう上手くは喋れない空気感。栄養剤を「ミルク」って呼ぶの止めて欲しかったんだけどなあ。




「ウチの話聞いてる? 魔物は他の人が何とかしたよ。ああ~暖斗はるとくん。やっちまったなあ」


 麻妃は、芸人みたいな口調でそう言った。

 そう。やっちまったんだ。






 結局昨夜は、僕は出撃できなかった。というか、僕らが医務室で「飲む、飲まない」と揉めてる内に、他の誰かが退魔してくれたんだ。


「この個室で愛依と何してんのか知んないけど。MPゼロにならずに勝とうゼ☆ 相棒!」


 確かに。法力を残すようにすれば、後遺症も起こらないハズだ。まあ僕の実力が足りてないからこうなっちゃうんだけど。


 サムズアップして爽やかに去ろうとする幼馴染みに、僕は意味あり気に視線を向けた。



「‥‥‥‥どした? 暖斗くん」


 通じた。麻妃とはかように阿吽の呼吸。彼女は僕に耳を寄せてくる。



 僕も昨夜よりは大分回復していた。愛依さんから退院の許可をもらって、病院内の食堂に行く。彼女の、冷たくはないけど事務的な仕草。うう。


 食堂は、学校の教室×2くらいの大きさ。丁度昼の時間だけあって混みあっていた。席はあったので確保して向かい合って座る。




「‥‥で? なんの相談? 暖斗くん」



 僕は麻妃に、後遺症とその回復方法、あと昨日の医務室での顛末を話した。



「まあ、法力使いすぎると、後遺症が強く出て戦線復帰が遅くなるとは聞いてたよ。でも回復方法がそんなだとは。戦う、いや、『退魔する赤ちゃん』だね? ははっ」


「笑いごとじゃないよ。愛依さんはよそよそしくなっちゃうし。僕は体動かないんだから無実だ。濡れ衣だよ!」



 無実を必死に訴える僕に、麻妃はニヤニヤしてるだけだった。定食をトレイに乗っけて持ってくる。


「いやあ。コレは重大インシデントだよ暖斗くん。自己弁護ばっかせずに、愛依の立場で考えてみたら? そしたらイイ事あるかもよ♪」


 なんだそれ。うまくいなされてしまった感。‥‥でもコイツが、麻妃が僕に適当なことは言わないんだよな。う~ん。今すぐ解決は難しい事案、ってことか。






 ***






 そのまた数日後、魔物が出た。僕は万全を期して迎え撃つ。



 あれから愛依さんとは話してなかった。あの病院で体調チェックとかで顔は会わすんだけど、前みたいな感じじゃあ、もうなくて。

 ああ、仕事はちゃんとしてくれるし、質問したらちゃんと答えてくれる。


 でも何だろう。一瞬ちょっとだけ仲良くなれた気がしたんだけど。あれは幻だったのかな? 僕が勝手にそう思ってただけ? ‥‥いや、現実を受け入れよう。



 ――きっと、もう嫌われたんだろうな。



「ほら~元気だせ。このごろ魔物の攻撃も強まってるんだからさ」

「わかってるよ。ちゃんとやってるって!」


 今日は麻妃が、戦闘のサポートに入っていた。彼女の一族は、結界とか補助系の能力だ。





「‥‥それが‥‥上手くいかないんだ!」


 先ほどから「退魔の光柱」を発動させようとしていた。でも。


 そもそも、意識を集中するだけで発動したこの能力。逆に出来なくなっても、原因もわからない。


 ピンチになって集中できないのか? あるいは‥‥‥‥?


 巨大な狼のような魔物が迫る。麻妃の結界を割られた僕は、万事休すだった。






「戦って!」


 その時、「KEEP OUT」の黄色い線の向こうから、澄んだ声。



「ごめんなさい! わたし、逃げてたの!」




 自衛隊の人影の向こうに揺れる、白衣とセーラー服。

 愛依さんだ。


「暖斗くん!!」



 はっと我に返って、敵の攻撃を躱す。麻妃が結界を張り直してくれた。



「‥‥愛依さん!」




「ごめん。暖斗くん。心配しないで。必ずわたしが治すから。ちゃんと向きあうから。それは、わたしにしかできないことだから!」





 ああ、そうか。そうだったんだ。


「あなたが戦ってくれたから、みんな無事だったんだよ。ありがとう! 暖斗くん‥‥!」





 僕と、このとは、合わせ鏡だったんだ。





 癒しの法力の能力者。しくじれば、みんなや一族に迷惑がかかる。

 退魔の法力の能力者。しくじれば、みんなや一族に迷惑がかかる。





「わたしは、暖斗くんを信じる。がんばって!」





 正直自分が恥ずかしかった。自分しか見えてなかった。

 僕も、君を信じるよ。守り抜くよ。たとえこの身がどうなっても。


 そんなこと、どうだっていいんだっ!!







 僕は右手を天に掲げる。


「うわ。光柱でっけえ。暖斗くんやっべ~な」


 麻妃とふたりで対処しろ、と言われた魔物。最初に倒したヤツより、2倍くらいは強かったんだけど。


 解放した僕の能力、規格外の光柱を振り落とすと、あっという間に千切れ飛んだ。





 それから、一日後。


 医務室。また僕のスマホに警報音が鳴る。



 この日僕は、まだ「授乳室」で寝込んでいた。昨日の戦闘で全力を出しすぎたようだ。そこへと、ひょいっと現れるセーラー服に白衣姿。





 大きな目を輝かせた愛依が。


「‥‥どうしよう。もう治さないと。‥‥コレ、いっちゃう?」



 もじもじと上目づかいで、上半身を揺らしながら。


 後ろ手に組んだ腕から見せた物は。






 あの、ほ乳瓶、だった。





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