第4話 ありきたりな女子中学生のよくある羞恥
「グギャアアア」
今回も凄絶な戦いだった。魔物は、現われる度にその強さを増していく。僕自身もアップデートしていかなければ。強い覚悟が問われている。
しくじれば自らの命を失うばかりでなく、この町を、この国を護れないのだから。
まだ中学生だから、なんて甘えを吐く気は毛頭ない。何故なら僕は‥‥否。我々一族は。
幾星霜、退魔の使命を連綿と受け継ぐ宿命の一族。
梅園家、なのだから。
うん。今回も脳内ナレーションはいい出来だ。しかし、毎回疑問に思うんだけど?
魔物って、何で毎回おんなじ断末魔なんだろう? 縛り?
***
「お待たせしました~」
毎度おなじみの「授乳室」。
大抵の要望は叶えてくれるSPさん。なのに何故かこの部屋の表札はそのままだ。解せぬ。
愛依さんは、僕の傍らに座った。
「じゃ~~ん」
取りだしたのは、ピンクの生地にうさぎと犬のアップリケがついた、前かけだった。
「‥‥‥‥何それ」
「ふふ~。かわいいでしょ? 作ったのよ。わたしのエプロンとお揃い」
確かに。愛依さんはいつもセーラー服の上に白衣だけど、水仕事とかする時はピンクのエプロンだった。うさぎと犬のアップリケ付きの。両方彼女の実家、逢初小児科医院の備品を借りパクしているのだとか。
「着けないよ」
「ええ~? せっかく作ったのに」
逆に問いたい。ナゼ僕がそのアイテムを実装すると思った?
「着けない」
「え~~」
うらめしそう。破壊力がすごいから、上目づかいは禁止の方向で。
「逆に訊く。何で僕が実装すると思ったの?」
「暖斗くんミルクぽたぽただから」
「ぐっ!? ‥‥それは」
僕は退魔任務がある時には、先祖伝来の陣羽織と鎖帷子を着込んでいる。法力を高める当主専用アイテムだ。
でも確かに。戦闘後に動けなくなる後遺症のせいで、特に鎖帷子はこぼした栄養剤で汚損してしまったりしている。
えっと? 鎖帷子ってクリーニング出せるんだっけ? 古文書に書いてあるかな?
僕はもう一度その前かけを見て、アップリケの犬と目が合う。
‥‥‥‥いや、普通にムリだろコレ。
「嫌だよ。確かに飲むの下手だけど、それは断固拒否する」
「え~~。またミルクが服につくよ?」
「それは家で何とかするから」
「え~~。せっかく赤ちゃん度数も上がるアイテムなのに」
「そっちかいッ!」
結局スプーンで飲んだけど、確かに少し襟に垂れてしまった。基本戦闘直後に倒れるから、着替えが出来ずにここに来る。
ああしまった。
クリーニング中に魔物が出た時のこと、まったく考えて無かった。
その後、例のアップリケを着ける着けないで小競り合いをした。動けないのをいいことに愛依さんは、僕の首もとに布を当てて爆笑してた。やめろし。
僕が本気で嫌がるほど、彼女は笑った。
「あ~~もう‥‥お腹痛い。もったいないな~。かわいいのに」
その日はそのまま「授乳室」で夕食を摂り、寝る事になった。とほほ。家でゲームしたかったなあ。
***
夜中に、僕のスマホの警報が鳴った。
「え? 敵?」
僕は、ベッドから跳ね起き――れない! 後遺症がまだ治ってないんだ。
「暖斗くん!」
授乳室のドアが開いて、部屋着姿の愛依さんが飛び込んできた。
「どうして?」
「まだ病院にいたの」
僕は意を決した。
「‥‥‥‥飲むよ! ほ乳瓶で!」
「え?」
「用意して。僕が戦わないとこの町を守れない。ほ乳瓶で一気に飲む! 愛依さん。準備を」
「う、うん」
もうこの際、体裁とか気にしている場合じゃない。僕はこの町を、この国を護る「退魔の一族」。責任は果たさなければ。
馬鹿にするヤツがいればすればいいさ。僕は、僕の使命を果たす!
みんなを。この
「いいの? 暖斗くん‥‥」
愛依さんが戻ってきた。その手には、人肌に温めた秘薬入りほ乳瓶。
彼女が呼吸を止める。あの綺麗な目が閉じられる。
両手で胸の前に掲げた瓶の、その輪郭が微かに光った。彼女が治癒の法力を込めたんだろう。
「頼む。目、閉じてるからその間に」
こくりと頷く愛依さんが、心なしか生気がないように感じた。首の後ろに手が回され、右肩越しに彼女の気配と体温を強く感じる。
「‥‥‥‥」
あれ? ほ乳瓶が来ない。
「準備OKだよ」
「‥‥うん。まだミルクが少し熱いみたい」
「そんな。本物の赤ちゃんじゃないんだから、少しくらい大丈夫だって」
「うん。‥‥‥‥じゃ」
――が、まだ僕の口もとにあのおしゃぶりが来ない。
あれ? と思ってまぶたを開くと目前に、両手で顔を覆った愛依さんがいた。
「‥‥‥‥わたし、あなたのお母さん‥‥とかじゃないし‥‥‥‥」
そうだった。そうだったんだ。
ほ乳瓶でミルクを飲む、飲ませるミッション。
死ぬほど恥ずかしいのは、僕だけじゃ無かった。
***
「ほら、愛依さん、さんざん僕に飲めって言ってたのに。はは」
あ、ダメだ。でっかい目がうるうる。この
「ぜんぜん大丈夫だからさ! カモ~ン! プリーズ! ミルクプリーズ!」
このセリフだけ切り取られて、拡散されない事を真に祈ります。
何とかならないか? と思惑を巡らすとそこで、室内のある物が目に入る。――そうだ! あれなら!
「ね! 愛依さん。照明消そうよ。そしたらお互い恥ずかしくないよ!」
聞いた彼女は顔を上げ、一瞬で理解する。
「あっ! 名案! じゃあ電気消すね?」
彼女が立ち上がってスイッチまで動く。この授乳室は完全個室。
窓は無いから、真っ暗闇になる。
「全然見えないわ。暖斗く~ん」
「ここだよ~」
「意外と距離感が」
「僕は動けないし」
「うん。じゃ、首に手を回すね‥‥きゃっ!」
ズウン、と地響きがあった。魔物は町に近い。急がねば!
「揺れたね。暗闇だとキツイけど、早く栄養剤を!」
「うん。‥‥ここ?」
「ぎゃッ! 目が!」
「ご、ごめんなさ‥‥ひゃっ!? 暖斗くんどこ吸ってるの?」
「え? だって‥‥」
「違うよ。だめ」
「今一瞬口に当たったのは?」
「それじゃないの。むやみに吸わないで?」
「じゃ? あ、これか?」
「ひゃあああああ!!」
パチン、と音がして再び部屋に明かりが灯る。僕の目の前には、口を結んで目を逸らし、身を強張らせた彼女が立っていて。
「‥‥‥‥ごめん。やっぱり無理」
「だよね~」
彼女の震え声に、僕は。
若干食い気味に返事をした。
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