第3話 ありきたりな専用個室のよくある表札
数日後。
「グギャアアア!」
魔物を取り囲んだ矢、幾条もの光の航跡が、一斉に異形に襲いかかる。神々しい光を放つそれは、魔物のその皮を
僕がその霧の消滅を確認して右手を降ろすと、辺りにはただ、静寂が訪れた‥‥。
‥‥‥‥こほん。
ふむ。二回目の退魔だけど。今回も激闘だった。
しかし、我ながら格調高い言い回しだ。僕が魔物を滅する時には毎回こんな感じでナレーションを入れて欲しいな。
実はさ、今度TVの番組で、梅園家の当主様が取材されるんだって。「日本を救う退魔一族の宿命と使命――その素顔」みたいな感じで。
なんで、僕もちょっと意識しちゃうよね。自分にスポットライトが当たるのを想像してしまう。‥‥まあ。分家の、中学生の僕に取材が来るとは思わないけれど。
「暖斗様」
また、黒塗りの高級車がすっと乗りつけられる。SPさんてホントに手際がいいね。
ドアまで開けてくれるので、ちょっと照れくさいけど乗り込もうと足を上げた所で。
「‥‥あ!」
ごちん!
「暖斗様! 暖斗様!!」
***
「ハイ。よくできました」
それから50分後、前回と同じように、僕は医務室のベッドの上にいて。
いや、一点、相違があるよ。
僕の頭部には包帯が巻かれている。さっき車に乗り込む時に例の後遺症を発症。
‥‥‥‥そのまま倒れ込んで地面に頭を打ちつけたんだよ。
法力を使い切る‥‥
「‥‥大丈夫? 落ち込んでるみたいだけど?」
逢初さんの、あの澄んだ瞳が真横に来ていた。
第一回目の退魔、それで再会した時よりは、少しだけ彼女とうち解けた気がするけど。
「い、いや。ぜんぜん。落ち込んでなんかないよ?」
「そう? 涙目だったよ?」
「う、そんな訳ないじゃん。魔物を滅殺したんだから」
「頭のたんこぶなら、しばらくすれば治るわ。‥‥気にしちゃダメ。名誉の負傷だから、ね?」
「だから気にしてないってば!」
「『痛いの痛いの飛んでけ~』ってやる?」
「や・る・わ・け・な・い・だ・ろ!?」
唯一動く首から上で、激しく意思表示をした――ら、更なる悲劇が。
「あ~。包帯が」
「うわ。垂れてきた」
ズレてきたガーゼで、視界が白く塞がる。
「もう。暖斗くん首が座ってないんだから。包帯巻くの大変なんだからね?」
両手で頭部をそっと掴まれると、ぽん、と何か柔らかいものに押し付けられた。
「巻き直すから動かないでね」
‥‥‥‥僕は、白衣からのぞくセーラー服に寄りかかる形で、首を彼女に預けていた。立ち上がって包帯を巻きなおしてくれているから、たぶんおでこはスカートの上。
視界は、ぼんやり白く塞がったまま。
衣擦れの音。制服の布越しに、彼女のぬくもりがじんわり伝わってくる。うあっ?
「あっ。くすぐったいから動かないで。もう。ホントに赤ちゃんなんだから」
セリフとはうらはらに、僕を扱う彼女の手は小さくて柔らかかった。患者を扱う看護師さんの丁寧さ、それそのものだった。
***
さっき「一点相違がある」って言ったけど、実はもう一個相違があって。
今回運ばれたのも、また同じ病院なんだ。僕がというより、逢初さんが通いやすいから。
で、前回と同じ医務室。そのすぐ隣りなんだけど、僕専用の個室が用意されてたんだ。
僕専用の個室! ‥‥‥‥うらやましい、と思うかい?
「あの、逢初さん‥‥」
「ハイ」
一回喉を上下させてから、意を決して僕は訊ねる。
「あの。‥‥個室貰ったのはうれしいんだけど、ここ、表札に‥‥」
「え? なぁに?」
「表札に、‥‥‥‥『授乳室』って」
彼女は顔を伏せて、手の中の白い液体を冷ましていた。
「うん。わたしが暖斗くんを担当するでしょ? セキュリティとか? 人目から隠す配慮で急遽用意したのよ。元々あった授乳室だけど、まさか中学生ふたりが使ってるなんて誰も思わないでしょ?」
だからってこれ? 他に無かったの? 前言撤回! SPさん手際最悪!
「ミルクできましたよ~。じゃあ、暖斗くん口開けて。ハイ。あ~~ん」
1回目の出撃の時。この栄養剤をほ乳瓶で飲むって話だったんだけど、僕が全力で拒否。
で、逢初さんにスプーンで口に入れてもらう次案になった。
これを人目のある所でやるのはキツイって、要望を出したのは確かに僕なんだけれども。
この部屋でやるのも如何なものか。
そして。
ほ乳瓶一本分の液体をスプーンで僕の口へと運ぶ。
正直この行為は、彼女の負担が大きい。すっごい申し訳ないんだけど、止むを得ないよね‥‥。ほ乳瓶はとにかくイヤだ。
そしてこの「はい、あ~ん」という新婚カップルみたいな行為を重ねた結果、僕と逢初さんの距離感はバグった。前回より彼女が打ち解けてるのは、そのせい。
「何か文鳥の雛に餌あげてるみたい。ふふふっ」
からからと楽しそうに笑う逢初さん。でも僕は何となく釈然としない。
「‥‥あのさ。ここ個室なんだよ?」
「ん? どうしたの?」
「こんな所に男子とふたりでこんなこと。逢初さんはイヤじゃないの?」
「う~ん。わたしも医者一家だし、患者様みたいなものだし」
「その患者様が、悪いヤツだったら?」
その問いに、彼女の手が止まった。口を半分開けて、僕をぽかんと見つめる――けど、すぐにそれは余裕の笑みに変わった。
「だって。貴方は首から下が動かないでしょ?」
「でもだからって」
「大丈夫よ? そんな赤ちゃんに、わたしをどうにかできるワケないじゃない?」
「ぐ。今に見てろ」
「そう。その意気よ。それで後遺症もたんこぶも治そうね?」
う、その話題は! ‥‥くそう。これは言うしかないか‥‥!?
「あのう。逢初さん」
「なあに?」
「‥‥僕がコケたことと、それでたんこぶができたことは‥‥その‥‥みんなには」
「あっ!」
逢初さんは立ちあがると、その場でくるんと一回転してみせた。ひざ上のプリーツスカートがひらひらと浮き上がる。
そして、振り返りながら、立てた右手の人差し指をそっと口もとに添える。
「う~~ん? どうしよっかな~? ふふっ」
なんだよ。もったいぶって。
「じゃあ、わたしのお願い聞いてくれる?」
「交換条件ってこと?」
「うん。暖斗くんを赤ちゃん扱いするのを許してくれたら、そうしてもいいよ?」
「‥‥‥は?」
それのどこにメリットが?
「あと、もうひとつ」
「まだあんの?」
「わたしのこと、下の名前で呼んで?」
「‥‥‥‥え?」
「‥‥‥‥冗談よ。わたしは治癒の逢初一族。医者って患者様に対しては【守秘義務】があるの。たんこぶのこと、大丈夫よ」
「‥‥‥‥え?」
本当に。距離感バグりすぎだろ。
***
その後、普通に世間話をした。何かまた、もう少しだけ彼女と仲良くなってしまった。好きなアニメの話とか、したりして。
「へ~。けっこう観るんだね」
「そうね。ふふっ。あとは配信とかで幽霊スポット行く動画とか」
「え~~!? そんなの好きなの?」
「うん。暖斗くんも行く?」
「行かないよ! ってか君実際に幽霊スポット行ってるの?」
「ううん。行ってないよ。一緒に行ったらおもしろいかな~って」
「‥‥何だよ。驚かすなよ。‥‥‥‥え、え‥‥」
「ん?」
「‥‥
「‥‥‥‥はい」
魔物が出たら滅殺するのが僕の使命。だけどもう1つ、この町を守りたい
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