第2話 ありきたりな治癒役のよくある提案Ⅰ
「「1、2のハイ!」」
看護師さんの合わせたかけ声によって、手際良く僕の身体はひっくり返り、仰向けにされる。同時に担架にも乗ったみたいだ。
一気に視界が開けると、しゃがみこんでこちらを見つめる、スカートと太ももの持ち主と目があった。
「あ‥‥君はやっぱり‥‥!」
「
彼女はすっくと立ちあがる。紺色に、水色リボンの、オーソドックスなセーラー服だ。
ひざ上のスカートがひらめいた。‥‥‥‥床に転がる身としては、目のやり場に困ってしまう。咄嗟に逸らした目の隅に、白い布が映りこんだ。
「!?」
彼女、逢初愛依さんは、トートバックから綺麗に折りたたまれたジャケット型の白衣を取り出すと、腕を上げて袖を通していた。清楚な紺色の制服が、胸元のリボンを残して白衣に覆われていく。
白衣 on the セーラー服。
「逢初先生。お願いします」
「あ、はい。設備をお借り致します。‥‥あの、『先生』はおやめください。まだ学生の身分なので」
地面すれすれだった視線が持ち上がる。動けない僕は、ついに担架で運ばれることになった。
「咲見さん。大丈夫。わたしが何とかします。わたしが」
やや強ばった声。
仰向けに寝かされて、視界を過ぎていく廊下の照明をいくつも見送りながら、僕は呆然としていた。
***
そして、現在に至る。
水を飲み終えた僕を、逢初さんの澄んだ瞳が待っていた。
「‥‥
転んだ時に痛打した、顎の傷。
彼女の女性的で華奢な指が、すうっと僕のおとがいをなぞる。彼女はその大きな黒瞳をギリギリ傷口に近づけて、そう言った。
「‥‥‥‥そろそろ説明しますか?」
彼女が、僕の手当をしながら首を傾げる。
セミロングの黒髪と透き通るような白い肌と、整った知的な顔立ち。でも、まだ表情はあどけない。
彼女「
さっき彼女が言ったように、冠婚葬祭くらいでしか顔を合わせなかったけど。今までは。
彼女は下を向いて、組んだ手の人差し指を回しながら、状況を説明してくれた。
「‥‥今までこんなこと無かったでしょう? こんなに退魔要請が来ること? 本家だけじゃなく分家の方々まで総動員で能力を使ってるし。‥‥そうしたら、ちらほら症状が出てきてしまったの。どうやら分家の方々は退魔の法力を使い切ると、今の咲見さんみたいに色々副作用が出るんだって」
普通に初耳だ。‥‥‥‥でも待てよ? 確かに今まではほとんど魔物なんて出ないし、出ても本家の人が秘密裏に滅殺してたし。
それに僕ら分家。分家っていうだけあって、本家より血が薄いんだよ。だから力を使った反動が何かしら出る、ってのは確かにそうかも。
「それでわたし達、逢初家の出番。かつて宗家を助けた癒しの法力で、倒れた分家の方々の後遺症を回復させるようにって。だから貴方にはわたしが」
「やった~~!!」
思わず僕は絶叫していた。それを見て不意に頬を赤らめる逢初さん。
「ん?」
「そんな、あからさまに喜ばなくても」
「いやあ。良かったよ本当に。君が来てくれて!」
「‥‥か、勘違いしないで。担当になったのは、逢初家で手が空いてたのがわたしだけだから。わたしが志願したとかじゃあないんだからね?」
「え? 何のこと? だあってさあ‥‥!」
「え?」
「良かった! 治るじゃん身体! 早く言ってよ!」
「あ‥‥!」
「ずっとこのまま動かないとか心配したよ!」
「そ、そうよ。でもお話ちゃんと聞いて。可及的速やかにお薬飲まないと」
「薬? 飲む飲む! 味が苦いとか、そんな
「じゃあ、これ。逢初家に伝わる秘薬。それにわたしの、癒しの法力を込めてあるわ」
とん。
有頂天の僕。その僕の眼前に、軽い音を立てて、「それ」は置かれた。
彼女は、さっきまでの事務的な態度が嘘みたいにほほを赤らめる。
僕から目を逸らすと、おもむろにその艶やかな黒髪をさわりだした。
そして僕は、「それ」を見つけて絶句する‥‥‥‥!!
「‥‥‥‥マジ? え? これを‥‥これで飲むの?」
「うん。『これ』がベストなの。今の咲見さんは首から下が動かない、運動中枢系の後遺症の最中。だから」
「いや! 『だから』ってそんな簡単に!?」
「カルテの傷病名は『
「いや、ちょっと待って!」
「ごめんなさい。後遺症の特徴は脳機能の一時的な低下、部位特異的なそれに惹起される感覚感情の鈍麻。医学的にもこれしか方法がないの」
「うああぁ」
「咲見さん、いえ暖斗くん。わたしのお願い聞いて?」
「‥‥え? ちょっ!? いや! ‥‥えぇぇマジかよ」
その秘薬――白い液体で満たされたガラス容器を睨みつけて。
僕は堪らず絶叫した。
「これって! ほ乳瓶じゃないかああぁぁ!!」
***
10分後。
少し落ち着いてから、逢初さんの説明を受けた。摂取する秘薬にけっこう粘度があること。だから水も上手く飲めない今の僕は、ストローでは難しいこと。――実際、少量試したけど確かに飲めなかった。
そして彼女は、再び僕のメンタルを削りに来る。さっきと切り口を変えて。
無理に笑顔を作って。
「う~~ん。どうしてもムリ?」
「あたり前だよ」
「そんなに気にしなくても。赤ちゃんの時は貴方だって飲んでたでしょう?」
「憶えてないよ! そんなこと言われても!」
「今だって、自分で動けないんだから赤ちゃんみたいなものじゃない?」
「違うって! もう中二だよ!」
「そう? でもお水ぽたぽたこぼしたよ」
「だから‥‥さっきからちょいちょい赤ちゃん扱いやめろって!」
「こうやってお腹ポンポンしたら寝ちゃうんじゃない? ほら、いい子いい子♪」
「俺にさわるなぁ!」
そして。
そんな不毛なやり取りを続ける中、僕の脳内に、あるひとつの疑問が浮かんだ。
それは本当に、口にするのも恐ろしい疑問だった。
「あのさ。僕は今、見ての通り体を動かせないんだけど‥‥‥‥その、仮にだよ? その、ほ乳瓶で秘薬を飲むとして‥‥‥‥えっと、一体、いったい誰が僕に飲ませる‥‥‥‥と?」
大袈裟に僕をいじっていた彼女の両手がはたと止まる。とたんに俯いて、潤んだその大きな目を見開く。
両頬がみるみる紅潮していく中、その言葉は紡がれた。
「‥‥‥‥それは‥‥‥‥わたしが」
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