第15話『猫神ライトの軌跡』

 思いもよらぬ質問が飛んできた。

「下の名前はなんて言うのー?」

 ………………

 …………

 ……

『名前』…………そんなものは……



『存在しない』



 いや、存在しないというわけではない。もう『必要がない』といった方が正しい。色が消える前、幼い頃の曖昧な記憶だが、自分と母は『猫神家』として不便のない生活を送っていた。そんなある雪の日、こんな会話があった。

「かーちゃん、雪きれいだねー」

「そうね……白くて綺麗……まるでアナタね」

「でもかーちゃんもみんなも同じ髪色だよー」

「いや……?あなたの方が綺麗よ」

「…………へへ照れるなぁ……そういえばなんで自分の名前は『⬛︎⬛︎⬛︎』なの?」

「それはね……そのままよ……『白く』『輝かしい』」

 ………………

 その年に母は亡くなった。元々病弱だったけど、色が見えなくなってから悪化し始めた。

 ……悲しくないといえば嘘になるが、覚悟はしていた。父親のことも知らないし、結局のところは独り身だ。

 ………………

「お前がアイツの小僧か」

 しばらくしてある男が家に訪ねてきた。その姿は『猫神家』特有の白い髪、猫耳……

「だれ?」

 自分が問うと、彼は悪い目付きで見下ろしてきた。

「フン、心配するな。私はお前の母の兄……伯父おじだ。これからは私がお前を世話する。私のことは『博士』と呼べ」

 それ以降、自分は博士に引き取られた。その時はまだ4歳。彼の研究を手伝い、戦闘を教わり、生きていくすべを学んだ。正直、博士よりも彼の仕事仲間との訓練、外のカラモン退治に過ごす時間をてていた。でも、これだけは博士に言われたのを憶えている。

『お前は知識を蓄えろ』

 今思うと、自分のイデクラ創造を思ってのことなんだろう。わけもなく、本や資料を読まされたということではないと。文字列を読むのは好きではなかったけど、『むかしの銃図鑑』という本のおかげでバレットM82A1を知れたし、感謝はしている。実に科学時代に似合わないロマンな武器だ。

 ……そのうちに過去のことは忘れていた。きっと、心の中の辛い過去を思い出したくないという感情よりも、これから環境に適していかなきゃという気持ちの方が強かった。

 ………………

 …………

 ……『ライト』。そうだ、思い出した。これが母からもらった自分の名前だ。雪のように『白く』『輝かしい』……『雪』のように……『ユキ』……

 ………………

「……自分の名前は……ユキです」

「ユキちゃんね!ありがとう!」

「他に質問はあるか?……じゃそこの空いた席に座れー」

 ネコガミはスイセイの隣の空いた席に座る。

(なんとか緊急事態をしのいだわね……というかどこから『ユキ』が出てきたのよ。データにそんな名前はなかったけど?)

(『ライト』って言ったら男っぽくて違和感しかないだろ……だから思考を巡らせて適当につくったんよ)

(『ライト』……?いや……なんでもないわ)

 スイセイはこれ以上理由を聞けなかった。ネコガミの表情が悲しく見えたからだ。

 猫神ライト……やっぱり昔のことは憶えていないけど、これだけは一生……記憶の片隅に、残していきたい。その名前が自分の『証』になるのなら。





 どうやらこの世界にも防衛隊は残ってるらしい。と言っても元の世界より科学力を取り入れていて、戦闘能力はこちらの世界の方が上だと見ている。俺の能力がどこまで通じるか……

 シバに任された任務は基本的に防衛隊として『行動』することである。スイセイいわく、街を出歩くことが多いため、直接『バーテックス』や『革命軍』と接触するかもしれないという。もちろん、外部指導で生徒たちに訓練を教えないといけないため、学園内のスパイとの接触はあるかもしれない。

(訓練か……何年ぶりだろう。でも教える側か。ていうかなに教えればいいんだ?防衛隊と同じ?でもそれはハードすぎるか。やばいマジでわからないな……後でスイセイちゃんに聞こ)

 支給された銃はグロック系統の拳銃。銃弾は『光線弾』。ちなみに生徒が使っているのはゴム弾だから、威力で言うと『実弾』、『光線弾』、『ゴム弾』の順で高いが、制御性は光線弾の方が圧倒的に高いため、この世界でも光線弾がよく使われている。あとは、偽造証明書。通行書にもなるし、防衛隊の身分証にもなる。一体どこでこれを手に入れたのか気になるが、俺が気にしても意味はない。バーテックスパワーと予想はしておいた。

(ふぅ……初心に帰るんだ。防衛隊に入ったばかりの頃を思い出せ……)

 シバの諜報能力は、この世界でも通用するのだろうか。





「こちらが今日から一緒に勤務する、ネム先生です」

「ネムです。宜しく」

 教師内調査はネムが担当する。もちろんスパイが一番近くにいるため、一段と慎重に行動する必要がある。しかもヘッドホンは持ってこれないので、装備品は陰陽カードのみ。強気での立ち回りはかなり厳しい。そもそもこれらは人への効果は薄く期待できない。

 担当教科は『体育』。どうやらこの学校は外部防衛隊による訓練があるため、普通の体育の授業が少ないようだ。

(にしてもやっぱり体育か……やるなら理系が良かったけど、ここは科学系の学校だから専門教師がいるし、授業時間多いから仕方ないか……)

「ネム先生、お時間よろしいですか?」

 打ち合わせが終わって少し資料を確認しながらダラけていると、他の教師に話しかけられた。その隣にはケモノ耳でメガネをかけたワイシャツとセーターの組み合わせの教師も立っていた。イヌビトだろう。ネムは彼らに返事をする。

「はい、なんでしょう?」

「こちらがネム先生の学校案内をしていただく、シアン先生です」

「社会科担当のシアンです。ネム先生、よろしく」

 見た第一印象としては、礼儀正しく、おおらかな人って感じ。ネムは「よろしく」っと笑顔で返す。

「早速ですが、学校周りませんか?ホームルームまで時間ありますし」

(もう少しゆっくりしていたかったが、今のうちにここを把握しておこう)

「お願いします。助かります」

 職員室から出ていろんな教室を周った。

 説明によると、この学校はA棟、B棟、C棟の3つのとうと体育館、訓練所などの施設で構成されており、A棟は生徒が使う普通教室、B棟は科学室や美術室などの特別教室、C棟は生徒や部外者が普段立ち入ることの出来ない職員室や特殊設備などがある。

(C棟の調査は俺にたくされた……というわけか)

 そして、肝心なのが体育館と数々の訓練施設である。この学校の生徒数は2400人と多く、教員や訓練担当の外部者も含めると2500人ぐらいになる。そのせいか体育館は普通の学校(ネムが知っている)よりも広い。そして綺麗に保たれている。銃の特訓に使われる訓練所は、いろんな状況や場を想定するため多くの施設が存在する。正直、面倒臭そうだからあまり関わりたくはない。

 しばらく案内をしてもらっていると、どんどん薄暗い廊下に入って行く。

「ネム先生はここに来る前、どこで勤務していたんですか?」

 これは想定内の質問だ。もちろん返答は用意してある。

「学園都市から少し外れたところで教えていました」

「ふ〜ん……そうなんですね」

 ネムは違和感を感じた。シアンの雰囲気や声のトーンが少し変わったのだ。

「もう一つ質問です。なんで教師に?」

(なんだコイツは……痛いところをついてくる)

 しかし、ネムは迷いなく応える。

「それは教えることが好きだからです。あと子供たちが好きだからですかね」

「なるほど。オレと同じですね」

 ネムはやはり何かがおかしいと思いながら一二歩くと、前にいるシアンが突然止まってネムにひとこと言う。

「ネム先生。アナタ、何か企んでますね?」





【あとがき】

読んでいただきありがとうございます。

寂しい回想になりました。

本当はもっと長く書きたかったんですけど、ネコガミの過去を今、全部入れたところで?って感じだったので大事な部分だけにしました。

次回もご期待ください!

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