第9話:「愛してる」を愛せるように


「うわー」


 そうして俺のえずきが収まるまで何度も何度もキスをして、俺たちが我に返ると、床に飛び散ったゲロと、その同じゲロで全身を汚した二人の男女がいた。


 とりあえず風呂だな


 そういうことに相成った。で、何の因果かカルマか。俺は水越さんと一緒にシャワーを浴びている。風呂は同時に沸かせて、湯面が張るまではシャワーでゲロを洗い落とす。もちろん妥協は無しだ。既に広いとは言えない浴室に二人で座っている。先に水越さんのゲロを落とすことになった。もちろん彼女は自分ではしない。その役目は俺が宛がわれた。


 キスした唇はもちろん。頬から首にかけて。そして下着姿だったので布面積がやたらと狭かったことも災いした。前面は太ももら辺までゲロまみれ。俺はそれを手でなぞって洗い落とす。彼女の頬はぷにぷにして柔らかかった。首はほっそりして撫で甲斐がある。


「えーと」


 さらに下部を洗わなければいけないのは分かっているが、常識論がそれを阻む。率直に言って胸を触っていいのか。校則に照らし合わせるなら、どう考えても停学レベル。


「大丈夫だぞ。エッチな目で見られるのは慣れてるから」


「いや、触るのは別では?」


「吐瀉はするのに洗うことはできないぞ? 壊すことしか知らない抜き身のナイフ?」


 言葉のセンスが昭和すぎる。


「いいからボインと揉みなさい。勇気をもって一歩を踏み込むのです」


 では失礼して。


 チーン。


 あの触れた時の感触が掌に焼き付いていた。柔らかいながら弾力があり、変幻自在のくせに常に形状を記憶するという人体の神秘。しかも体温を感じるので予想の五倍はヤバい。そうして俺の吐瀉物を洗い流していると、腹部に手が向かう。すべすべした女体は触れるだけでも武骨な男子の身体とは次元が違う。こういうところはやはり性差によって感想が違うのだろうか。俺はあまり筋トレもしていないので、スポーツマンに比べると筋肉は無いのだが。


 撫でるように優しく水越さんの身体を洗い流し、それは腰を超えてさらに下へ行く。もちろん腰より下と言った場合、健全な青少年はまず真っ先にオミンコを連想する。水越さんの「ミズコシ」の発音に有名な外人投手の名前をミックスした名称だ。


「じゃあそこもお願い」


 オーマイゴッド。言っておくがな。こっちの理性にも限界はあるんだからな? バンジーが何時でも安全だと思うなよ?


「思ったより熱いんだな」


「そりゃ敏感なところだからだぞ。センサーが多いから排熱が大きいの」


「へー」


「嘘よ」


 俺の感動を返せ。女の子の身体はまだまだ不思議が多い。


「興奮しているのは事実だぞ」


 そういうことは言わんでいい。


「ちなみにたくましいものが当たっているんだけど」


「仕方ないだろ! そりゃそうなるよ! 誰の身体に触っていると思っている!」


「お身体に触りますよ」


 そんなネタ発言では払拭できないエロがここにはある。


 とてもではないがHカップの胸を揉んでオミンコを穢れから洗い流して、理性が振りきれないならソイツは男ではない。世の中例外なんていくらでもあるので、もしかしたらそういう男もいるかもしれないが、俺には無理だ。バストが一〇五だ。もう掴んだだけで重さを実感できる。それこそ手紙とかをドラマチックに胸元から取り出せそうな重量感。フィギュアにされたら速攻で予約してしまいそうな芸術性。タユンタユンと揺れるそれを思う様揉んで全員起立校歌斉唱しない股間があるなら、もはやそれは正常に機能しているとは言い難い。


 それから太ももをなぞりながら汚れを落としていき、最終的に綺麗さっぱりされると、今度は彼女が俺の背後に回った。もちろんやる気だ。俺としては殺る気だと誤変換されても誤変換ではない。


「ちなみにBLマンガだと男の人でもビーチクで感じるっぽいけど真実?」


「たまにいるらしいが特殊体質の類だ。別にシャツで擦れても俺は何も感じない」


「夢が無いぞ」


 そういうのはロマンとは言わないんだよ。


「ていうかオミンコ。背中に当たってる」


「当ててんのよ。ていうかオミンコって?」


「水越さんだから。某野球選手と合体させてオミンコ」


「かなりギリギリね」


 もう水越さんとか行儀よく呼ぶレベルを超えている。


「で、オミンコ。その二つのふくらみは……」


「気持ちいいでしょ? アニメでやってたぞ。こうすると男子絶頂だって」


 フニュン。プニョプニン。


 鵺の如き変幻は、形を変えてなお闊達という妖怪変化もかくやの魔性だ。押し付けられている二つの果実を背中で感じるだけでゾクゾクする。


「なんなら下着とかいるぞ」


「え? くれるので?」


「もちろん使用済み」


「ウソだと言ってよバーニィ!」


「ていうかコレで貫けば? 自家発電しなくてもウチがいるぞ」


 チョンチョンと俺の身体を叩く。


「せやかて工藤」


「えい」


 あはん。


「これでよく寝取られキャラ並とか言ってたね?」


「小さくない?」


 少なくとも鏡で自己評価する限りではそんなでもないのだが。


「ちなみに比較対象って?」


「女の子をアヘ顔ダブルピースでよがらせている薄い本のアレ」


「そういうのは現代科学をSFアニメと比較して遅れてるとか言ってるくらいの暴挙だから」


「大きいのか?」


「他のを見たことないから知らないぞ。でもこれで偏差値が五十五以下ってことはないかな」


 国公立大学に合格するくらいのポテンシャル。そんな入試判定は嫌だが。


「はい。お綺麗」


 そうして二人ともゲロを洗い落として風呂に入る。もちろん二人入って少し狭い。


「…………」


 俺はオミンコの胸をガン見していた。


「見惚れる?」『いやん』


「ていうか。ガチでパイオツって湯に浮くんだな」


「体積質量が大きいわけじゃないからね。質量の総量はそれ自体が重さを証明するものじゃないぞ。なにせ夏の入道雲はその質量で言えばウール虎マンより重い。要するに、どれだけ重くても密度が伴っていなければ意味が無いのだぞ。ウチの一〇五パイオツがどれだけ重くても、人体の都合上浮いてしまうのさ」『何を言っているんだろうなウチは』


 チャプ、と音がして、オミンコが濡れた髪をかき上げる。


「揉んでみるかい?」


「性的にストッピングが効かなくなるので止めておく」


 ガチでヤバい。エロイ目で見られることにオミンコが肯定的でも、コイツのセックスシンボリックはヤバすぎる。それこそストーカーが暴挙に出た理由もわかる。


「ほら。吐いていないだろう?」


「あ?」


 言われて気付く。俺は吐き気を覚えていない。さっき胃液を全部出したから……と言えれば理屈は合うが、仮にそうでもえずきもしないというのは少し疑惑だ。


「好意アレルギーとはいうが、本質的にそれはアレルギーじゃないだろう。アレルギーは本来免疫機能の暴走だぞ。精神的な症状で言えば、カスミのそれはストレス障害に近い」


 いや待て。なんだその理解。


「セカンドブレインが全部教えてくれたぞ?」


「余計なことを」


「余計じゃないぞ」


 バシャッと湯面が揺れ、彼女は俺にもたれかかった。そのままキスをされる。


「大丈夫。愛は怖いものじゃない。それさえ確信できれば、カスミはトラウマを克服できる」


「だからってゲロまみれになってまで身体張らずとも」


「ギュッ」


 そうしてオミンコは俺を抱きしめた。風呂の中でも鮮明に感じる人の体温。その温かさは接触判定でより感じる。胸に押し付けられている乳圧力は、色々と思うところもあるが、それはともあれ。


「人って温かいんだな」


「そだよー。ウチなんて乙女ゲーやるたびに感じてる」


 それはさすがに錯覚じゃないか?


「推しに愛してるって言われると全てが救われるぞ。だから昨日、カスミが愛されることを怖がってるって聞いて許せなかった」


「犯罪か?」


「ウチを救った『愛してる』をカスミは呪いに受け取っている。それは愛してる信奉者であるウチには許しがたい侮辱」


 仕方ないだろ。俺の何も考えていなかった我儘が両親を殺したんだから。俺も死ぬべきか悩んだが、今のところは生きている。


「私はカスミを愛している」


 残響のように聞こえるお母さんの言葉。その幻影を見つめている俺の目の前で、俺に抱き着いているオミンコが笑う。


「ウチはカスミを愛している」『私はカスミを愛している』


 それを拒絶することは簡単で、言われることはあまりに稀少で、受け止めることの奇跡性はとめどない。俺の何を抽出すれば、他者から「愛してる」などと言ってもらえるのだろう。両親を殺した俺に、なんでコイツは「愛してる」なんて言えるのだろう。


「大丈夫。愛してるは呪いの言葉じゃないぞ」『好き。好き。大好き』


「俺は……さぁ……ただディスニートランドに……行きたかっただけで」


「うん。知ってる。今度行こうね」


 チャプンと湯面が波打つ。俺は裸のままで裸の水越冬馬を抱きしめて、そのまま久しぶりに受け止める愛の熱情に溺れるのだった。

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