第10話:超アニキ


「だからグレート合体における是非は商品化においてのおもちゃ屋の陰謀がだぞ!」


「しかし子供の理解を得るには単純な合体構造こそが」


「今や合体機構は大人用の玩具にも適応されるセールスポイントとしての……」


 云々。


 今日も教室ではキモオタの議論が旋風する。もはやオタク生徒のアイドルにまで駆け上った(堕落した?)オミンゴは今日も平常運転だった。聞こえる声はオタク諸氏の熱っぽい声。だがその声に性欲が混じっているのは俺の六識聴勁が聞き取っている。普通にセクハラではとも思うが、実際にソレを認識した上でオミンゴは男子生徒と交流しているのだから俺から言えることはない。ていうか御本人がエッチな目で見られるのが好きだというのだから、翻って需要と供給は満たされるわけだ。


「やはり水越さんはわかっていますぞ。相手にATフィールドを持たせることで、通常兵器を舞台から排除するギミックというのはオヴァにおける重要な起点であり」


「だよねー。アレを設定することでロボットプロレスの意義についての原点回帰がさー」


 で、オタク的に理想の女子であるクソオタアイドルオミンゴはキャラキャラと教室後ろで笑っている。俺はそれらのオタ議論に心中ツッコみつつ、黒板を眺めていた。


「ミソッカス。今日は好調?」


 で、隣の春奈が声をかけてくる。


「そーだなー。喉の小骨が取れたというか」


「何かあった?」


「ナニ」


「え?」


「ジョークだ」


 というかジョークであってくれ。オミンゴの胸揉んで一緒に風呂に入ったとかバレたら俺は漫画版デビルマンのヒロインなみの扱いを受けてしまう。


「だ、だよねー。ミソッカスに浮いた話なんてあるわけないよねー」


 確かにな。世界が風邪でもひかないと俺には在りえない話か。


 四限目が終わり、昼休みともなると、オタクの姫オミンゴの周りは賑やかになる。一緒にご飯を食べながらオタ議論をしたいという男子は既に十人ではきかない。


「人気だねー。水越さん」


 グレートスリーが基本的に意識高い系だからナードに優しい女の子は別ジャンルというか別の市場だろう。しかも胸が大きくブラを付けても制服の上からタユンタユン揺れているとなれば鼻の下を伸ばさない男子はいない。


 まさに俺が言えた話ではないが、エッチな目で見られるのもしょうがない。


「じゃな」


 俺は席を立って教室を出る。ついてきた春奈はオズオズと問う。


「ご飯? 学食?」『待ってほしい。あたしは一緒にいたいのです』


「今日は購買」


「じゃあ一緒に食べない?」『キター! 学内デート!』


「まぁ構わんが。なあ」


「何かな?」『スリーサイズは秘密です』


「お前、牛丼特盛が好きなんだよな?」


「お姉様マジ至高。ていうかシコい」『って言わないとカスミ困るでしょ?』


 まぁな。オミンゴの荒治療でどうにか疑似的に解決した問題だが、百パーセント解決したとは俺も思っていない。好意に対する忌避感は覚えなくなったが、それでも俺の自虐が失われたわけでもないのだ。ある意味、オミンゴが俺を残して死ねば、今まで以上に呪いとなって「愛してる」は俺を苛むだろう。


「なんだかなー」


 このまま春奈の好意を知らないフリするのもそれはそれでどうかと思うが、


「お前、俺のこと好きなのか?」


 と問えるほど俺は恋愛長者ではない。むしろアニメとか見ているクソオタなのでディスタンス的にはオミンゴに近い。俺もアニメ談義には混じりたいが、学校では他人の振りをすることにしていた。特に社内恋愛を気取るつもりもないが、オミンゴの姫ゲージ的に考えると俺とだけ仲良くしていたら刺されるだろう。エロイ目で見ること自体は御本人から許可が下りていても、それは既にクソ童貞野郎がやっているだろう。いや俺も童貞なんだが。


 購買部に向かう手前、一階への階段。その踊り場で嫌なものを見た。


「申し訳ありませんが経済不振のデメリットが過ぎているので投資してほしいです」


「わたくしたちの御機嫌を取るのは人類思想においてとても有意義だと存じます」


「金銭はもちろんお返しします。ただし世界には絶対というものはないのです」


 聞くだけで耳障りな会話だ。


 怯えている生徒を襲う不条理さ加減については俺も理解できないわけではない。そもそも親からもらっている金を我が物とするような追剥に渡すのは屈辱だろう。


「はは」


 仕方ないので俺は笑った。それも嘲弄。看板商売である不良にはこれが最もよく効く。


「はて? 今笑い申しましたか貴方様?」


「御調子がよろしいようですね?」


「嘲られることはわたくしたちをひどく傷つけました」


 その通りだろう。別に否定はしない。


 俺も矜持を傷付けるために笑ったのだから。


 コキコキと不良の拳が鳴る。関節を鳴らした彼らが俺に殴りかかる。俺はその一つを受け止めると、力を回転させて横に逸らす。イマジンライターによって獲得した太極拳はうまく機能しているようだ。相手三人と敵対しつつ、俺は優位に戦えていた。円を思わせる運動で相手の殴り蹴りをいなして無害化する。端的に言ってそれだけ。こっちから攻撃はしない。だが相手も不毛を悟ったのか。息を荒らげながら、俺が武術を行使していることは悟れたのだろう。


「アナタは……」


「通信太極拳を受講している。言っておくが、こっちから未だに攻撃していないことを加味しろよ? 殴ってもいいが、それだと俺まで生徒指導室行きだからな」


 この場さえ鎮圧出来ればソレ以上はない。そう言っている俺に、不良は不承不承去っていった。そうして俺から少し離れた春奈が何か言おうとして。


「アニキーッ!」


 それより先にカツアゲにあっていた男子生徒が俺に抱き着いた。


「超カッコ良かったっす! 何アレ! 何アレ!」『救われた! 救われた!』


「通信太極拳だ。実戦にも使える」


「アニキと呼ばせてください!」『ていうか呼ぶ。異論は認めない』


「じゃあ俺は急いでいるので」


「アニキのパンならオイラが買ってくるっす! 焼きそばパンが鉄板すよね!」『ご機嫌なアニキの御機嫌を取らねば!』


「舎弟じゃないんだから」


「舎弟にしてほしいっす! アニキのためなら風呂場でも全裸になるっす!」『超クールっす』


 むしろ風呂場で全裸にならない奴がいるのかという話で。


「特にそう言うのは求めていないので」


「アニキは舎弟欲しくないっすか? あ。既に二十人くらいいるとか?」『それならオイラは番号的に後れを取っているのかー』


 どこの外道だ俺は。


「オイラも舎弟に加えて欲しいっす。焼きそばパンなら幾らでも買ってくるっすから」『マガジンが欲しいならそれも』


 何故焼きそばパン限定?


 他に食いたいものあるんだが。


「なんならオイラの知り合いの女子を抱いてもいいっすよ?」『アニキなら抱ける!』


「そういう外道なことはしないのよ」


「オイラの片想いのあの子とか抱いて寝取られ的な」『アニキに寝取られるとか! 最高!』


「お前がアニキという存在にどういうイメージを持っているのか悟れる文言だな」


「オイラはソレを見て自慰するっす!」『それもアリだという自分の業が深い!』


「やめて。迂遠に俺を破滅させる気か」


「せめてアニキの舎弟に!」『心底尽くすっす!』


「そういうのは欲していないので」


「何で!」『アニキのお眼鏡にかなわなかった?』


「理由が必要か?」


 特に語るまでもないんだが。


「アニキのハーレムを指をくわえて見たいっす!」『アニキなら複数の女子を囲える!』


「そういうのは円盤に求めなさい」


 架空の存在だ。


「せめて舎弟に!」『みかじめ料払うっすから!』


「そういう商売はしてございません」


「せめて昼ご飯の調達くらい命令を!」『焼きそばパン買ってくるっすから!』


「却下」


 もう考えるだけで破滅しそうだ。舎弟とか抱えたら教師に何て言われるか。内申点に響くようなことはノーセンキュー。


「やっぱり女子を献上しないと無理っすか」『候補がいないんすけど』


 そういう問題じゃねーよ。


「舎弟?」『さすがにそれはどうかと』


 遠巻きに見ていた春奈にまで疑惑が及ぶ。


「しないから」


 手の平を見せて否定。そもそもパシリを欲するほど忙しくもない。


「じゃあ何?」『カスミの舎弟かー』


 そもそもそこで俺は根本的なことを知らないことに気付いた。


「そもそもお前誰よ?」


「金丸シャッティっす。アニキ!」


 まさに舎弟になるために名付けられたようなネーミング。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る