第7話:とある少女の回想


「好意アレルギー?」


 好意を抱いている男の子の家で、親がおらず二人きり。ウチ的には垂涎の状況で、だが相手から待ったがかかった。まさかここまで盛り上げておいて落とすなんて、ラブコメアニメの脚本家でもしないと思う。ていうか男の子ってそういうことしたいんじゃないの?


 ウチを見る男子の視線は常にエロイ。


 エッチな身体に育った自覚はある。まさか胸が百をオーバーするとは。ぶっちゃけコンビニのペットボトルより重いので、常に自重を感じているほどだ。今やっているお仕事でも、ネットを見ればウチの胸について言及されている。パイオツカイデーがどうのこうの。


 この歩くだけでタユンタユン揺れる胸を見て発情している男子生徒は多いのだろう。よく今まで処女で居られたものだ。襲われても文句は出るが異論は封殺されそうなエロさ。


 そんなウチの前に現れた王子様(自己解釈)。


 それはちょっとした奇跡だった。ストーカーに襲われている状況で助けに入る男の子がいようとは。それも後で気付けば同じクラスのどこにでもいそうな男の子! 初めて意識したときは難しい顔をしており、常に何かを我慢していた。警察のお世話になって、「念のため自宅の住所を」とかいうのを自白した男の子の住所を聞いて記憶に焼き付けた。意外と近くに住んでいることを知って歓喜したものだ。流麗な武術を用いてストーカーから助けてくれて彼。


 その彼の家で、シャワーまで浴びて、出てきた言葉が好意アレルギー。


「えーと。どういう?」


「相手から好意を受け取ると吐く」


 あっさりと言った美空氏の言葉は一部も理解できなかった。だが何となく腑に落ちたというか。今朝のオチが読めた。美空氏を探して教室で見つけた瞬間、彼は口元を抑えて教室から抜け出した。


 つまり。あれは。


「まぁ吐いたな」


 色々と本人は問題があるらしい。とはいえ、今抱きしめている彼の性欲がウチの七割五分以下だということはないはずだが。


「じゃあウチはどうすればいいので?」


 もう昔の武士の如く乳首を洗って待っていた有様だ。ここでお預けをくらってもブレーキなどとうに外れている。


「好意を見せず俺に抱かれることができるか?」


 リームー。


 は。


「つまり逆転の発想だぞ。嫌がるウチを無理矢理手籠めにして……」


「それをお前が提案している時点で理論破綻しているんだが」


 むう。いいアイデアと思ったのに。というか既に色んな所が熱い。今は美空氏の身体にこすりつけて何とか平静を保っているくらいだ。擦れるビーチクも、うずうずするオミンコも、全てが火傷でもするかのように煮えたぎっている。


「ていうかだったら何で食事を……」


 まぁわかるけど。先にご飯を食べたのはウチの相手を断るため。このままやったら夕食を吐くぞ……というある意味でウチの好意を人質にとった作戦だ。


「なわけで、これをどうぞ」


 このまま状況が進めば性的暴行を女子の方から働いてしまう。そんな千尋の谷に突き落とされて……というか突き落としてというか……誰も幸福にならない夜伽があるのかというパラドクス的な疑念を真剣に考えていると、美空氏は明らかに人が持って結構重量がありそうなものを持ってきた。見た感想はバイクのヘルメット。ただし先鋭的なデザインが印象を裏切っている。どう考えてもこんな電子部品が内蔵されているヘルメットは無いだろう。あるかもしれないけど、脚下で。


「ナニコレ?」


「今流行りのVR機器」


「こんなシリーズあったぞ?」


 VRマシンは開発が進んで色んな会社が出しているが、それでも現在の最新技術には相違ない。こんな代物があるのなら、私は仕事の都合上耳にくらいしてもおかしくない。


「じゃあおやすみ~」


 なにが「じゃあ」なのかも分からないけど、美空氏はウチの頭にギアを被せて呪文を唱えた。


「ダイビングリンクイン」


 フラリと眩暈に似た違和感が襲った。眠りに落ちる……にしては意識は明確で、特に酔いというほど不快なものではない。


「ど、どもです」


 いきなり仮想現実に放り込まれて、どうしたものか悩んだが、場所は変わらず美空家。目の前には美空氏がいるのだが、なんとなく現実の彼より線が細い。うーむ。こうしてみると現実の彼の方がエロイ。もちろんスタイリッシュな美空氏も素敵だが、肉感的な現実の彼は性欲を刺激する。彼にならこのカイデーのパイオツも揉まれて悔いはない。


「うちのカスミが失礼しました」


 仮想現実内でアバターの美空氏が頭を下げる。


「えーと。これはつまり」


「自分が抱くわけにはいかないので、俺に押し付けた……と言ったところだろうな」


 こうして言葉で聞くと理不尽さが青天井なのだが。


「つまりここで致すと?」


「俺はそのように聞いているが……出来るのか? 水越さん的には」


 可能か不可能かなら不可能であることを悪魔の証明で律することが出来ないのだが、とにかくウチは考えた。


「パイオツ揉んでいい?」


「構いやしないぞ。でもアバターの美空氏はそれを求めているので?」


 ウチがプニョポンとおっぱいを揺らすと、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。


 見た目の破壊力が凄いことは否定も難しいのだが。


 ああ、本当にイカレている。好きな人にはエッチな目で見て欲しいというメス根性はウチの中にもあったのだ。


「じゃあこうしましょう」


 ウチが両手を上げてホールドアップすると、そこで空気が切り替わる。


「アバターとはいえ美空氏は美空氏なんだぞ?」


「否定も難しい。カスミはセカンドブレインとか言っていたな」


 二番目の脳。それはイマジンライターに記された第二の美空氏なのだろう。


「じゃあセクロスはしなくていいから聞かせて。なんで美空氏は好意アレルギーになんてなっているぞ?」


「あー。そう来るか。たしかに説明は出来るんだが……」


 仕方ない、と嘆息したセカンド美空氏は、自らの記憶を掘り出して仮想現実世界に投射した。



















「行きたい! 行きたい! 行きたい! ディスニートランド行きたーい!」






 それが誰の幼い姿かはウチにだってよく分かる。目に見えている……正確には脳で知覚している映像は過去の美空家で、そこで微笑ましいくらいに我儘を言っている美空氏がいた。可愛い我儘を言っている美空氏を、両親が穏やかな顔で見ていた。


 結局折れたのは両親の方で、そうして車でディスニートランドに向かう。ウチは一歩も動いていないが、滑るように自家用車に乗った美空家の家族を隣で見ている。


「これは?」


「俺の過去記憶……のプレイバック」


「バックでプレイするので?」


「言っとくが俺にも理性の限界はあるからな?」


 たしかに仮想現実とはいえ美空氏の再現なら、そういう感情も持ってしかるべきではあろうが。


「で、どうなるので?」


「ほい」


 そうして過去回想がクライマックスに近づくと、美空氏は簡単に終わった。対向車線からはみ出した車が正面衝突して、バッドエンド。バンパーがへし曲がり、操縦席は拷問器具も同様。即死した父親は、それでも苦しまなかったというだけで幸福かもしれなかった。


「な……に……これ……」


 唖然とするウチに、美空氏が肩をすくめる。


「ここからだ」


 唯一無事だった美空氏は、後ろの席で呆然としており、いきなり降って湧いた不幸を理解しているのかも怪しい。オシャカになった車内で、ゴフッと吐血の音が聞こえる。それは助手席から聞こえてくる。


「お母さん!」


 赤かった。口から零れる赤い血が、鮮明に美空氏の瞳孔に焼き付く。それは命の色。どこまでも説得力を持つ、人の死に介した色。


 母親の口から溢れている赤色は、もうそれだけで致命傷を表してあまりある。


「あ……あ……お母……さん」


「大丈夫よ。可愛いカスミ。ゲホッ! お母さんは……お母さんは……」


 流れる血は止まらない。既に母親の腰から下はオジャンになっている。そのどこにでもあって、だから美空氏にとっては特別な普遍は、こうして呪いとなって彼を縛るのだ。


 ニュースになるのは簡単だ。対向車線の車が飛び出してきて一家殲滅。誰もがニュースサイトや動画サイトで見て「ふーん。可哀相にね」で終わる出来事。この一件が人類史にとっての分岐点でもない。


 だから美空氏にとっては、誰よりも特別で、罪深く、印象的。


 忘れ去ることそのものが、両親に対する暴虐だと信じてしまいそうなほどの。


「お母さんは……カスミのことを……死んでも……ゲホッ!」


 流れる血。零れ落ちる生命。寿命という生命の限界ではなく、ただ不幸だったと他人にしてみればそれだけの日常が、けれども美空氏には深く突き刺さる。


「憶えておいて。忘れないで。私はカスミを愛している」


 それでお終い。言葉は紡がれず。母親の瞳から光が消える。


「お母さん?」


 糸の切れたマリオネットのように、美空氏の頬をさすっていた母親の手の平が落ちてしまう。ちゃんちゃん。めでたしめでたし。もう母親は彼を見ることはない。


 憶えておいて。忘れないで。愛している。


 それだけを言って、勝手に死んだ。


 いや、正確ではないのだろう。


 お出かけを提案したのは美空氏。その我儘に付き合って親が事故に遭い死んだ。つまり美空氏にとっては、自分が殺したも同様で。あそこでディスニートランドに行きたいなどと言わなければ両親が死ぬことはなかった……のだろうか?


 美空氏のせいではないと言いたい。だが、それはここでは全く意味が無い。ここにある映像は既に過去のもので、つまりウチが幼い美空氏を慰めても結果は何も変わらない。


「だから俺は好意を感じると吐く様になった。愛していると言って目の前で死んだ母さんの愛を証明するには、呪いのように憶えているしかない。きっと今も母さんは俺を愛してくれている。そう思わないと気が狂いそうになる」


 だから。


「愛というものが……俺には怖い」


 呪詛にも似た、それは血の愛。


「…………」


 ウチは何も言えなかった。最後に愛を囁いて死んだ母親を思うが故に、他の人間の好意にアレルギーを発症する。そんな精神障害にいったいどんな薬を処方すればいいのか。


「だから俺は、お前の好意を受け止められない」


「うん。わかった。多分だけど……ウチが何をすればいいのかは、だぞ」


 こんな茨姫の呪いに苦しんでいる美空氏を救うには、こっちも覚悟を決める必要がある。


「わかった。よくよくわかった。でも……ウチだって軽い気持ちで美空氏を好きになったわけじゃない」


「好きって事か?」


「大好きということだぞ」


 唇に人差し指を当ててウィンク。そうだ。好意アレルギーについては理解した。けれど、それが美空氏を諦めるという方向にはいかない。


「とはいえ」


 相手が好意を持っただけで吐いてしまうという美空氏のカルマは深い。


「救ってくれるなら助かる。だが生半な手法では無理だぞ」


 つまり生半でなければいいわけで。


「だからさ、美空氏のこと教えてよ。好きなものとか性癖とかでもいいから」


 あー、それは……と頭を掻きながら第二の美空氏は嘆息する。彼のことをもっとよく知る。それだけが茨姫を死の呪いから救う唯一の方法だったから。

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