第6話:好意アレルギー


「……………………お邪魔ぁ……しまーす」


 へっぴり腰で俺の家に上がり込んでくる水越さんは、まるでこれから起こることに怯えてでもいるかのようだった。


「飲み物は何が良い? 水出しでいいなら紅茶と緑茶があるが」


「レ〇ドブル」


 翼でも生やして高跳びする気か。


「ウソウソ。緑茶でお願いするぞ」


 さすがに冗談だとはわかるが、水越さんもフォローを忘れない気質らしい。


「ちなみにあっさり上がっちゃったけどココでアレをナニするのは御両親に迷惑をかけるのでは?」


「大丈夫。我が家に親はいないから」


「……?」


 もちろん水越さんは困惑する。気持ちはわかる。さっき言った水越さんのマンション住まいなら一人暮らしも納得できるだろう。実際にあるかどうかなら厄介な事情が介在しなければ無いかもしれないが、絶無というわけでもない。


 ただ今いる俺の住処は普通に一戸建て。リビングもダイニングも存在し、二階には個室も存在する。俺は使っていないが。


「ああ」


 ポンと右の握り拳を左の手の平に打ち付けて閃いた……みたいな演出をされる。


「出張だぞ」


「いや。死んでる」


「…………」


 まぁそうなるよな。冗談でも笑えない類ではあるし、俺の言論は冗談じゃない。


「ガチ?」


「ガチだ」


「この家は?」


「親が死んだから保険でローンを完済。俺は固定資産税だけ払って、安穏と暮らしております」


「その。ごめん」


 頬を人差し指で掻きながら、気まずそうに水越さん。


「気にしなくていい。広言する気はないが、別に隠す程でもない」


 たんにブラックジョークとしても成立しないから、あまり他人には言わないだけだ。


「一人でここにいるの?」


「支障はないしな」


「あー。じゃあもしかして通い妻とかあり?」


「在りか無しかなら、在り寄りの在り」


 俺はアイスティーを出して、相手を見る。


「じゃあさ。ウチがご飯作りに来るとか嬉しいぞ?」『デュフフ。チャンスだお』


 まぁそうなるよな。実際。


「気にしなくていい。別に一人で間にあってる」


「ウチがしたいて言ったら?」『この期に及んでクールだお』


「すればいいんじゃないですかね」


 今更俺にそんなラブコメが成立するのかは議論があれど。


「えーと。じゃあ。したいんだけど。アレとかコレとかソレとか」『メーデーメーデー』


「ガチで俺のアレは小さいからな?」


「やっぱり男の子ってそういうの比べたりするの?」『ちょっと腐が疼く』


「さあ? 俺はないが」


「じゃあ何を基準にしているので?」『大体わかるけど』


「薄い本」


「……………………」『アーレアヤクタエスト』


 何よその目は。


「じゃあまずは材料かなー。夕食にはいい時間だし」


「え? しないの?」


「今したいならお付き合いしますが?」


「先に飯食いたい」


 どうせ徒労で終わるだろうし。


「冷蔵庫開けるぞ?」


「何も入っていないがな」


 暖かな家族風景を望んだのか。我が家のシステムキッチンは最新鋭だ。その親が双方とも死んでいれば世話は無いのだが。


「本気で何もないぞ」『拗らせてるぅ』


「エナドリとお茶があれば人は生きていけるから」


「いつもはどうしてるぞ?」『聞かなくても分かるけど』


「外食」


 残念無念。


「オールライト。これからはウチが美空氏の胃袋を管理するぞ」『家庭的女子アピールするほどウチも綺麗じゃないんだけど』


 まぁそのお前のせいで、胃液逆流させてんだけどな。


「はいどうぞ」


 近場のマーケットに買い物に行き、そうして帰ってきた水越さんは俺にて料理を振る舞った。もちろん好きなものを聞かれたので肉と答えておいた。


「いただきます」


 現時点でかなり内臓に負担がかかっているのだが、食べる前に吐いても不義理かと思い、胃薬を飲んでいた。そんなことで軽減するのなら俺も少しは世の中を渡りやすいのだが。


 一人では広いダイニングで、広げられた肉と野菜の炒め物に、味噌汁と白米まで付いて俺は人間らしい健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を噛みしめているところだった。


「音楽くらい鳴らせばいいのに」『静かに過ぎるというか』


「私室では聞いてる」


「スマホで鳴らしていい?」『にゃはー』


「構わんぞ。ワイファイも完備」


「じゃあ失礼して」


「選曲は?」


「水分子の想い出がおっぱい」『胸も見られているし』


 怒られるぞ。


「ほら。食後に大人の階段上るからさ。ウチはまだシンデレラかもしれない」『デュフフ。もうここまできたら逃がさんだお』


「実は性病持ちとかいうオチか?」


「大丈夫。経験ないから」『言わせるな恥ずかしい』


 それもそれで問題が山積しているような気もするのだが。


 御馳走様でした。


「その。ええと。今からするのですが……」『どういう切り出し方をすべきだコレ?』


 んなこと思われても俺も知らん。


「とりあえずシャワーを浴びてこい。着替えは用意しておく」


「下着も?」


「お前さえ望むなら」


「大丈夫。買い物の途中で部屋に戻って配備してきました」『こんなこともあろうかと』


「着替えもか?」


「下着だけ」『使用済み入るかお?』


 ふむ。となると。


「じゃあ上着はこっちで用意するか」


「お願いしまーす」『デュフフ。美空氏のお風呂楽しみだお』


 素でそれを思えるお前も凄いが。


「で、こうなると」『何か変化球は覚悟していたけど』


「ふむ。良い」


 でシャワーを浴びて着替えた水越さんは俺の用意した衣服を着用していた。


 端的に言ってメイド服。ちなみにバストサイズはリボンによって調整できる仕様なので圧倒的バスト力を持つ水越さんも装備が可能だ。胸元はセンターで切れ目が入り、クロスするようにリボンで縫われている。全体的にはパステルピンクのメイド服だが胸の部分はフリルのついた白地。エプロンドレスとしての清楚さが、ピンク色の生地といい感じに融合している。


「美空氏。目がエロイぞ」『嬉しいんだけどさー』


「言ってしまえば存在がエロイお前には抗議されたくないんだが」


「ウチの胸、見たいぞ?」『むしろ是非!』


「水越さんの胸と言ったか! オノレェェェ!」


「胸を胸と言うて何が悪い!」


 というキモオタ特有のやりとりはともあれ。ピンクのメイド服を着たおっぱいお化けはモジモジと短いスカートを握って俺に訴えかける。


「では……お仕置きしてください……ご主人様」『是非是非!』


 喀血しなかったのは奇跡に等しい。タユンタユンとパイオツを揺らして、健康そうなおみ脚を内股に閉じているメイドさんの可憐さと言えばオリンポス山の高度にも匹敵する。


「メイド服着せたのはそっちですよ? ご主人様……」『いいから抱け。話はそれからだ』


「さて」


 俺はそのメイド服を視姦して、頷いた。真剣に相手を見て、頷く。ゴクリと水越さんが喉を鳴らす。


「…………」『お父様。お母さま。先走る液体をお許しください』


「じゃあ帰っていいぞ」


「えー」


 アニメ声で不満を漏らす水越さんは可愛かった。シャワーを浴びた後なので眼鏡も無しだ。コンタクトにすればさらに男子を篭絡するだろうが、おそらくわざと眼鏡だと思われる。


「刺していい?」『いろんな場所を』


「もちろんいいが。ちなみに何で?」


「バイブレーション的なアレで」『男の子にも穴はあるんだお?』


「そういう性癖は……ちょっと」


「メイド服着せた美空氏がソレを言うぞ?」『ていうかこのまま帰ったら大変なことになるのですが。色んな意味で』


 アニメ声がだんだん冷えていくのが感じ取れる。うんうん。こういうのだよ。うん。


「ちなみに覚悟を固めた後に言ったのは何故で?」『完全に覚悟完了していたんですが』


「嫌がらせ」


 他に理由はない。嫌あるんだが、言っていいものか。


「ウチの怒髪天を突く性欲はどうすれば?」『もうどうにもストップできない』


「我々の知ったことではない。お前の問題だ」


「それ裏切りの使徒に言う奴! 裏切ったの美空氏だぞ」『くっそー。イケると思ったのに』


 どういう意味で?


「本気で言ってるのだぞ?」『いいから脱げ。このウチが命令してるんだお』


「とあるトップアスリートはこう言った」


「聞きましょうか」


「セックスは一人でもできる」


「言ってないから。そんな最低なこと」


 ムギュッとメイド水越さんは俺を正面から抱きしめた。ボインボインのソレが大福アイスのように俺の胸板で押し潰される。身長的には小さいので、正確には俺のダウンバストくらい。ダウンバーストという天候があるのは秘密だ。


「ウチ……魅力ないぞ?」


「溢れ切ってございます」


 アニメ声で囁かれると意識がバグる。俺の胸板に顔を擦りつけているのでさっきより六識聴勁は働いていないのが救いだ。


「パイオツ揉みたくないぞ」


「是非とも堪能したく……」


「じゃあ……なんで?」


「好意アレルギー」


「?」


 まぁそうなるよな。実際の話。あと乳圧が恐ろしいことになってディープインパクトが発生しているのでそこら辺をどう解決すべきか議論の余地がだな。


「挟んでいいんだよ?」


「メーテル。俺を機械の身体にしてくれる星へ連れて行ってくれ」

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