第16話 人の形のツクリモノ
四人はクレーベン山地を超え、モントレックの北にあるリーオンの街へたどり着いた。
道中にあった巨大な霊園が不気味だったものの、街に入ればそれまでの陰鬱な空気などはどこかへ飛んで行ってしまった。
「いろんな所で工事しているみたいだけど、街の拡大でもするのかね。」
「十分大きな街なのに。」
「そういえば、昔この街に来た時は人形の街として賑わっていたのに人形屋が見当たらないね。」
「私、ここの人形劇が好きだったんだけどな。」
「人形なんか見るより、剣劇のほうがずっと面白いだろ?」
俺たちが昔この街に訪れた時は街のいたるところに人形屋があり、街の中心にある劇場で三人並んで人形劇を見たものだ。
もっとも、ハインリヒは寝ていて見ていたのは俺とエーデルハイトだけだったが。
「私はこの街初めてなんだけど。」
「それじゃ私たち二人で街を周ってくるよ。」
エーデルハイトとリュシルの二人は溢れる人混みの中へ消えていった。
「俺たちもどっか行こうぜ。 俺は飯が食いたいや。」
「そうだな、昔とは街並みも変わってるし飯屋探しでもするか。」
俺たちが街の大通りに出て辺りを見回していると、一人の若い男が手を振りながらこちらへ走ってきた。
「あなた方、もしやフリッツ様とハインリヒ様でしょうか?」
「おいフリッツ、知り合いか?」
「いや?」
「記憶にはもう一人、魔女のエーデルハイト様が居たはずですが。」
「申し訳ないがこちらは君のことを知らないんだ。」
「失礼しました、私モリスと言います。 お二人共、人形師のモリスを覚えていますでしょうか?」
「俺は覚えてないぞ。」
「いや、俺は聞いたことがあるような。」
「モリス・クレージュという名で、300年ほど前にこの街であなた方に助けてもらったらしいのですが。」
「思い出した、あの偏屈な爺さんだ。」
「覚えていらっしゃったのですね。 詳しい話は何か食べながらでもしましょうか。」
俺たちはモリスに連れられて、近くの飲食店に入った。
「ここはパンもおいしくておすすめですよ。」
「確かに美味い飯も大事だけどよ、詳しい話ってなんだ?」
ハインリヒは口いっぱいにパスタを頬張っている。
「そうですね、まずは私の自己紹介からと行きましょうか。 私はモリス・クレージュと申します。」
「あの爺さんと同じ名前だってことは何かあるんだね?」
「はい、私は人形師のモリスでもありますから。」
ハインリヒが手を止めた。
「どういうことだ、俺たちがこの街に来たのもずっと昔の話だぞ?」
「実は私は、お爺さんによって作られた人形なのです。 そして彼は彼自身の全てを死ぬ前に私に託してくれたのです。 名前に記憶、心と技術、文字通りお爺さんの全てです。」
「人形って、お前は人じゃないのか?」
「えぇ。 この街に住む者は200年ほど前の時点で全員人形となりました。」
俺たちはモリスの体が気になり、手や顔をまじまじと見つめたが特におかしなところは見つからない。
言われなければ人形だなんてとても思いつかないだろう。
するとモリスは腕をまくって見せた。
そこにはひどく掠れた001という数字と製作者の名前が刻まれていた。
「随分年期が入ってる、本当にあの爺さんが作ったんだ。」
「今まで見てきた顔がどれも生き物じゃないだなんて考えるとちょっと気持ち悪いな。」
「言いたいことはわかりますよ、この街で生きているのは訪問者だけですから。」
モリスは笑いながら答えた。
「そういえばあの爺さん、死ぬ前には人と何も変わらないほどの人形が作りたいと言っていたな。」
「その通りです、彼が私を完成させたのは亡くなる一週間前でした。」
「でも、その偏屈な爺さんが自分を模して作った割には随分と素直な性格の人形なんだな。」
「ハインリヒ、覚えていないのか?」
「おれはその人形師のこと自体覚えていないからな。」
「あの爺さんが作りたかったのは...」
300年程前のこと...
「山道って下るほうが疲れるんだな。」
「クレーベン山地は冬が怖いからね。 モントレックで冬越えしておいたからこそこの程度で済んだんだ。」
「雪景色のモントレック城きれいだったなぁ。」
「ずっと夜だったから体内時計が狂って苦労したけど、それ以外はいいところだったよな。」
あれは丁度、クレーベン山地を超えてリーオンへ向かう最中だった。
季節は今と同じ春、街へと続く道は薄い青色の花で染まっていた。
「あれが次に目指している街?」
「そうみたいだね、リーオンの街から東に行けば港町のサンポルト・レースだ。」
「あの街は陸路と海路の分岐点なんだっけ。」
「俺たちは海路で北へ向かうけど、陸路の旧街道もまだそれなりに使われているみたいだし、あれだけ栄えているのも納得だよ。」
「おい、あそこに誰か倒れてないか?」
「ハインリヒ、この辺りの魔物には狡猾な奴らが多いから...」
「もう遅いみたいだけど。」
「なんでお前はいつもこう、後先考えずに突っ走るんだよ!」
ハインリヒは俺たちが止める前に、倒れていた老人の元へと駆け寄った。
老人は腕に深い傷を負い、そのまま見て見ぬふりをすれば死ぬのは必然だっただろう。
「おい爺さん、今助けるからな!」
これがあの偏屈な人形師との出会いだった。
永のフリッツ ケソメキ @Kesomeki
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