第9話 幻術師ベルタ

「そういやヴィリーは大丈夫そうなの?」


「今外で寝かせてるよ。」


俺たちは食堂を出て横になっているヴィリーを運ぼうと近づいた。


「待って。」


エーデルハイトに腕を掴まれた。


「どうした、罠か?」


彼女がヴィリーに攻撃魔法を放つと、体は崩れ去った。


「偽物だったか... でもどうして気が付いた?」


「なんとなく偽物のハインリヒと同じオーラを感じた。」


「俺にはよくわからないね。」


これでこちらは二人の戦力を失い危機的状況に陥った。


「急いだほうがよさそう。」


二人は駆け足で廊下を進む。


「おかしいね、全然進めないや。」


「また敵の術に嵌ったのか。」


この館自体、廊下は似たような光景が続くが、それでもここまで曲がり角がないのはおかしい。


「これじゃ埒が明かない。 エーデルハイト、何かいい方法はないか?」


「消費魔力が大きいから本当はやりたくなかったけど。」


エーデルハイトが杖を構える。


「フリッツ、できるだけ私に近づいて。」


「これくらいか?」


「いやもっと。」


俺は彼女にぴったりと背中を合わせて立った。


「これから放つ魔法は危ないから、傍を離れないで。」


一体どんな魔法を放つのだろうか。

彼女は目を閉じ静かに呪文を唱えた。


「エクラゼ・レスパース」


唱えてすぐに何かが起こるか思っていたが、そうではないようだ。


「動かないで。」


気を抜いていると注意されてしまった。

何が起こっているのかと聞こうにも、それが出来そうな空気ではない。


ピシッ ピシッ


何処かでガラスにひびが入る時のような音が聞こえる。

その音が次第に大きくなると同時に、俺は何が割れようとしているのか気が付いた。


「これは凄い...」


空間が割れているのだ。

周りの景色には次々に亀裂が入り、遂には粉々に砕けてしまった。


「やっぱりそうだったのね。」


周りの景色が砕け散り、現れたのは放置され廃れた館の姿だった。


「ちなみに、あそこで距離を取っていたらどうなっていたんだ?」


「幻と一緒に砕け散るよ。」


「魔女の魔法は恐ろしいね。」


「これはただの幻影じゃなかったから簡単には破れないんだ。」


「それじゃまだ行っていない2階へ行こう。」


玄関ホールへと戻って気が付いたが、二階への階段の裏に下へ続く階段を見つけた。


「あそこからすごく嫌な感じがする。」


「エーデルハイトがそう言うなら間違いないだろうね。」


彼女は俺を先頭にして、震える手を肩に乗せて来た。

階段を下りるたびに地上の明るさから遠ざかってゆく。


「怖いんだな?」


「うるさいからさっさと行って。」


下の階がどれほど広いかと不安だったが、階段を下りた先には部屋が一つしかなかった。


「思いのほか早く終わりそうだな。」


俺は躊躇せずに扉を開いた。


「ここまで来たのはお前たちが初めてだよ。」


何処からともなく声がするが、敵の姿はない。


「エーデルハイト、何か感じるか?」


「いや、なにも。」


広く、薄暗い部屋を進む。

この部屋には家具や装飾などが見受けられない。


暫く進んだ後、壁に行き当たった。


「行き止まりだ。」


「引き返すしかないみたい。」


その時、部屋の明かりが消えた。


「ルーミエ」


エーデルハイトがすぐに魔法で部屋を照らす。

俺たちは部屋の全体が照らされて初めて気が付いた。


「あれは服か?」


天井には無数の服と武器が吊るされている。

おそらくここで犠牲になった旅人や行商人の遺物だろう。


「誰だ。」


視線を下に戻すと何者かが立っている。


「私の世界を壊されたのはこれで二度目、お前たち何者だ?」


「名乗るならまずは自分からだろう。」


「私はベルタ、この館の主だよ。」


「上のは全部お前がやったのか?」


「勿論、私はこの体を手に入れる代わりに従者も手下もすべてを失った。これもすべてあいつらのせいだ。」


「ヴィリーとハインリヒを返してもらえないか。」


「そう言われてすんなり返す奴があるか。」


天井に吊るされた大きな斧が足元に振ってきた。

この状況ではさすがに分が悪い。


「ベルタねぇ、どこかで聞き覚えがあるんだけどな。」


「それどころじゃなさそうだぞ、エーデルハイト。」


今度は槍がこちらへ向かって飛んできた。

ギリギリで避けたが、頬をかすめ顎から血が滴る。


「そうだ、思い出した。 幻術師のベルタだ、魔族十二宮の内の一人だったベルタだ。」


「そのように呼ばれていたこともあったな。 その名を知っているとは、やはりお前たち何者なんだ。」


「フリッツとエーデルハイトだよ。」


「そんな馬鹿な、私を討った旅人が目の前に居るだと? あれは300年も前の事だぞ。」


ベルタは困惑しているが、それも無理はないだろう。


「勿論本物だよ。」


「お前たちも死んだあと死神と契約したのか?」


「そんなおっかない奴と契約するわけないだろ。」


エーデルハイトもこれには苦笑いだ。


「それならなぜお前たちがまだ生きているのだ!」


「魔王に呪われてしまって年をとれないんだ。」


「そういや前に戦った時も、エーデルハイトが幻術を破って殺したな。前にお前の世界とやらを壊したのも俺達ってことか。」


「そうだ、二人を返すからここは見逃さないか?」


「それでいいなら。」


ベルタは上からハインリヒとヴィリーを落とした。


「エーデルハイト。」


「グラン・マギー」


彼女の魔法は解放された二人を消し飛ばした。


「やっぱり偽物だね。」


煙が晴れた時には既にベルタの姿はなかった。


「こうなったらまた同じ手を使って倒すしかなさそうだね。」


俺は目隠しをして剣を握った。


「私は離れているよ。」


昔ベルタと戦った時はハインリヒが目隠しをつけて一人で倒した。

今、俺たちはその真似事をしている訳だ。


「何も見えないってのは恐怖だね。」


勿論返事は帰ってこない。


俺は縦横無尽に剣を振り回した。

おそらくこの軌道は誰にも読まれないだろう、もちろん自分自身にも。


暫く剣を振り回していると、何かを切った感覚がした。

それと同時に凄まじい魔力が目の前を通り抜けた。


「もう大丈夫だよ。」


目隠しを外すと腕を切りつけられ、目の前には腹を貫かれたベルタが。


「またもや同じ手で殺されるとは、憎い、憎いぞ!」


「そういやお前、死神と取引したんだって?」


ベルタのこの後は考えただけでぞっとする。


「エーデルハイト、早く行こう。」


俺たちは足早に部屋を去った。

階段を昇っている時に後ろからは聞くに堪えない絶叫が響いていたが、間違っても振り向くことはしなかった。


「それで二人は?」


「そういやどこに居るのか聞き忘れた。」


ホールに出ると、ハインリヒとヴィリーが立っていた。


「ここに居たのか。」


「今度は偽物じゃないよね?」


『さぁ。』


四人が顔を見合わせる。


「とりあえず、今回はハインリヒが突っ込んだのが悪いから罰としておやつ抜きだ。」


「にしても、いつからハインリヒは入れ替わっていたんだ?」


「最初の最初だよ、俺が館に入った後の記憶がないからな。」


「これでいい教訓になっただろ。 撫養に視突っ込むのは...」


「おい、あれ森の出口じゃねぇか!?」


そう言うとハインリヒは一人で走って行ってしまった。


「あいつも懲りないねぇ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る