第8話 毒見は慎重に

「もう朝だ、雨も上がったみたいだしここを出ようか。」


部屋の窓からは鬱蒼とした森と、少しの木漏れ日が映っている。


「もうちょっとゆっくりしてもいいんじゃねぇか?」


「馬鹿を言うな、昨晩は皆疲れて眠っていたが何かあれば危なかったぞ。」


確かに俺たちは昨晩、得体の知れない建物の中で見張り番もつけずに眠った。

普段なら誰かしらが見張り番の話を切り出すのだが。


「この窓から出れないか?」


「残念、この窓開かないみたい。」


「玄関に戻るか。」


寝室を探していた時にはかなり時間がかかったというのに、ホールへは思いのほかすんなりと戻って来れた。


「結局何もなかったな。」


「何もないのが一番だ。」


ヴィリーがさっさと扉を開いて外へ出た。


「どうした、忘れ物か?」


外へ出たはずのヴィリーと目が合った。


「待てよ、俺は今扉を開けて外へ出たよな。」


「痴呆には随分と速いだろ。」


「いや、何でもない。」


再び彼は外へ出たが、途端にこちらへ戻ってきてしまう。


「冗談ならやめてくれよ、気味が悪い。」


「そこまで言うならフリッツ、お前が出てみろよ!」


俺は言われた通りに外へ出ようとした。

扉を開くとそこには三人が居る。

急いで振り返っても同じ景色が広がっているのだ。


「あれ、おかしいな。」


「こういう時は後ろ向きに歩けばいいんだ。」


エーデルハイトが俺たちの方向を向きながら外に出たが、結果は変わらなかった。


「何がこういう時は~だ。」


ヴィリーが苛々している。


「とにかく言い争ってる場合じゃないだろ。」


珍しくハインリヒがまともなことを言っている。


「確かにそうだな、ハインリヒはどうすればいいと思う?」


「俺は腹が減ったし食堂でも探そうぜ。」


「やっぱりそうなるよな。」


「別に食堂に行かなくたって部屋で食べればいいじゃない。」


「食堂の方が雰囲気出ていいだろ?」


ハインリヒは歩き出してしまった。


俺は後ろを歩くエーデルハイトに近づき、小声で話しかけた。


「昨日から彼奴おかしいぞ。」


「やっぱりフリッツも気が付いていたのね。」


「おいみんな、こっちにあったぞ!」


ハインリヒに連れられるまま部屋に入ると、豪華な長机に四人分の料理がセットされていた。


「丁度飯も置かれているみたいだし、さっさと食おうぜ。」


ハインリヒは真っ先に席に着いた。


「お前には警戒心と言うものがないのか。」


ヴィリーもハインリヒに続く。


「座るだけならなんともなさそうだな。」


「お前ら気にしすぎだぞ。」


「気にしない方がおかしいじゃない。」


俺とエーデルハイトが渋々席に着くと、すぐにハインリヒは並べられた料理を食べ始めた。


「このスープ美味いな! 熱々で体に染みるや。」


「この感じだと毒は無さそうだ。」


「待って。」


ヴィリーがスープを飲もうとすると、エーデルハイトがそれを止めた。


「こういう時は銀の食器を使うのがいい。」


エーデルハイトが銀のスプーンを懐から取り出そうとしていると、ヴィリーが手に持っていたスプーンを床へ落した。


「大丈夫か?」


「気分が悪い...」


そのままヴィリーは机の上に突っ伏してしまった。


「それ見ろ、言わんこっちゃない。」


エーデルハイトのスプーンは黒色に変色している。


「毒か。 俺はヴィリーの解毒をするよ。」


「私はハインリヒだね。」


「エンギフト」


俺はヴィリーを床に寝かし、治癒魔法を唱えた。


「それでハインリヒ、これはどういうこと?」


「どういうことって、ヴィリーのスープに毒が盛られてただけだろ。」


「私のにも入っているみたいだけど。」


「俺は運がいいからな、良かったらこれいるか?」


エーデルハイトはハインリヒのスープにスプーンを投げこんだ。

スープに沈むそれはみるみるうちに黒く染まってゆく。


「ブール・ド・フー」


先に動いたのはエーデルハイトだった。

彼女の放った火の玉がハインリヒに放たれたが、すぐに槍斧で弾かれた。


「距離を取って戦うんだぞ。」


「分かっているよ。」


ハインリヒ”だったもの”は、エーデルハイトではなくこちらへ襲い掛かってきた。

その顔に生気はなく、動き方はまさに化け物そのものだ。


「リドー・ド・フー」


エーデルハイトは火の壁を作りこちらへの攻撃を防いだ。

解毒は終わったが回復するまでには時間がかかるため。部屋の外にヴィリーを寝かし、ハインリヒもどきの元へ戻った。


「お待たせ。」


「やっと来てくれたね。」


エーデルハイトは既に負傷している。

火の壁を作ったせいでうまく距離を取ることが出来なかったようだ。


「フリッツ、アレを三秒間足止めして。」


「分かった。」


俺は剣を手にして前に出た。


「お前は何者なんだ?」


「何を言ってるんだ、俺はハインリヒだぞ?」


声は笑っているのに表情は死んでいる。

この表情の仲間を見るのは本物かどうかに関わらず気分の良いものではない。


「どうして俺に剣を向ける?」


ハインリヒもどきは槍斧を地面に突き付けて高く飛び上がった。


「ハインリヒの得意技だな。」


「ネーベル」


俺は魔法で霧を発生させた。

この技は相手が見えなくなる代わりに、相手もこちらが見えなくなるものだ。

アレがハインリヒ本人か、そっくりのコピーならば魔法による探知が出来ずに俺たちを正確に狙うことはできないだろう。


「いたぞ、そこで待ってろよ。」


しかし俺の考えは外れた。


奴はしっかりと俺に標的を合わせて急降下してきた。


俺は間一髪で躱した。

そして、この技の弱点である着地後の隙を狙い槍斧を掴んだ。


「今だ!」


「グラン・エクレール!」


エーデルハイトの杖の先から放たれた一筋の光は敵の頭を消し飛ばした。


「偽物だったみたいで安心したよ。」


偽ハインリヒの体は崩れ去った。


「さて、本物探しの時間だ。」

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