第6話 追憶の都に香る風

「フリッツ達、いい加減おきなよ。」


エーデルハイトに蹴り飛ばされ、ベッドから落ちた。


「もうちょっと寝かせてよ。」


「もう朝なんだから。」


「お前が休んでいた間、俺たちは悪魔と戦ってたんだぞ。」


ハインリヒが再び布団をかぶろうとする。


「失礼するぞ。」


エーデルハイトとハインリヒが布団を引っ張り合っていると、見知らぬ男が部屋に入ってきた。


「あなたたちが街を救ってくださった旅人様でしょうか。」


「誰だあんた。」


「私はこの街の町長、クラフトと申します。あなた方がこの街の教会で悪魔を退治なさったそうなので、お礼にまいりました。」


エーデルハイトが立ち上がって言った。


「堅苦しいのはいいから、一つ聞きたいのだけれど。」


「私も可能な限りで応えましょう。」


「この街で夢見花が見れると聞いたのだけれど、どこにある?」


「夢見花は悪魔の呪いにかからず、役場のカウンターで元気に咲いていますよ。」


「本当に?」


エーデルハイトの目が輝いている。


「あの花は大昔の偉大な魔法使いが造ったとされる花です、呪いに負けない強い力を持っていたのでしょう。せっかくなので皆さんに一輪ずつ贈りましょうか。」


「魔法使いじゃなくて魔女ね。」


「皆さん、夢見花にまつわるお話はご存じで?」


「あぁ、エーデルハイトから聞いたよ。」


「左様でしたか、それでは皆さん今夜はよい夢を。私は早速夢見花を準備してまいりますので。」


町長は部屋を出た。


「夢見花だけでよかったのか?」


ヴィリーがエーデルハイトに尋ねたが彼女は答えなかった。


「その質問は無粋ってもんだろうよ。」


「今からもう一つお願いしに行ってくるよ。」


エーデルハイトは駆け足で部屋を出て行った。


「俺たちはもう少し寝ていようぜ。」


しばらく寝た後、俺は外の騒がしさで目を覚ました。


「なんだ、昨日はあれだけ静かだったのに。」


「ヴィリーも起きたんだな。」


「ハインリヒはもう外に出たみたい出し、俺たちも行くか。」


宿屋を出ると、多くの人で賑わう街の熱気に圧倒された。


「花の祭りはなくなったのだろう?」


「これはこれは、祭りの主役の旅人さんじゃないか!」


俺たちを見つけるや否や、多くの人が辺りを取り囲んだ。


「いったいこれは...」


「さっき町長さんが人を集めて街を守ってくれた旅人さんらを祝う祭りを開いたんだ。」


「せっかくだし楽しんでいっておくれよ。」


「ほら、主役はこっちだこっち!」


俺たちは導かれるままに街の広場へ向かった。


「やっと来たな、二人とも。」


そこにはすでにハインリヒとエーデルハイトが居た。


「これは一体どういうことだ?」


「私があの後街で祭りを開くように町長にお願いしたの。街から悪魔は消えたけど、ここの人達が落ち込んだままここを出るのも気が引けたから。」


「エーデルハイトも街のことを考えてたんだな。花のことしか頭になかったと思っていたよ。」


ヴィリーはエーデルハイトを見て微笑んだ。


「ヴィリーもまだまだだな。」


「そうだ、エーデルハイト。確か適当な花だったら魔法で作れたよな。」


「いいじゃねぇか、せっかくだしこの街にどーんと降らせようぜ。」


エーデルハイトは頷くと、杖を地面に突き立て持ち目をつむった。

ブツブツと呪文を唱えると街一帯の空から花が降り始めた。


「何か降ってくるぞ!」


「これは... 花だ! 花が降ってきたぞ!」


「不思議な事もあるのだな、儂も生きてきてこんなこと初めてじゃ。」


「何が起きているかはよくわからないけど、今年の花の祭典はきれいだねぇ。」


街の人々は最初花が降り出したことに困惑していたが、すぐにその景色に感動し始めた。


「やっぱりエーデルハイトの呪文はすげぇや。」


「俺も魔法のことはよくわからんが、これだけの広範囲に花を降らすなんて魔力切れで気絶したりしないのか?」


「私は魔女だから、このくらいなんとでもないよ。この花も一晩経たずして消えてしまうし、香りはしないし。」


皆諦めていた花の祭典に、街中は更なる賑わいをみせた。

四人も街が花で染まる美しい光景を暫く堪能した。

その後は町長に重ねてお礼をされ、夢見花の花を受け取って宿屋へと戻った。


「珍しいもんもたくさん食えたし、今日は楽しかったな!」


「ハインリヒ、お前は食える物にしか興味がないのか。」


「花より団子っていうだろ? それにヴィリーもなんだかんだ俺と飯を食ってたじゃねぇか。」


「よし、これでどうだ。」


俺は二人でお茶らけている間に、四人の枕元の花瓶に夢見花を生けた。


「ありがとう。」


「エーデルハイトは見たい夢があるんだろ?」


「見れるといいけどね。」


「俺は何の夢が見れるんだろうな。」


「心当たりとかないのか?」


「今まで生きてきた中で一番楽しかった記憶なんて心当たりがありすぎてわからねぇよ。」


「ヴィリーはどうなんだ?」


「俺には心当たりがなくてわからんな。」


「もうそろそろ寝ようぜ!」


ハインリヒが気になってソワソワとしている。


「ハインリヒ、そんなに興奮していると寝られないぞ。」


「それじゃ...」


『おやすみ。』


そうして夜が明けた。


「ほらもう朝だ、起きろよ。」


今日は珍しく皆目覚めがよかった。


「せっかくだし一人ずつ何の夢を見たか言っていこうぜ。 俺は小さい頃父さん母さんと釣りをしたときの夢を見たよ。」


「俺は爺さんに稽古をつけてもらっていた時の夢だな。苦しいばかりで楽しいと思ったことはないのだが。」


「俺は昔、ハインリヒとエーデルハイトが初めて顔合わせをしたときに大喧嘩して酒場が吹き飛ぶ程暴れた時の夢だったな。楽しかったかと聞かれるとよくわからないけど。エーデルハイトは?」


「見たかった夢は見れなかったけど、フリッツとハインリヒと初めて会ったときの夢だったよ。」


「フリッツと同じじゃねぇか。」


「でも昨晩見た夢も昼過ぎには忘れるんだろうな。」


「どうだかわからないけど、また五年後、十年後にこの花のもとで寝た時に違う夢が見れればいいだろ?」


「それもそうね。」


俺たちは荷物をまとめて宿屋を出た。

花は持ち物袋に入れて、また五年後にこの花が再び咲くまで大切にとっておこう。

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