花の都編
第5話 花の都ヘンツ
ヴィリーが仲間になった後、俺たちはオーリエ村から西へ三日程歩き続けた。
あれだけ遠くに見えていたクレーベン山地がすぐ近くに迫る。
「私、前々からこの街には来てみたいと思ってたんだ。」
普段無表情のエーデルハイトが珍しく楽しそうだ。
「ヘンツへようこそお越しくださいました。」
「なんだか様子が変だぞ。」
ハインリヒの言う通り、街中の人々の表情が何処か暗い。
「何かあったのか?」
「それがですね、この街で開かれる筈だった祭典が中止になりまして。」
「何の祭典なんだ。」
「花の祭典です、ここは花の都ですから。五年に一度開かれる祭典でしたが、なぜか用意した花が全て散ってしまいまして...」
「そんなこともあるんだな。」
「いえ、こんなことは初めてです。祭典は中止になり、花を見ることもできませんがどうかゆっくりして行ってください。」
俺たちは近くにあった喫茶店に入った。
「残念だったな、エーデルハイト。」
「花なんてその辺の道端でも見れるだろ。」
「なんなら今から摘んで来るか?」
「ヴィリーもハインリヒもわかってない。」
エーデルハイトは相当落ち込んでいるようだ。
「それじゃ、明日にでもここを出るか?」
「私は待つから。」
「待つって何を?」
「五年後の祭典。」
「待ってくれよ、お前は婆さんだから五年くらい呑気に待てるかもしれないけどな...」
エーデルハイトは立ち上がり際にヴィリーを吹き飛ばし、一人宿へと向かってしまった。
「痛いなこれ。」
「当たり前だろ、壁に穴が開いているぞ。」
「バレないうちに逃げようぜ。」
俺たちが店から出た後、後ろを振り向くと人だかりができていた。
なんだか申し訳なくなるが、やった本人が居ないからどうしようもないと思うことにした。
「ヴィリー、ハインリヒ。謝りに行くか。」
俺たちは宿屋に向かったが、部屋の扉の前で顔を見合わせた。
「誰が一番に入るんだ?」
「そりゃもちろん彼女を怒らせたヴィリーだろ。」
「ハインリヒも酷いこと言ってたじゃないか。」
「いや、ここは間を取ってフリッツだな。」
その時不意に扉が開き、三人は驚き飛び上がった。
「部屋の前でブツブツと気持ち悪い。」
「ほら、ヴィリーが謝りたいってさ。」
「そんなのはどうでもいいよ。」
エーデルハイトの表情は街の人と同じかそれ以上に曇っていた。
「エーデルハイトは何の花が見たかったんだ?」
「夢見花。魔女ドロテーアが作り出した五年に一度咲く花で、香りに包まれながら眠ると今までで一番楽しかった記憶を夢で見れるらしい。」
「魔法の花か。エーデルハイトには作れないのか?」
「適当な色形の花は作れても、魔力の込められた花は作れないよ。」
「そうか。残念だけどまた五年後にここへ来ようじゃないか。」
「今日はもう寝ようぜ。」
そうして夜が明けた。
ベッドから起き上がり部屋を見渡すとヴィリーが居ないことに気が付いた。
いつもの事だが二人はまだ起きていない。
「起きろ!」
俺は二人を蹴り飛ばした。
「痛いな、もうちょっと丁寧に起こしてよ。」
「二人とも、外が静かすぎないか?」
「祭りが中止になって落ち込んでるんだろ。それより俺はまだ昨日の疲れが取れてないから寝るぞ。」
「私もなんだか疲れたから寝る。」
「昨日はたいして何もしてないだろ、行くぞ。」
ベッドに戻ろうとする二人を無理やり外へと連れ出した。
「これはどうしたものか。」
三人は外に出て驚いた。
道往く人の顔はやつれ、道端に座り込む人や寝転がる者までいる。
王都の裏路地でさえここまで酷い様子ではなかった。
「大丈夫か?」
俺は偶然目の前を通りかかった人に声を掛けた。
「なんだか最近ひどく疲れていてね。何もやる気が起きないんだ。」
「二人と同じだ。」
「お前たち、遅かったな。」
ヴィリーが向こう側から歩いて来た。
「どこほっつき回ってたんだ。」
「ハインリヒ、機嫌悪そうだな。」
「俺は疲れてるんだよ。」
「今はこの街のどこへ行っても元気のある人なんていないぞ。」
どうやらヴィリーは俺たちより一足早く街を回っていたようだ。
「何者かにこの街の生き物は生気を抜かれてるぞ。多分そのせいで花も散ったんだ。」
「エーデルハイト、どう思う?」
「街全体が結界で覆われてるみたい。ここまで大きな結界だと、術者は近くに居るはず。」
「仕方ない、手当たり次第に街中を探索するか。」
「なんとなくいる場所は分かるよ、こういう時は高い所にいる。教会の塔とか。」
「分かってるならさっさと行こうぜ。」
「私はちょっとしんどいから三人で行ってきてよ。」
どうやらエーデルハイトもかなり術に侵されているようだ。
「仕方ないな、行くぞ。」
三人で教会のある街の広場へ向かった。
「この感じだと確かに教会にいるだろう。」
「大分ヤバめだぞ。」
教会に近づくにつれ空気は重くなり、倒れている街の人も多く見かけるようになった。
「俺たちにも結構くるな、これは。」
「その大盾で何とかしてくれよ。」
「できたらとうにやってるさ。」
教会の扉を開き、奥へと進む。
大聖堂の奥の扉を開くと、塔へと続く階段を見つけた。
「来るぞ。」
その瞬間、上から何者かが降ってきた。
地面が崩れる音がし、辺りは砂埃に包まれる。
「皆元気だね。」
三人は後ろへ下がり盾に隠れた。
「魔物って喋るのか? それにあいつ、女みたいだ。」
ヴィリーが尋ねた。
「魔物だなんて酷いじゃない。」
埃の中から現れた目の前のアレはケタケタと笑いながらこちらを見ている。
「あれは魔物だが、ただの魔物じゃない。悪魔だな。」
「前にも見たことがあるのかしら?」
「殺したことはあるよ。」
「大丈夫かよフリッツ、前戦ったやつはエーデルハイトが居ながら中々に苦戦したぞ。」
「大丈夫、お前は強いからな。」
「もうそろそろお引き取り願いたいのだけども。」
「そうはいかない。」
「邪魔するなら容赦しないよ。」
敵は大鎌を振り回し、風を切り裂いた。
真空波が盾に当たり甲高い音を出し、辺りの椅子が上下真っ二つになった。
「鎌を使うのは死神だけじゃないのかよ!」
「別に私が何の武器を使ったっていいじゃない。」
ハインリヒがヴィリーの前へ飛び出し、敵の元へ一直線に突っ込んだ。
再び真空波が放たれると槍斧を地面に突き立て飛び上がり、敵の元へ急降下する。
しかし、これも避けられてしまい一進一退の攻防が繰り広げられた。
大鎌がハインリヒの速さに押され気味になると、敵は次に凄まじい速度で俺たちの背後を取り、首を目がけて鎌を振り回してきた。
「ヴィリー!」
大盾と鎌が激しく音を立ててぶつかる。
この隙を見てハインリヒは槍斧を鎌に引っ掛けた。
鎌が振るえなくなったタイミングで俺が魔法を唱えようとすると、敵はすぐさま鎌を手放した。
「フレイム!」
炎がこちらへ放たれた。
予想外の詠唱速度に反応が遅れたがヴィリーが盾で防いでくれた。
「今だ!」
ハインリヒの槍斧が敵の腹を突きさす。
「三対一なんて卑怯だね...」
悪魔の体は静かに崩れ去った。
「死ぬかと思ったぞ...」
「死んでないからいいじゃないか。それじゃ塔の上で結界を解きに行こう。」
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