はなしたらぜっこうだからね!
川木
はなさないで
「ぜったい、はなさないでよ!?」
美奈ちゃんがそう叫ぶように大きな声で言った。まるで、命綱を握られているかのような鬼気迫った声だ。当然ここはそんな危ない場所ではない。
どこにでもあるちょっと大きめの公園。平日の午前中で、小学生すらいないのでほぼ人気がない。そこで美奈ちゃんは自転車にまたがり、後ろで荷台をおさえている私をじっと睨みつけている。
「離さないって」
本日は美奈ちゃんの自転車の練習に付き合っている。美奈ちゃんとは幼稚園からの付き合いだ。現在、私たちは小学生ではない。高校三年生の卒業式を目前に控えた、世間的に大人と言ってもいい年齢だ。
なのに自転車の練習って、と思われるかもしれないけど逆だ。高校を出て大学生になればもはや子供と言う言い訳は使えない。自転車がのれないのはさすがに恥ずかしい、と美奈ちゃんは一念発起したのだ。
私はそれに付き合っているのだけど、本気で美奈ちゃんが自転車にのれるようになればいいと思い善意で付き合っているのに、そんな睨まなくても。さっき離した? それはいきなり漕ぎ出したから。はいはい。離さないから。
「絶対ダメだから。次離したら、絶交だからね!」
「はいはい」
そんなことしないくせに小学生みたいなことを言う。小学生の時から全然変わってないけど。
美奈ちゃんは運動神経が悪いわけではないし、ずっと自転車にのれなかったわけじゃない。昔、小学校に入学した時は美奈ちゃんは乗れていて、私が乗れるようになるまで後ろにのせてくれたり、一緒に練習してくれたりしていた。
だけど小学校三年生のとき、盛大に転んで骨折してから美奈ちゃんは自転車に乗らなくなった。ずっと乗らないまま体も成長して、今では乗れなくなってしまったと言うことだ。
一度乗れていたんだから、乗れるでしょ。とは思うけど、さっき適当にはいはい言いながら最初から手を離してたら、漕ぎ出して一メートルをすすまないうちにふらふらになって足をついていた。すっかり自転車に乗る感覚を忘れてしまっているのは本当なのだろう。
「じゃあ行くからね! 離さないでよ! せー! の!」
今度はしっかり掛け声をかけながら美奈ちゃんがペダルに力をこめた。それと同時に私は両手でしっかり握った二台に腰をいれて力を籠めて押しだす。ぐっと押すと自転車が動き出すので、そのまま走りだす。
「の、乗れてる!? 茉奈いるよね!?」
「よそ見しない! 前見てこぐ! ゆっくり右にハンドルまわして!」
「う、うん!」
振り向こうとしたので制止して怒鳴るように指示をだす。受験勉強でこもりっきりだったので体力がガタ落ちなのを実感し、めちゃくちゃ息があがっているのだ。正直普通にしんどい。
「はあっ、はぁ、はぁ」
ハンドルが曲がってゆるやかにカーブを描き、壁にぶつからずそのままぐるぐる回るルートに入ったところで最後の一押しをしてから手を離す。肩で息をして膝に手をつく。普通にめちゃくちゃ疲れた。
「あーーーー! なにはなしてる!? ふざけるなおまえぜっこう!!」
私が手を離したまま半周したところで、ようやく私が視界にはいった美奈ちゃんはでかい声をだしてそう怒鳴ったけど、止まらずそのまますーっと周回軌道のまま戻ってきた。
「あははは、ちょっと、笑わせないで、急に外国人の片言の真似とか」
「してない!! なんではなしてるの!!」
興奮しすぎて言葉遣いがおかしくなってた美奈ちゃんに、まだ息がきれてた私はお腹が苦しいくらい笑ってしまった。とんだ報復だ。戻ってきてお腹を押さえる私にまだぷりぷりしているけど、それを無視してなんとか呼吸を整える。
「はぁ、はー、疲れた。そんなの言っても仕方ないでしょ。最後は離さないといつまでも乗れないし、実際普通に乗れてたでしょ。ブレーキも完璧だったし」
「そうだけど、離すよ、とか声かけたらいいじゃん。黙って離すのは裏切りでしょ」
間をあけたことで多少は落ち着いたのか声のトーンを通常に戻しながら、美奈ちゃんはまだぷんぷんしながらそう言った。
「それだと無意識に駄目かもって思って失敗するかもでしょ。美奈ちゃんは運動神経いいんだし、自信もってこげば普通にのれるってば」
「うー……許さない」
「学校サボって付き合ってあげてるのに、ひどくない?」
受験期間が終われば自由登校とかいうやつが来ると思っていたのに、まったくそんなことはなく普通に授業があるし、期末試験もあった。今日はテスト結果が返ってくるはずだ。今週で返却もろもろ授業納めで、卒業式までしばしお休みだ。お休みに入ると誰かに練習を見られたら恥ずかしい。と美奈ちゃんが言うから付き合っているのに。
「それは……感謝しなくてもないけど」
「だいたい絶交って、絶交したらどうなるの? 別れるってこと?」
「馬鹿、あほ、サイテー。こんなことで私と別れるなんて口にするとかありえない」
じろりとにらまれた。普通に考えたら、絶交した人間が恋人同士なのはおかしいだろうに。
私たちは幼稚園から一緒の友達で、そして恋人だ。お互い、いつから相手を思っていたのか、もうわからない。ずっと前から気が付いたら好きだったし、相手も同じように思ってると感じていた。
だけどそのうえでどうすればいいのかわからなくて、ずいぶん遠回りもした。恋人になったのはたった半年前だ。受験の中何をやってるんだか、と今思えば呆れてしまう。だけど受かって卒業を待つ今となってはこれでいいのだと思える。
「じゃ、今度は私をのせて走ってみてよ。おもりがあっても乗れたらもう大丈夫でしょ?」
「えぇ、まあ、確かにまだ公園から出て走る自信はないけど……おもりが重すぎない?」
私は美奈ちゃんの肩をぽんと叩いてから、荷台に乗り込みそう促したら、美奈ちゃんはサドルに座りながらもとんでもないことを言う。誰が重すぎだ。
「うるさい。ほら、タイミングあわせるから」
「ん。じゃあ、せー、のっ」
美奈ちゃんは私に背中を向けて前を向き、声に出しながら地面を蹴った。それと同時に私は前に体重をかけて邪魔になりすぎないようにする。一瞬ふらつきかけたけど、ぐんと踏み込まれたことで自転車が走り出す。安定した美奈ちゃんの背中に抱き着く。
久しぶりに座った荷台は記憶よりかたくて、美奈ちゃんの背中はあの頃と変わらないくらい大きくて、頼もしい。
「おー、いけるいける。ちょっと立ちこぎしてみるからはなしてみて!」
「いやそれは危ないからやめて!」
危なっかしいお調子者の美奈ちゃんを抑えつつ、私は荷台からは手を離しても、美奈ちゃんからは絶対に手を離さないだろうなって。そう思うのだった。
はなしたらぜっこうだからね! 川木 @kspan
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