忘れられ神と、その愛し子

市野花音

第1話

 「うわぁ、一夜しか経ってないのに落ち葉いっぱい……」

 少女は祠に来るなりうんざりした。昨日二時間もかけて綺麗にした祠の周りには、もう風に吹かれた枯葉が積もっている。

 「昨日風強かったもんな……」

 仕方ない、と少女は箒を手に取った。

 そんな様子みている風がいた。

 『なぜまた来たのだ?』

 その声は、祠から聞こえた。重々しく威厳に満ちた声は聞いただけで慄くほどだが、少女は気にせず箒で落ち葉を片付けながら、そよ風の様に爽やかに答える。

 「他にすることないんだもの。風神さまも、私以外の人とは滅多に話せないのでしょう。なら来て話すことは、話し方を忘れないようにするには好都合なんじゃない?」

 なんてことないように少女は笑うが。

 『お前は、神に対して遠慮というものを知らぬのか?』

 「楽に話せって言ったのは風神さまでしょ」

 少女が話しているのは祠に祀られた神様であった。

 しかし祠というのが少女の腰くらいまでしかない小さな祠で、作られてから長い月日が経っているせいであちこちがかけ、風化している。

 祠があるのは、山の中腹で、落葉樹に囲まれている。祠は山道を逸れ奥まったところにポツンとあり、人々には忘れ去られていた。

 神は人の信仰心によって形を保つ。忘れられた神は消えるのみ。そうして消え掛かっていた風神の元に突然現れたのが目の前の神の声を聞ける人間の少女だったのだ。

 『確かにそうだな。しかし、お前は我が怖くないのか?姿形も見えず、威圧的な声を出す人でないものが』

 声を込めたそよ風が少女の耳をくすぐれば、少女は俯いて箒を動かす手を止めた。

 やはり怖かったのだろうか。少しの失望を抱えって、少女を見れば。

 「あはははっ、風神さまそんな事気にしてたの?」

 涙が出るほど笑っていた。風神は無性にむかついた。

 「ああ、ごめん。笑っちゃった。……風神さま、確かに最初は怖かったよ。姿が見えないのに、声が聞こえて。でも私今はね、風神さまと話すの好きなんだ。風神さま、私の話を最後まで聞いてくれて、こうして気遣ってまでくれるから。……だから、風神さま。私、明日もここへ来ていい?」

 少女は祠にいるであろう不可視の神様に向けて言葉を送った。

 『……まぁ、悪い気分ではない。明日も来ていいぞ』

 「やったぁ、ありがとう風神さま!」

 力の弱った神様はまだ知らない。

 少女が山の麓の街で村八分に近い扱いを受け、孤独に彷徨い祠にやってきたことを。

 純粋に見える彼女の心がもう、風神への執着と依存で占められていることを。

 『風神さま、私を離さないでね。離したら死んじゃうよ』

 少女が歪んだ愛を風神に伝えるのは、もっと先の話。

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忘れられ神と、その愛し子 市野花音 @yuuzirou

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