40 君の瞳は腐ってる

6月17日、月曜日。


パラレル高校どころか、原礼留市内や近隣の街を合わせても、断トツ一番人気を誇る伊集院光輝君が登校した。


相手からすれば勇太とは約1ヶ月ぶり。


だけど、勇太からしたらパラレル伊集院君とは初の顔合わせ。


前話の終わりは放課後だったが、そこから少し時間をさかのぼる。


1時間目が終わった。


伊集院君は痩せて雰囲気が変わった勇太に聞きたいことがあった。

休み時間になり、勇太の方を向いた。


しかし女子に囲まれて、それどころではなかった。


空き時間がなかった。


放課後になって、やっと伊集院君は群がる女子を遮って、勇太に話しかけた。



本当は、伊集院君は昼休みに話したかった。しかし伊集院君が勇太の席を見た時には、勇太はいなくなっていた。


今日はルナにお願いされていたし、勇太はルナの4組クラスメイト5人と屋上に行ってご飯を食べている。


勇太もルナもご機嫌。そして4組女子も、作ってきた大量のオカズを勇太が残さず食べてくれたので喜んでいた。


やきもきしている伊集院君とは裏腹に、今日も勇太は学校を楽しんでいる。



放課後になって前話の続き。


変わらず伊集院君は大人気だ。


やっと挨拶を交わしたのに、二言目が続けられなかった。


立った勇太は暑くて、シャツのボタンを3つ空けている。


まあ男同士だし、いいかと思ってた。


その正面に伊集院がいる。


普通の男子同士。


だけど夢見る女子、腐った女子には、麗しき高身長の伊集院君が、痩せて色気が出てきた勇太の胸元を見ているように感じている。


「あの勇太く・・」

このタイミングで女子生徒の歓声が上がった。


きゃ~、きゃ~と、ひときわ大きな声が沸き上がった。別クラスの女子も集まっている。


勇太は、前世のテレビで某男性アイドルが女性に囲まれていたシーンを思い出した。


自分1人のとき決して起きない現象。勇太は思った。伊集院君って、この世界のアイドルなんだと。



勇太は気づいていない。歓声は自分もセットで送られていることに。腐ってることに・・


この世界の腐った女子は妄想している。


エロ可愛く変身した勇太が、超ハンサム伊集院君に性的に攻められている姿を。


2年3組の隠れ腐女子は、視線を合わせた伊集院光君と勇太を一緒にフレームに収めて撮影している。


この映像が同人誌仲間に送られ、尊きBL作品に昇華していく。


この世界にも、いやこの世界だからこそ、ボーイズラブのファン層は厚いのだ。



「話があるんだけど、この感じじゃ話はできないね勇太君。連絡先を教えてくれないか?」


「うん、LIMEでいいよね」


勇太は聞かれて気付いた。1年以上もクラスメイトをしていて、パラレル勇太ってクラスの誰とも連絡先を交換していなかった。


「本当にパラレル勇太って・・」



「勇太」。気がつくとルナがいた。


女子でごったがえした中をすり抜けて3組教室前まで来ていた。


「迎えに来てくれたんだルナ。部活行こうか」



「あっ、ルナ君!」。顔見知りといっていた伊集院君がルナに声をかけた。


「・・こんにちは、伊集院君」


ルナは、それ以上なにも言わない。



勇太が伊集院君を見ると、自称・伊集院親衛隊と呼ばれているメンバーが彼の左右に来ていた。ほとんどが3組のクラスメイトだ。


ぼそっ。「ま、あいつらがルナに色々と言ってきたらしいし、伊集院君には近寄らない方がいいのかな」


ルナは、高1の秋から伊集院君に何度も話しかけられている。ルナの予想では、双子の妹・純子への橋渡しが目的ではないかという。


勇太には、この話に違和感を感じた。


別人だけど、前世の伊集院君は、ルナをそんなことに利用する可能性はゼロだった。理由もある。


そもそもパラレル伊集院君は超が付くモテ男だし、純子にダイレクトに行けばいい。


ここにいるパラレル伊集院君の意図が分からない。警戒している。


ルナは伊集院君に、自分から話しかけたことはない。なのに、伊集院親衛隊のメンバーから囲まれたことがある。


伊集院君と美少女・純子ならお似合いだから、横入りするなと釘を刺されたそうだ。


女子の嫉妬心が少ない世界だけど、親衛隊なぞ作るほど傾倒すると、例外もある。


それを聞いた勇太は、伊集院君への関わり方には注意を払おうと考えた。


あくまでもルナの安全が第一。


ルナに理不尽なことをされたら、またキレてしまう恐れがある。



なんて考えていると、さらに廊下から人があふれた。


そしてルナが、誰かにぶつかって押された。


「きゃっ」「危ないルナ」


勇太がすばやく動き、バランスを崩したルナを抱き留めた。


周りがざわっとした。


勇太はルナを降ろしたが、今度は手を握った。


今日は部活の日。そのままルナの手を引いて、一緒に体育館に行くことにした。


教室前に伊集院君の見物客が群がっているけれど、勇太を見ると道を空けてくれた。廊下に出た。


「勇太君、ちょっと待って・・」


何か聞こえた気もするけれど、ここで話はできない。


後ろには女子から頭一つ抜け出して伊集院君が見える。しかし、面倒そうな親衛隊がセットになっている。


勇太は迷わない。


伊集院君には悪いけど選択肢はひとつ。


「ごめんまたね、伊集院君。行こうルナ」


ルナの手を軽く引っ張った。「あっ」


普段は廊下でルナと手を繋がないが、人も多くルナの敵っぽい女子もいる。ルナを守るため、ギャラリーだらけの中でルナの手を離さなかった。


それはそれで、きゃー、と黄色い声。


「あ・・。待ってよ2人とも」


本気で落胆した伊集院君の呟きは、女子のざわめきでかき消されてしまった。


2年の教室前の騒ぎをよそに、花木ルナ部長率いる新生・パラ高柔道部は今日も活気がある。


新入部員はマルミ達がテストをして、それをクリアした5人。部員は10人に増えた。


部活の方針は、なんとなく『飴と飴と鞭』となっている。


マルミ、タマミ、キヨミの三姉妹でスパルタ指導。


「うらあ、腰に力入れろ。真面目にやんねえと勇太先輩と寝技させねえぞ!」

「先輩のはだけた胸に密着したかったら、力込めて下さ~い!」

「・・地獄のあとに天国」


「うす!」「おう!」「うひょー!」


三姉妹に投げられまくった新入部員にルナが優しくアドバイス。


それを勇太がさらに甘やかす。


「はい、今日もお疲れ~。クッキー焼いてきたけど、みんな食べる~?」


「え」「まじですか」「勇太先輩の手作り!」


勇太は小分けにした包みを渡す気だったが、1年キヨミが無言で勇太の前に立ち、口を開けた。


『ピヨピヨ、くれくれ』のオーラが出ている。


なんとなく勇太がクッキーを口に放り込んだ。


周囲も沈黙の中、キヨミがむぐむぐ、ごっくん。


「・・んまい」


ルナを除く部員は、縦一列に整列した。なぜか部活を引退した時子元部長と田町先輩も、体育館に入ってきて並んでいた。


今日はヒヨコの餌付けみたくなったが、部員はやる気を見せている。




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