39 観賞用の伊集院君、実用品の勇太君

勇太は、この世界に転生して1ヶ月ほどで、ルナ、梓、カオルという大切な人間と会えた。


もう1人、前世で幼馴染みだった純子と同じ顔のパラレル純子も気になるが、同じ学校で同じ学年なのに何故か出会えない。


純子が2年6組で勇太の3組と少し離れていても、同じ建物の中なのになぜかとは思う。


勇太はルナの父親にも挨拶しているが、そのときも純子は家にいなかった。


前の世界の純子は、ルナと勇太のカップルを応援してくれた、1年年下の後輩。


この世界でルナと純子は双子。


そしてルナの友人に聞くと、純子の絡みでルナはひどい目にあったこともあるという。


それを知ると、勇太はガングロ女豹になってしまった純子を思い浮かべた。


積極的に純子を探してルナを不安にさせる必要もないと思った。


だって、前世純子とパラレル純子は厳密には別人だから。


だから会えれば、話してみようかなという程度の気持ち。


明けて月曜日。


ルナと登校しながら、勇太は楽観的な思考を巡らせている。


前世の親友・薫、妹・梓が相思相愛だった。


こちらの世界でもパラレルカオルとパラレル梓は、女同士で恋人になりそうな予感。


だったら梓は当面、自分にこだわらず、カオルと仲を深めていくのではないだろうか。そう勇太は考えている。


今朝も梓は遠回りして、違う高校のカオルにお弁当を届けに行ったほどだ。


男女比1対12の世界で複数の嫁を持つ覚悟はした。


したけれど、前世の妹に瓜二つの梓と子作りする自信は、いまだにない。


だったら自分とルナ、梓とカオルのツーカップルで、しばらく線引きしたい。その4人グループで楽しく過ごせばいいんじゃね?くらいに考えている。


カオルの柔道インターハイが終わって本格的な女子2人の恋物語が始まる、とか考えてる。


かなり甘い。


この世界、女と女で性的関係を持つのは当たり前。一夫多妻の家庭で妻同士も肉体関係ありというのも普通のこと。


カオルと梓が思い合う気持ちは強くなっている。

その気持ちを持ったまま昨日、カオルは勇太に恋に落ちかけて、梓は勇太に惚れ直した。


こんなの常識。


勇太は男女が1対1で愛を育む、前世のノーマルな貞操観念に引っ張られている。


ここは男女比1対12の世界。


江戸初期からこっち、男子が多くの女子と関係を持つことは自然の摂理。


女子がこれを否定すると、人類が滅亡の危機に瀕する。


その余波で、女性の嫉妬心が薄れた。


その余波の、さらに余波で、気が合う女性複数で1人の男子をシェアすることまで当たり前になった。


この世界、純愛と書いてマニアックと読む。美徳とは見なされない。


この世界は男子だけでなく、女子も多くの『愛』を持っている。


梓がカオルと勇太を同時に愛していても、誰にも咎められない。


カオルに対しても、梓と勇太に同時に迫られているような現状を応援する声が増えている。


孤高の柔道戦士カオルのファンが、色恋沙汰の世界に足を踏み入れたカオルにショックを受けているだけだ。



ルナと登校した勇太が自分の教室近くまで行くと、雰囲気が華やいでいた。


廊下まで人が溢れている。100人くらいいる。


「ん?ルナ、2年3組の教室が黄色い歓声に包まれてるぞ」


ちょうど2人の横を通りすぎた女子生徒の話で何が起こったか分かった。


フィンランドに行っていた伊集院光輝君が、帰国後初の登校をしたのだ。


予定より長く休んでしまったので、水、金曜日の週2登校を1学期が終わるまで、月、水、金曜日の週3登校に切り替えるらしい。


全国で10万人のファンクラブ会員がいる伊集院君。パラ高にも会員が山ほどいる。


パラ高は1クラスが30人、1学年180人、全校440人。全校生徒の4分の1が集まっている。


「勇太、教室に近付けないね・・」


「盛り上がってるとこに水を差しちゃ悪いよね。ホームルームギリギリまで、廊下にいるよ」


「じゃあ、こっちの教室に来なよ。4組は勇太のこと大歓迎だよ」

「サンキュ、ルナ。4組の人と仲良くなれたのも、ルナのお陰だよ」


そんな話をしながら、隣の教室に来た勇太。


「あ、おはよ~勇太君」

「ルナもおはよー」


「みなさんおはよー」


4組の中も人が少ない。大半は久しぶりに登校した伊集院君を見に行っている。


あと15分でホームルームなのに、教室内には勇太も入れて7人だけ。


彼女らは勇太とルナのところに来た。


「あ、そうだ。この人数ならちょうどいいな」

「どしたの、勇太君」


「最近は料理にも興味が出てきてさ。今朝、クッキー焼いてみたんだ」


鞄と別に持っていた袋から、小さな包みがたくさん出てきた。


放課後、柔道部員にあげる分を除いて9袋ある。


「こ、これは勇太君・・」

「勇太君の手作り?」


「1袋に4枚しか入ってなくて、味の保証もないけど、よかったらどうぞ」


「まじ!」

「よし、教室に残ってて良かった」

「ありがたく、ちょうだいいたします!」


もちろん断る女子はいなかった。


男子の手作り菓子を食べられる女子、統計では350人に1人。


「みんな、もらってくれてありがとね。味の感想も聞かせてね~」


この光景もネットに流れている。


勇太は2袋ほど包みを解いて、クッキーを出した。


「ルナ味見、あ~んして」

「あ、あ、あ~ん?」真っ赤な顔で、ぱくっ。


「ゆ、勇太君、私も」

「じゃ、じゃあ私もしてほしい!」


勇太がクッキーを持って、5人の女子に次々と食べさせてあげた。


女子達は、観賞用の伊集院君より、実際に何かしてくれる勇太の方がいいなと思った。


最後の1人にあ~んしていたとき、伊集院君を見に行っていた女子達が帰ってきた。


彼女らは、クラスに残っていた女子達が、勇太から『あ~んしてクッキー』をしてもらってるのを見てしまった。


そして悔し涙を流した。


男子からの、あ~ん、ぱくっ。統計で300人に1人。


ホームルーム直前、勇太は自分の教室に入った。


いつも通り、委員長だけに挨拶して前を向いた。


間違いなくパラレル伊集院光輝君がいる。前世の勇太の友人と同じ顔だ。


陰キャだった勇太の席は廊下側の1番後ろ。対して伊集院君は、教室のど真ん中に座っている。


どちらも1年生のときから固定されている。


ブレザー姿の伊集院君は背筋も伸びて、男から見ても素敵だ。


ホームルーム直前まで伊集院君の周りには女子が群がっていた。


その後、担任の佳央理先生が来て、そのまま先生の日本史の授業。


休み時間になると、伊集院君はたちまち女子に囲まれた。


その時、勇太の方に伊集院君が視線を移してきた。


手を振られて、振り返した。


「伊集院君、久しぶり」

小声で。聞こえないだろうけど挨拶した。


まあ、前世の伊集院君みたく、気軽に声をかけられないなと、勇太は思った。


そんな感じで放課後になった。


月曜日は柔道部。ルナと合流して体育館に向かおうと思ったとき、伊集院君が近付いて来ていた。


「やあ、久しぶりだね勇太君。なんかスッキリしたね」


彼の歯が、キラリと光った気がする。


「久しぶり伊集院君。今までも挨拶してくれたのに、返さなくてごめんね」



勇太の前世と同じく、伊集院君は爽やかだった。



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