36 最大のピンチ、と勇太が思っただけ
改めて言うと、勇太の叔母葉子が経営するリーフカフェは繁華街の噴水を囲む広場の一角にある。
カフェから噴水を挟んで反対側、距離にして40メートル程度の位置に、大手のコーヒーチェーン店が今年1月にできた。
リーフカフェの客がコーヒー店に食われた。そんなとき、5月11日から勇太がカフェでちょくちょく働き始めた。
そこから怒濤の巻き返しに成功した。
勇太に給料も出ている。最初勇太は断った。
パラレル勇太が葉子に金銭的な迷惑をかけていたから、無償のつもりだった。
しかし、それでは葉子も働かせにくいと言う。なので金、土、日曜日にアルバイトの最低賃金だけもらうことにした。
勇太がエロカワ店員になって約1か月、さすがにコーヒー店も対策を立ててきた。
勇太が出勤するとき、コーヒー店の前に20歳くらいの若い男子が3人いた。制服を着た女性に何か説明されていた。
2人が勇太と同じくらいの身長、1人が少し大きめ。
大きめの男子が太って見えるが、パワーがありそうに見える。3人のコスチュームは教会関係者の法衣のようで全身防備。
露出は、ごく少ない。
「とうとう、あっちも男子を投入したか。お客さんが、あっちに流れちゃうかな・・」
「大丈夫だよ、ユウ兄ちゃん」
「そうそう、普段通りで大丈夫よ、勇太」
「勇太君、心配しないでいいよ」
しかし、梓もカフェオーナーの葉子も、他のアルバイトさんも余裕の表情だ。
◆
どっちの店も10時開店。
最初はコーヒーチェーン店に行列ができていた。しかし、それも1時間程度。
リーフカフェの盛況ぶりは、ここ最近と同様。店は混んでいて、勇太は今日も忙しく動いている。
「勇太君こんちわー、アイスラテね」
「私はマンゴーティーお願い」
「こっちはねー、何がいいかなー」
「勇太君、これ差し入れ~」
「うわ、嬉しいなあ~。あ、チョコだ。今日も来店ありがとうございま~す」
頭を下げる勇太を、はわあぁぁぁと声を出して女の子達が見ている。
夏も近い。というかほぼ夏だ。
勇太の服装は下は薄手の長ズボンだが、筋肉が付いてきたせいで太ももがピチピチになっている。
上半身は袖がすごく短いシャツを素肌に着てボタン2個空け。
女神印の回復力を生かしてランニングしまくった効果で、早くも筋肉質になってきている。
胸板が少し盛り上がった。肉食女子達にとって、エロ度数が上がった勇太の格好と満面の笑顔は刺激的だ。
正午。ふと向かいのコーヒーチェーン店を見ると、そこまで客が入っていない。
勇太は、コーヒー店を覗いてきたお客さんに聞いた。
「ミキさん、あっちの店って男子を雇ったんですよね」
「え、勇太君、私の名前覚えてくれたの」
「ええ、常連さんですから。いつもありがとうございまーす」
「はうう・・。あ、いや、男子がいるだけで、なんも機能してないよ。お客さんみたいな気分じゃない?」
「ふーん。そうですか」
「だよ、思った以上にひどかった」
「あれなら男子っぽい機械音でガイドしてくれる100円コーヒーの方がまし」
率直に言えば、男子が魅力的じゃないそうだ。
この男女比が狂った世界でも、現代日本で無条件にモテるのは高身長ハンサムばかり。
どうでもいい男子にちやほやするくらいなら、女子同士で付き合う風潮。
彼らはフツメン。だけど、3人とも多少なりとも取り巻き女子もいるから強気だそうだ。
それに服装も良くない。体を完全に隠すため黒い法衣みたいなのを着用。動くのに邪魔で、働く気を感じないとか。
笑顔はない。女子を蔑んだ目で見ている。
接客もまともにせず、カップに飲み物を注ぐだけ。飛沫もカップの外側に付いたまま。
商品をカウンターにどん、と音を立てて置くだけ。
「昭和とか、男子に嫌われたら子供が生めない時代なら、あんなのでも珍重されてたらしいよ」
「らしいけど、勇太君と比べたら雲泥の差」
「勇太君を知ったあとに、あんなんいらんわ」
「コーヒー注ぐだけで女が喜ぶ時代は終わってるよ」
「ここで勇太君に接客してもらったときみたく、癒やされないよ」
葉子や梓は、これを見越して余裕だったようだ。
お客さんが集まって話をしていると、向かいのコーヒー店に行ってみた女の子たちが、怒ってリーフカフェに来た。
「あっちの店で、勇太君に話しかけるみたく挨拶したら、『ふん』だって」
「あんまむかついたから、何も買わずに出てきた」
「リーフカフェでは、絶対にそんなことしませんからねー」
「勇太君、やさしー。やっぱ、こっちがいいわー」
勇太は、女性達をねぎらいながら笑顔で対応した。そして今世の男子のダメさを思った。
向かいのカフェはどうやら、高身長ハンサムを雇えなかったようだ。
まあ、高身長ハンサム男子となると、稼ぎがある女性たちが囲ってしまって接客仕事は選ばない。
だから今回は妥協して、フツメン3人を高い時給を出して雇ったと思われる。
コーヒーチェーン側は、店に出せば雇った3人が勇太並の動きをするともくろんだ。
コーヒー店の幹部も企画者も、みんな女子。だから勇太の方が特殊と判別できなかった。
勇太は男女比1対1の環境で育った、この世界の異物である。
特に現代日本はファーストフード、コンビニなどが普及している。
勇太は前世の高1で社会生活を断念していても、接客業に携わる若者世代の人間を見てきた。
つまり勇太の店員像は、『丁寧で当たり前』なのである。
ネット上でコーヒーチェーン店の失敗が流れた。勇太の希少性が再認識された。
午後4時。
今日はシフトに入っていた梓がアルバイトを終え、店を出た。
少し歩いたところで、誰かに呼び止められていた。忙しく働いていた勇太は見逃してしまった。
何をやっている勇太。
梓はコーヒー店の仕事が終わったダメな男子3人、そして男子の取り巻き女子7人で合計10人に囲まれた。
身長174センチの太りぎみ男子が口火を切った。
「おい、お前の店のヤローと比較されて、俺らが客に文句言われたぞ」
「責任取れよ」
「俺ら、男なのに馬鹿にされたんだぜ」
頭が悪すぎる言いがかりだが、梓は囲まれて逃げるタイミングをなくした。
その周りに人だかりができている。だから外から梓が見えにくい。
大声で勇太を呼べば助けてくれるだろう。ルナのときのように、守ってくれる。
けれど、接客業スタイルで勇太が暴れると、店に迷惑がかかる。
梓は我慢することにした。
黙って罵声を浴びせられていると、反応がない梓に一番小さな男子がじれた。
その男子が横から手を伸ばして、梓の髪をつかんだ。
そのとき、誰かが梓の髪をつかんだ男の手を押さえた。
「おい、一方的に言いがかりつけて手を出したら、男だって現行犯で捕まるぞ」
「あ・・」
「大丈夫か、梓」
「カオルちゃん・・」
男子3人を止めたのは、勇太でなく今川カオルだった。
勇太、何をやっている!
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