37 お前ら、梓とカオルに何をした
梓が、男子3人にいいがかりをつけられた。そしてその男の1人に髪をつかまれた。
そのとき現れて、男の手を止めたのはカオルだった。
県の最終予選に向けた柔道の練習帰り。勇太にリーフカフェに寄ってくれと言われ、来てみるとトラブルが起こっていた。
日曜日の午後4時、噴水公園前。繁華街も近く、男子絡みのトラブルに人が集まってきた。
「どけよ女。文句言いたいのは、そっちのカフェ店員の方だ」
「うっさい、お前らこそどっか行け」。カオルは喧嘩腰である。
「なによあんた、そういえばその顔・・」
取り巻き女子の1人が、にやりと笑った。
「あんた、柔道の有名人だよね。こんなとこで暴力事件を起こしたら、ヤバイっしょ」
「そうなんか、いいこと聞いたぜ。ほら殴ってみろよ、ゴリラ女」
とたんに相手が強気になった。
「・・くそ」
「離せよ!」
男は自分が梓の髪をつかんだことを棚にあげて、カオルの手を強く振り払った。
ギャラリーも、男子3人が絡むトラブルに前に出にくい。
ぼそっ。「安心しろ梓、おめえだけには手を出させん」
「・・カオルちゃん」
梓を後ろにかばい、殴られることも覚悟したカオルだったが、今度こそ真打ち登場。
「やめろ、お前ら!」
カフェの常連さんが、梓が悪そうな奴らに囲まれていると知らせてくれた。勇太は店員の格好のまま飛んできた。
勇太が駆けてきた。
そしてカオルの横を通り過ぎ、カオルと梓を背中で守るように立った。
頭の、髪を引っ張られたところを押さえる梓を見た。
「何した!」
拳を固めて、梓の髪の毛を引っ張った男に近付こうとした勇太。
「やめろ勇太!」
何が起こるか察したカオルが、一流アスリートの反射神経を生かし、勇太のシャツの背中をつかんだ。
ガクンと止まった勇太のシャツは、後ろから引っ張られボタンが全部弾けとんだ。
シャツの前面がはだけたことも、裾が飛び出たとこも構わず『敵』を睨んでいる。
勇太は梓の髪をつかんでいた男をグーで殴ろうとしていた。ギリでカオルが止めたが、みんなおののいている。
もう少しで殴られるとこだった男は、硬直している。
「止めるなカオル。あいつら許さねえ。てめえら、俺の妹に何をした!」
「落ち着け勇太!」
血が昇っていた勇太だが、試合を控えたカオルに迷惑はかけられない。
それを思い出した。
「カオル、大丈夫だ」
「ホントだな、勇太」
「あ、ああスマンかったカオル、止めてくれてありがとうな。ふー」
落ち着きはしたが、勇太の息は荒い。そして敵視した10人を睨んでいる。
厚くなってきた胸板が露出している。
取り囲んだギャラリー女子は、勇太の胸板を凝視している。
動画も撮られている。
相手は1ヵ所に固まった。だけど、その10人より勇太1人の怒気の方が押している。
カオルと梓を下がらせて、一歩前に出た。
「勇太、ヤバいときはアタイも加勢するぞ」
「カオル、梓を連れてカフェに行っててくれ」
「けど・・」
「避難しろ。可愛い女に喧嘩させられるか」
「え、え、え?」
可愛い女? 勇太の目を見たカオルの頭が瞬時に沸騰した。
敵視した相手に勇太は向き直った。
「おいお前ら・・。梓とカオルに何をしようとした・・おい、なんか言えっ!」
重低音が噴水広場に、波のように広がった。
ギャラリーはざわついた。女子はみんな顔が赤い。勇太が怒りととも声を響かせるのは2度目だ。
数が少ない男子は基本的に温室育ちのこの世界。
相手の1番大きな男も、男同士で本気の殴り合いなどしたことはない。
勇太の目を見て怖くなってきた。
一気に風向きが変わった。
勇太は、この界隈では有名になっている。
170センチのモブ顔でもエロ可愛い。
温厚で、何時間働いても笑顔を絶やさない、稀少なカフェ店員。しかし今は真逆。
仲間の危機に、むき出しの怒りを発している。
勇太は妹と言ったが、梓は従妹である。そしてカオルは可愛くない。
色々と間違っているけど、そこは誰も突っ込めない。そして目が離せない。
「・・ユウ兄ちゃん」
「勇太・・」
勇太は2人を庇うように立っている。
梓は快感に震えている。
才賀ヨータローに馬鹿にされたルナのため、勇太が怒った場面をネットでは見ていた。
格好いいと思った。
梓はルナがうらやましかった。
ルナ、梓、カオルで勇太の話をしたとき、ルナはその時のことを思い出して、うっとりしていた。
確かにこれは・・と梓は思う。
男子が自分達のために戦おうとしてくれている。
横を見るとカオルも女の子の顔になっている。
梓とカオルを羨望の眼差しで見ている人がたくさんいる。
確かに、これは嬉しすぎる。
この世界で優しい男は、それなりにいる。
だけど、こんなに胸の奥まで声を響かせてくれる人は他にいない。
あと2ヶ月もしないうちに、この人のお嫁さんになるんだと思うと、味わったことがない快感が沸いてきた。
そして横にはカオルがいる。
再会して10日程度だけど、惹かれていく相手。
大好きなカオルに庇われ、そのカオルと一緒に大好きな勇太に助けられた。
暴力はいけない。かなりピンチだった。だけど不謹慎と言われても、ぞくぞくしている。
梓は、ついさっきまで感じていたルナ、カオルより一歩遅れたような引け目がなくなった。
自分も勇太の『特別』なんだと心から思えた。
「ちっ、行くぞ」
1番大きな男が後ろを向くと、みんな逃げるように付いていった。
◆
一難去って、リーフカフェに3人で戻った。
「勇太、あのまんま馬鹿どもを逃がして良かったんか」
「まあ、大丈夫だよ」
「ホントか?」
「実はパラ高の1年や3年の人たち、ここの客さんなんかが、危ない人が俺に近付いたりすると教えてくれるんだ」
パラ高で、勇太の非公式ファンクラブがてきている。
パラレル勇太が迷惑をかけた人物に謝って回っているとき、勇太が謝罪対象でもない人と握手してハグしたりした。
その女子らが、行為を勇太の優しさと受け取った。ルナと勇太の見守り隊のような役割を勝手にやっている。
校外までメンバーが広がった公式ファンクラブ。342人の代表格となったパラ3年の郷田が、情報を取りまとめ、一括して勇太にLIMEを送ってくる。
仕事は早い。
すでに勇太に届いたLIMEには、勇太が敵認定した男子3人の名前が書き込んである。
勇太が希望するなら、先ほどの動画を10人の名前入りで晒すとメッセージが来た。
晒すのは保留にしてもらったが、援軍ができていた。
このあたりは、勇太に追い風が吹いている。
コーヒーチェーン店の男子3人は、もう出勤しなかった。
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