34 遠い存在になっちまうんだな

次の日は、階級別の個人戦だった。


勇太は2回戦負け。ルナも3回戦敗退。


時子部長が66キロ級の準決勝まで駒を進めたけれど、茶薔薇の桜塚部長に投げられた。


インターハイ県最終予選に行けるのは、地区の決勝に進出した2人だけ。


これが高校生生活で最後の試合となった時子部長。恋人でもある田町先輩の前で頑張ったが、惜しくも負けた。


田町先輩も健闘したけど3回戦敗退だった。


勇太は前世でも時子部長にも世話になっていた。田町先輩も色んな技を見せて教えてくれた。


時子部長と田町先輩が向かい合って涙を流した。勇太は2人の肩を包むように抱き寄せた。


2人はくっついて、勇太の胸の中にいる。


「お疲れ様でした、時子部長、田町先輩」


「あ、ありがとー勇太。これからおめえらが部を引っ張ってくれ」

「う、うん、うん、勇太君、ありがとう。これから頑張ってね」


さすがに勇太も、珍しい柔道男子に注目が集まることは分かった。だからパラ高陣営は邪魔にならない会場の片隅にいる。


なのに、そちらにばかり注目が集まっている。


この光景を見た勝者・桜塚部長は、なぜか敗北感に包まれた。

「私、試合に勝ったよね・・ちくしょー」



茶薔薇学園も学校側に頼まれて男子が応援に来ている。その男子は椅子に座って応援するだけで接触禁止。


『絵に描いた餅』なのである。



全部の試合が終了して、閉会式も終わった。


「おめでとうカオル」

「今川さん、本戦出場おめでとう」


カオルは当ブロックの63キロ級で1位だった。こちらの世界は男子の階級別がない。当然ながら女子の競技人口が2倍近くになる。


なので前世に比べて階級が細かく分かれている。


63キロ級の決勝戦は観客がすごかった。カオルを応援する勇太を見に来た。


カオルが1位になったとき、勇太は背中をぱんばんたたいた。ざわついた。


桜塚部長も自分の階級で、次のステップに勝ち上がる切符を手にした。


ただ決勝の試合時間がカオルと被ったため、勇太に応援してもらえなかった。


勝ったのに、静かに悔し涙を流した。



ところで、勇太は人気が爆上がりした。


個人戦で勇太が負けたとき、勝った女子選手がギャラリーに罵声を浴びせられた。


このとき勇太が反論した。


本気で戦ってくれた相手をけなされ、ギャラリーに変なことを言わないでくれと頼んだ。


女子には優しい勇太だが、これは見逃せなかった。


勇太に当然のごとく備わっているスポーツマンシップ。しかし、この世界の男子にしては珍しい。


女神印の響く声も作用して、また人気が出てしまった。


だから、そんな勇太が自分から近付いていったカオルにも注目が集まっている。


「おう、花木と勇太、ありがとうな」


「ちょっと3人で話しないか、あっと・・」

「それは無理だな勇太」

「だね・・」


この県はブロック大会のあと最終決戦が行われる。


カオルはインターハイ出場をかけた試合が残っている。明日からはまた柔道漬けだ。


勇太は前世でルナ、男子薫、薫のことがお気に入りだった妹・梓の4人で出かけたりしていた。


懐かしくなって、また誘ってみたが・・


パラ高、茶薔薇のみんなが、期待を込めた目で勇太を見ている。


当然ながら、茶薔薇の名前だけの男子部員は帰っている。男子は勇太だけだ。


そういう訳で、みんなで近くのショッピングモールに行って、フードコートの一角を借りた。


人に迷惑をかけないように空いた端の方に行ったが、勇太がいる限り女子が寄ってくる。


例によって素肌に白シャツ、ボタン2個空けである。


「茶薔薇のみなさん、インターハイをかけた戦いも頑張って下さい。そしてパラ高の先輩方、お疲れ様でした」

なぜか勇太が音頭をとらされた。


「おう、勇太君も応援してくれるし、絶対にインターハイ切符をもぎ取るからな」と桜塚部長。


「信じてますよ。武道館に応援に行きますからね」


勇太の言葉で茶薔薇のみんなに、がぜん力が入る。


茶薔薇女子からルナへの尋問タイムが始まった。なにせ勇太とドア全開のまま保健室でアレを敢行したことがネットに流れている。


勇太と少し離れた席に連行され、15人くらいの輪の真ん中で初体験の経緯を語らされている。顔も真っ赤だ。


勇太とカオルは、こっちの世界でも子供の頃に面識があったこともあり、しばし近況報告。


「そうか、勇太はお母さんが亡くなったのか・・」

「うん、けど叔母と従妹の梓がいるから元気にやってるよ。カオルは?」


「アタイは母ちゃんが女4人で結婚してて、子供もアタイを含めて娘7人」


「女だらけの11人家族か。すげえな」


「それにしてもよ・・」

「どうしたカオル」


「ネットで人気の勇太を見たことあるけど、あのユータとは思わんかったぞ」

「男子のカフェ店員が珍しいだけだよ。モブ顔だから、すぐに落ち着くって」


カオルは、昨日から話して思った。勇太は騒がれている自覚はあるが、男子特有の上から目線がない。


「格好よくなってんぞ、うん」


「それ言うなら、カオルもすげえ可愛くなってんじゃん」


勇太からしたら、前世薫は男子柔道90キロ級にエントリーしていた巨漢。それと目の前のパラレルカオルを比較したら華奢なのだ。


カオルは顔が火照ってきた。


茶薔薇のカオルの仲間が、カオルに『遠い存在になったな』と呟いている。


同じクラスの男子にカオルはカオルゴリラと言われたことがある。そんなカオルが今、人気の男子からグイグイと距離を詰められている。


みんな思っている。カオルもルナと同じく、女の子の階段を駆け登っていくのではないかと。


ルナは知らないけど、芸能人もネットでルナをチェックしている。


何故か目が離せないエロ可愛いカフェ店員・勇太が現れて1ヶ月程度。


最初はルナが勇太につきまとっていると思われた。


しかし、常にルナは一歩引いている。明からに距離を詰めているのは勇太。


ルナの魅力を探ろうとする女子が倍々と増えている。



ルナは、勇太と離れたところで色々と問い詰められて、とんでもないことに気付いた。


「・・あれ、私と勇太の交流、ポイントになる場面がみんなネットに流れてる・・」


そう。勇太がルナの冤罪を晴らす場面からスタート。


初ハグ、次いで公開プロポーズ。体育館裏の初キスも盗撮されていた。極め付きの初エッチ音声まで、すべてがネットに晒されている。


茶薔薇の桜塚部長がしみじみと言う。


「ルナって、いつの間にか違う世界の住人になったんだな・・」


絶句するルナだった。


ルナのケースがそんななので、カオルが昨日から熱視線を浴びている。


「じゃあカオル、インターハイが終わったら、一緒にトレーニングしていいか」

「お、おう歓迎するぜ。任せとけ」


「やっぱカオルは頼りになるな」



「おう、困ったときはアタイんとこ来い!」


「あ」


勇太は胸がじんわりと熱くなった。


『困ったときは、力になるから俺んとこ来い』


前世の親友・今川薫が何度も言ってくれた。口癖だった。


ぼそっ。「やっぱ、間違いなくカオルは薫なんだな」


間違ってなかったと思った。



さて、お開きかと思ったとき、1人の乱入者があった。



梓である。


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